表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

無名の騎士

どうも。緋絽と申します。

新作です!

書き終わってるので、早めに更新します。

よろしくお願いします!



ふう、と絵莉花は溜め息を吐いた。背もたれにもたれた拍子に軋む音が響く。

本来なら広いはずのこの生徒会室も、このところ少しも片付けていないのでかなり狭く見える。

朝にちょこちょこ掃除するので、まだそんなに汚く見えないのが唯一の救いか。

自分の座っている椅子からぐるりと部屋を見渡す。

まるで職員室のように並べられた、しかし豪奢な造りのテーブル。今は絵莉花が処理した書類などで埋められているが、本来それは、絵莉花以外が使用していた。


───俺達は桃花と過ごすのに忙しい。九条、仕事は任せたぞ。


生徒会長の無責任な言葉を思い出して、絵莉花はいらっとした。

唐突にやってきた転校生、花園桃花。

その子は愛くるしい笑顔を振る舞いて、あっという間に絵莉花以外の生徒会役員を虜にした。

あまり生徒会室に訪れなくなったことを不審には感じていたものの、そのまま流してしまったために、気付いたときには手遅れだった。あれではまるで、ハーレムだ。女の子だから逆ハーレムか。

庶務だった絵莉花は、“生徒会長代理”というありがたい役目を貰うと共に、忙殺される日々も頂戴したのである。

まさか、生徒会顧問すら彼女の虜とは。

せめて学園祭が終わってから、桃花とかいう女の子と過ごしてくれればよかったのに。

絵莉花の席の後ろの如何にも高級ですと言わんばかりのソファー。

立ち上がった絵莉花はそれに何の感慨も見せずに座る。女の子にしてはかなり色々なものを捨てた荒々しい座り方だった。

絵莉花は大財閥の令嬢だ。この程度の家具なら使い慣れている。

「あぁ……疲れた」

少しだけ仮眠をとろう。そして目を覚ましたら、今度は会計の仕事だ。まだ処理していない領収書は山のようにある。

目を閉じた瞬間、絵莉花は眠りの中へ落ちた。


ガシャンという何かがぶつかった音で絵莉花は目を覚ました。

「ん、なんだ……」

むくりと体を起こすと、何かが滑り落ちる。手に取ってまじまじ見ると、男子の制服のようだった。

まさか。あいつらが、帰ってきたというのか!?

慌てて周囲を見回すと、誰かが足の脛を押さえて踞っているのが見えた。

「おい、お前……」

絵莉花の声にその男子生徒が顔をあげる。

絵莉花は固まった。

生徒会役員ではない。奴等は絵莉花と同じく大財閥の子息の上に、無駄に目に痛いほど眩い容姿をしている。ちなみに絵莉花ですら、他の生徒会役員ほどではないものの、流れる艶やかな黒髪に熟れるような唇を持つ。一般的に言えば美女の類いだ。

ところが目の前のやつは平凡の一言で終わるような奴だった。

程よい長さの黒髪、垂れ気味の目。どこかが飛び抜けておかしいわけでもないが、良いわけでもない。立ち上がった男子の目は脛を打った痛みからか潤んでいるが、身長は割りと高いようだ。

「あ、起きた。じゃあそれ返してもらっていい?」

すいと人差し指が絵莉花に伸ばされる。

この学園の生徒らしからぬ喋り方に、絵莉花は戸惑った。

この生徒会に入るのはだいたい大財閥の子息令嬢だ。普通ならば、それに逆らわないように、かなりへりくだって話しかけてくるものだが。

「え? あ……上着か。君が掛けてくれたのか?」

差し出した上着を男子生徒は受けとる。その隙にネクタイピンを確認すると、同じ高等部の一学年だった。

一年が緑、二年が青、三年が赤と、この学園ではそう分けられている。

「まぁ。さすがに女の子をそのまま寝かすのはちょっと」

「そうか。すまんな」

絵莉花は取り敢えず情報を手に入れることにした。絵莉花はこの男子生徒の名前も知らない。それよりもまずはここにいる理由だ。

「ところで、君は何故ここにいるんだ?」

「俺? …………あーまぁ、あんたの、手伝いを? しに?」

何故疑問系なのか。それを知りたいのは私だ。

手伝いをしに来たというわりには、かなりやる気のなさを感じる。

「手伝い? 何故君が?」

「あんたには、借りがある」

………借り?

絵莉花は過去を振り返るが、特にそんなものは思い付かない。そもそも、この生徒との接触すら思い出せない。

首を捻った絵莉花に、男子は小さく溜め息を吐いた。

「やーっぱ、覚えてないか。ま、いいけど」

後ろ頭をガリガリかいて、如何にもやる気のなさそうに男子は言った。

「俺の名前は白藤清月しろふじせいげつ。よろしく九条絵莉花くじょうえりか



絵莉花は判子を置いた。

後ろのソファーで寝転がっている清月の顔中に押してやりたい。

「君は、手伝いに来たのではなかったか?」

「そうだけど。あ、疲れた? 肩揉む?」

手伝うって、そういうことか!

