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君が為とは、違う

どうも。緋絽と申します。

よろしくお願いします。



その日、学園は大騒ぎになっていた。

ある校内行事のために集められたお金が盗まれたらしい。

清月はそれを聞いて嫌な予感がした。その集金の管理は、生徒会が行うのだ。つい先日、絵莉花が責任をもって備え付けの金庫にしまったのをこの目で見ている。

つまり、盗まれたということは、生徒会室に忍び込まれたということ。少なくとも生徒会室に入れる誰かが、関係しているということ。

生徒会室の鍵は役員と顧問がそれぞれ持っている。それ以外に鍵は存在しない。

ああ、嫌な感じだ。清月は溜め息を吐いた。

その日の午後だった。生徒会室で仕事をしていた二人の元に、その知らせが届いたのは。

「どうも、お初にお目にかかります。私、風紀委員会監査役の吾妻と申します」

シルバーフレームの眼鏡につり上がった目。柔らかで長い髪とは裏腹に、それは硬い冷たさを持っているような印象を与える。女生徒であるのに、すでに責任を担っているような貫禄があった。

清月と絵莉花に無表情を向けた吾妻が眼鏡を押し上げる。

「九条絵莉花。貴方に集金盗難の容疑がかかっています。事情をお聞きしたいため、風紀委員室までお越し願います」

「……は!?」

「……!」

めったに表情を変えない清月ですら、目を見張った。

「証拠は、あるわけ? そうでなきゃ、風評悪くなるってわかってるのに、わざわざそっちに出向いたりできないんだけど」

清月の言葉に、眼だけで清月を見た吾妻は無表情のまま返した。

「物的証拠はまだ揃っておりませんが、証言がございます。昨日、生徒会室から袋を抱えて何者かが出てくるのを見たという証言者がおりまして、その証言と、近頃は生徒会室には九条絵莉花さんしか出入りしていないとの情報をもとに、事情聴取に踏み切ることにいたしました。まだ容疑ですのでご心配なく。潔白を証明するために、どうか我々とご同行ください」

「……警察かよ…どこまで自治を認めるんだ、この学校」

気に入らないと言いたげに、清月が眉を顰める。その横を、絵莉花は通り過ぎようとして腕を掴まれた。

「清月?」

「どこ行こうとしてんの。あんたやってないじゃん。俺と一緒に出たでしょ」

「だが、無実を証明しなければいけないだろう。彼女の言い分は納得できる」

「ここで行ったら、リコールできなくなるかもしれないってこと、わかってる?」

清月が絵莉花の腕を掴む力が少し強くなる。

ここでもし絵莉花が捕まってしまえば、誰も生徒会をリコールしようとする人達がいなくなる。それに、絵莉花の献身によって保たれていた仕事も滞るようになり、学校はうまく機能しなくなるだろう。

絵莉花はわかっていた。清月も。

絵莉花がいなくなることを望む誰かに、絵莉花ははめられたということを。

「……それでも、行かなければ。私は、潔白なのだから」

微笑んだ絵莉花を、清月は無表情で見つめた。

その顔を見て、絵莉花はふと気づく。吾妻も清月も同じように無表情なのに、清月のほうが優しい印象を受ける。それは、ちゃんと見れば清月の無表情の中にも何かしらの感情が読み取れるからだった。今は、諦め。

「……わかった」

そう言ったのに、手が離れない。離してくれと言おうとして、清月が絵莉花を自分の背に押しやったので思わず黙り込む。

「清月?」

「俺が行くよ、吾妻さん」

「は?」

清月の言葉に初めて驚きの表情を吾妻が浮かべる。

「生徒会室から出てくる誰かを見たっていうその証言だと、最近出入りしてる俺でも当てはまるはずだよね。その犯人、俺かもよ。今連れて行かなかったら、俺、逃げるかも」

「な……清月!」

どうして絵莉花が受けなければならない醜聞を清月が受けるのだ。清月の言い分は筋は通っているが、絵莉花にしてみれば道理に合わない。

そう言おうとして、腕を掴み絵莉花の方を向かせて―――――言葉を、呑んだ。

清月が口の端を僅かに持ち上げ、優しく微笑んでいた。

ギクッとした。心臓が鳴る。以前見たときとは別の意味で。そう、これは、まるで思いもしなかったところで自らの失敗に気づいたときのような。嫌な予感による拍動。

どうして。同じ笑顔のはずなのに。

「…………それは、自白と受け取っても?」

「どうだろうね。俺はその可能性もあるのに、何で信頼篤いはずの九条絵莉花だけを引っ張ろうとしてるんだろうって、違和感を持ったから指摘しただけだし」

指が白くなるまで清月の服を握り締めている絵莉花に、清月が向き直る。

そっと引き寄せられ、屈んだ清月からこぼれた言葉は、いつもとなんら変わらない響きだった。

「これが礼だよ九条絵莉花。あんたは不服かもしれないけどさ」

ぽんぽんと優しく頭を撫でた手が、遠ざかる。

「……いいでしょう。まずは、貴方から事情を伺いましょう」

「当然、俺の疑いが晴れるまでは誰にも嫌疑はかからないわけだよね?」

吾妻と清月が一瞬かち合う。

そして吾妻が眉をひそめて頷いた。

「勿論です。目撃された実行犯は一人ですから、他を疑う必要なんてありませんので」

そのまま、絵莉花は何もできないまま。二人は、立ち去ってしまった。


しばらく呆けていた絵莉花は、はっと我に返った。

ここでボケッと突っ立っていても仕方がない。今のは、流れが急すぎて対応できなかっただけだ。

絵莉花は強く自分の頬を叩いた。

落ち着け。予想の斜めをいく事態なんて、生きていれば今後もあるのだから。これは、未来に起こりうることを、先に経験しているだけだ。

数回深呼吸を繰返し、やっと少し冷静になった。なってみると、沸々と怒りが沸く。誰にか。―――清月に、だ。

九条絵莉花。俺は、間違えていても構わない。

あんたさえ、そこに残るなら。

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