この身に代えても、理想を踏みにじっても、守りたいもの
どうも。緋絽と申します。
よろしくお願いします。
生徒会室に着いてから、ようやく清月は我に返った。
さっきから一言も絵莉花が言葉を発さないのが気にかかる。それに、部屋にたどり着いてもまだ一度も振り返らない。
「九条絵莉花、手を離してくんない?」
「断る」
スパッと返ってきた言葉に思わず押し黙る。
何故そんな態度なのか、清月はよくわかっている。けれど、自分が間違ったことをしたとは、少しも思わない。
「なんでこっち向かないわけ」
「…………断る」
もはや会話になっていない。
頑なに清月の方を向かない絵莉花に、清月は溜め息を吐いた。
「…………じゃあ俺がそっちいく」
ビクリと肩を揺らした絵莉花の手を握ったまま、清月は絵莉花の正面へ立った。
その泣きそうに歪んだ顔は、口を固く引き結んでいた。絵莉花がぱっと顔を俯かせる。
「お、前は、大馬鹿者だ……! 何も、私の身代わりになることもないだろうに…!」
「ごめん、九条絵莉花。あんたは嫌がるだろうと気付いてたけど、わざとやめなかった」
強く絵莉花が奥歯を噛み締めたのがわかった。歯痒いと感じているのがありありとわかる表情。
「何故あんなことをした。私がそんなことを望んでいるとでも、思ったか? お前と、引き換えに、自分の名声を優先させると思ったか? ―――見くびられては困る!」
さっき見たときの顔色は、青白かった。自分のせいで清月が罪に問われる。そう思って己を責めているのがわかる。
そんな顔をさせてでも、清月は絵莉花を守りたかった。何故ここまで自分ができるのかは、うまく言葉にできない。
感謝と、友愛。それと―――少しの思慕があることは、認める。初めはなかった感情も、自分の中に見つけた。けれど、それがすべてではない。
ただ、大事なのだ。絵莉花なら、身を賭してもいいと思えるほど。
「聞いて。九条絵莉花」
震えている絵莉花を清月はソファに座らせた。ここ最近、何度も二人で座った場所へ。
「俺を救ってくれたあんたに、同じだけの恩返しをしようって、ずっと考えてた。確実にあんたを守るためなら、一回だけ。一回だけだけど、全てをなげうつ。そう、決めてた。それが、今だ」
何度も何度も、絵莉花が周りに足を引っ張られるのを見てきた。
少なくとも清月が見た限り正しかった絵莉花は、その懐の深さ故に苦しんでいた。それを見て、思ったのだ。正しいまま破滅しそうになったのなら、その時は。どんな手を使ってでも、助け出すと。
「馬鹿なことを!」
絵莉花は怒っていた。
どうしてきちんとお金を管理できなかったのか。内部で分裂している以上、金銭管理も厳しくしなければならなかったのに。金庫の管理を徹底できなかったのは自分の落ち度だ。それを、清月が負うのは間違いだ。
「馬鹿なのはあんただ、九条絵莉花」
柔らかな声音は、絵莉花の耳朶を打った。
どこまでも、他人のためを装わない清月は、その淡々とした口調のときが一番誰かを思っているということを、もう絵莉花は知っている。
「九条絵莉花、あんたもわかってるんだろ? 監査が動いたってことは、生徒会のリコールを目論んでるってことだ。一人ぼっちでこうやって頑張ってるあんたも例外じゃねーの。他の執行部員を諌めなかったとか、学園祭できちんと執務を果たさなかったとか、いくらでも理由つけてリコールする原因にでっち上げれんの」
そうなる前に、と清月が一呼吸置く。
絵莉花もその先がわかっていた。
清月は絵莉花だけでも助かる方法が選べる道を、残してくれたのだ。
「……わかっている。けど、悔しかったんだ。お前をこんな目に遭わせるくらいなら、さっさと追い払ったのに」
私だって、清月を守りたかったのに。
そう呟くと、清月はくっと瞠目した。
絵莉花の本心だった。巻き込むなら、清月を守るつもりだったのに。少しも助けになれないどころか、足を引っ張った。
「…………………あんたに二度も助けられるなんて、ごめんだっつーの」
絵莉花から体を逸らして清月は頬杖をつく。
その理由を、絵莉花に知られないように。
「なあ九条絵莉花。頼むから、馬鹿だけはしてくれるなよ。あんた、頭はいいけど時々驚くほどやらかすからさ」
「何を生意気な口を聞いてるんだ、清月のくせに! いつもいつもぽわぽわしてるくせに、私がいなきゃ何もできないって、いつも……!」
絵莉花は怒ったように声をあげた。でも、気がついていた。
清月がいなければ何もできないのは、絵莉花の方だ。思い知る。絵莉花は、清月の言うように頭がよくなどない。
「…………自分から離れたりしないって……約束してくれたじゃない……」
ごめん、清月。駄々をこねて、困らせて。許してくれ。
私はまた、一人ぽっちになるのが、怖い。
「ごめん、九条絵莉花。約束を守れなくて。優しくいてやれなくて、ごめん。でも、約束してほしい。馬鹿なことで時間を費やす前に、何よりもまず、自分を守れよ」
意味するところはわかったから、絵莉花は言葉なく頷いた。
もちろんだ、約束する。――――一部を除いては。
次の日、清月は学校に来なかった。その後もずっと。人の口に戸は立てられないとはうまく言ったもので、清月の家に、彼に盗難の容疑がかかったことが知られてしまったらしい。このまま清月は退学になるのではという噂が真しやかに流れた。
清月と、一切の連絡が取れなくなった。正確には電話を掛けているのだが、清月が出ない。あるいは、出られない、のか。
リコールは勿論する。本人達の目の前で、叩きつけてやるのだ。お前達のしたことは、自分の地位を危うくさせるものだったと、自覚させてやるのだ。証拠なんていくらでもある。
けれどその前に、清月の潔白を証明しなければ。
学校側は騒ぎを大きくしたくないようで、今のところ警察が出てきていないが、それも時間の問題と言えた。だから、それを待ってもよかったのだが―――清月が、やめさせられてからじゃ遅いのだ。