てっきり書類の処理とか企画立案を手伝ってくれるのだと思っていた。

だが、確かに役員以外に、判断を必要とする仕事をさせるのは違う。

「……肩揉みはいい。悪いが、あの机の上の書類を風紀委員に持っていってくれないか?」

「わかった。風紀委員ってどこ?」

がくりと肩を落としたくなる。いや、だが。一般生徒はあまり近付かないのだろう。

「北棟の三階だ。言われたことはメモしてきてくれると助かる」

「はいはい」

清月が立ち上がりかけた瞬間、ドアが蹴破られたような勢いでぶち開けられた。

「は……?」

ギョッと清月の目が見開かれる。

「なっ、なんだ!?」

「ごめんください! わたくし、是非ともお聞きしていただきたい旨があり、足を運んだ次第ですわっ!」

典型的な縦ロール、腰に手を当てた姿、どれをとってもTHE・お嬢様だ。

この学校はそんな人達の集まり。絵莉花はもちろん清月も金持ちのボンボンということになる。

つまり、何でも言えば叶って当然と思っている連中も中にはいるということだ。

縦ロールな彼女は古城というらしい。赤い宝石の付いたネクタイピンを見る限り、三年生なようだ。

「……古城殿、プロの奏者を呼ぶ時には、必ず事前に申告するように言ってあったでしょう?」

絵莉花はこめかみをもんだ。

「ですがっ、思い付いてしまったんですもの! 無理は承知ですけれど、お願いしますわ!」

思い付いたで行動するなと喉まで出かかる。いやいや堪えろ。

例え今私が一人で、今手元にある仕事だけで精一杯でも、そんなこと生徒達には関係ない。責任ある立場の者が勝手に休んでいることを、理解して配慮を頼むのはおかしな話だ。

人数がいれば、本来なら対応できる類いの無茶だ、これは。

他の生徒会役員のファンクラブ共も何やら怪しい動きをしていて、それにも対応しなければならないというのに。

絵莉花は心の中で何度目かわからない溜め息を吐き、理性を総動員して笑みを浮かべた。

ひきつっていないことをただひたすらに祈るのみだ。

「……わかりました。やれるだけ───」

「ちょっと」

つんと後ろ髪を引っ張られる。

後ろを見ると、呆れたような顔の清月がいた。

「なんだ、白藤」

そう呼んだ途端に少しだけ顔をしかめる。

「あんた、これ以上仕事増やしてどうすんだよ。まだできてないこと、沢山あるだろ」

「あるが、でもそれは必ず平行してやり遂げる」

「はぁ? 無理だろ。九条絵莉花、あんた頭いいんだろ? 考えろって、下手すりゃ過労で倒れて何もかも中途半端に終わるぞ」

言い返せない。

最近では睡眠時間すら削っているのだ。勉強もこれまで通りしなければならないというのに、これ以上の負担は正直辛い。

「えーと、古城殿。あんたも、もう申請期間終わってんの知ってるでしょ。今更内容を変えるとか、やめてやってほしいなーなんて」

清月は古城に向けてやる気なさそうに告げる。

「でっ、ですがっ、変更の際は申告すればいいと聞きましたわ!」

「そりゃ小さな変更のことで、場所の変更までしなきゃいけないくらい大きいやつのことじゃないんですよ」

「で、でも……!」

古城が両手を固く握り締めて俯く。

「白藤!」

思わず絵莉花は清月を睨み付けた。清月は怯えたようにビクッと体をすくませたが、そのまま言葉を続ける。

「あ、あのさぁ、場所変更の交渉とか、誰がやると思ってんの? 九条絵莉花、君自身なんだよ。俺は執行部員じゃねーし、上手いこと交渉できないから手伝ってやれない。君は分身とかできないただの人の身の上なんだし、ほいほい安請け合いしてたらあんたの身がもたないって」

絵莉花は、うっと喉を詰まらせた。

「しかし……」

「なぁ、いくらあんたでもやれることに限りはあるよ。断れるときは断れって」

清月が言った言葉。絵莉花はそこに、まるでそうして当然といったものを感じ取った。

絵莉花にとって、己の出来うる限りの事を全力でもって行うのは当たり前だ。それの限界はわからないから、掴めるだけ掴む。

清月の言葉では、ある程度を掴んだら、あとはやらなくていいというようにとれる。

「だ、だが、古城殿は三年生だ。最後まで、やりきったと思ってほしい。大丈夫だ、こういうのは努力と根性、汗と汗でどうにかなる!」

その言葉にまじまじと清月が絵莉花を見つめる。

なんだかものすごく居心地が悪い。

「な、なんだ」

「……べっつにー。それを言うなら汗と涙じゃねーのって思っただけ」

清月がソファーに座り直したので、絵莉花はそれを諦めと受け取った。無論、古城の件について絵莉花が取り掛かることへの、だ。

「私の辞書に汗と汗はあるが、汗と涙はないからいいんだ」

「ふーん。ま、好きにすれば」

欠伸をした清月から視線を背けて、絵莉花は今度こそ古城に微笑んだ。

「何とかします。後々変更の場所をご連絡致しますので、この話はこれで」

絵莉花の言葉に、古城は嬉しそうに笑った。

「感謝いたしますわ! 本当にありがとうございます!!」

絵莉花はまた仕事が増えたことに溜め息を吐きつつ、しかし古城の笑顔にまぁいいかと思うことにした。

御読了ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