第1話 救世主
第1話 救世主
――ドォォォォォォォン
――ゴォォォォォォォォ
耳に轟音が響いてくる。風は激しく吹き荒れ、天から雷が降り注ぐ。
大地は揺れ、人は逃げ惑う。
「逃げろーー」
「助けてくれぇ」
「神様どうか・・・」
断末魔の叫びをあげるもの、助けを乞うもの、神に祈りを捧げるものがひしめきあい、炎に呑まれていく。
少女は父、母に抱かれながら空を見上げる。少女に寄り添う2人に熱はない。まるで石像のように冷たく、動かない。空は真っ赤に染まり、黒い煙がまるで雲のようにたたずむ。
「どうして・・?」
絶望をただ噛みしめることしかできない。
「なんで・・・・こうなってしまうの?」
少女の顔から滴が落ちる。とどめなく、流れ落ちる。
「・・・っ、誰かいないの!?返事をしてー」
風が声を切り裂く。
「・・誰か・・・」
破壊された残骸にたたずむ少女。
「こんな世界をひとりで生きる意味なんて、ないっ。」
ふと下を見ると、ガラスの破片が転がっている。少女はおもむろにそれを拾い上げ、喉元に向ける。
「こんなどうしようない世界なんて・・・」
少女は勢いをつけ、自分を貫こうとして、
「・・はっ!」
ある記憶を思い出す。それは母にいつか聞かされたこと。
「いい?あなたが本当にどうしようもない状況に立たされたとき、この石に願いなさい。思いを込めるの。そして目をつぶりなさい。そして祈り続けなさい。」
少女は首にぶら下がったペンダントを握りしめ、
「お願い!私を助けて。この世界を変えて!。お願いします。お願いします・・。」
ペンダントは輝き、少女は気が遠くなっていく。瞼は下へ下へと進み、少女は倒れる。
―――チュンチュン
鳥のさえずりが耳に流れてくる。おぼろげな頭に、近づいてくる音
―――ジリリリリリリィ
それは春の朝を告げる音。いったん起き上がり、目覚ましを黙らせる。そして布団をかぶる。
・・・・しばらくすると時計をにらみ
「はっ、ヤベ!。今日は登校日だった!」
鳥がさえずり、ここちよい風に桜がただよう。そんな今日は、進級した最初の登校日だ。
階段を駆け下り、洗面所に向かう。最後に髪形をセットし、リビングに向かう。
「あっ、やっと起きた。もうお兄ちゃん遅いよ。ごはんできてるよ。」
顔をちょっぴり膨らませ、不平をアピールする妹。
「これは失礼した。今日が登校日だということを忘れていてな。許せ」
といつものように軽口を返す。
「もう、また変なしゃべり方して、だから友達がいないんだよ。」
これは定期的にやっているやりとりだ。まあ見ての通り仲は悪くない。
このそこそこ可愛い妹は今年度で中学2年になる。料理、洗濯など家事全般をこなしつつも、成績良好。親自慢の愛娘だ。一方この俺、毛利博17歳独身は、勉強も運動も平均より少し上程度の平凡な奴だ。顔も特に悪すぎなところはなく、モテたこともある。独身だが。高校2年生になったが特に思うところもなく、退屈だ。そんな俺にも人にすごいといわれることが一つだけある。それは・・・
「誕生日おめでとうお兄ちゃん。17歳だね。」
そう4月1日が誕生日なのだ。嘘だと思うだろうが、事実なのだ。何回イジられたことか。
「今日は早く帰ってきてね。おいしいケーキを買ってあるから。ごちそうと一緒にお祝いしようね!」
そしてこれも毎年恒例である。
「それは嘘か真か、真実はいかに!?」
「嘘にしちゃおっかなー」
「すみませんでした。」
こんなやり取りを毎年繰り広げているのである。
「そろそろ行かないと朝練遅刻するよー」
「はいはい。行ってきやーす。」
玄関を開け、歩き出す。
ちなみに俺は剣道部に所属しており、県大会常連という、そこそこすごい記録保持者だ。
俺が通う高倉新命高校は剣道部が強く、関東大会出場を目標にしているほどだ。
当然朝練、夕練、休日練習もある。
「はぁ・・。今日から地獄の朝練か。」
ため息をつきながら、けだるそうに歩いていると、
「よう大名様。眠そうになさっていますな。」
おなじ剣道部の葉山正だ。女の子にモテるスポーツマン風のイケメンだ。
剣道も俺より強く、まわりから一目おかれている。
「おはよう」
そう返して歩く。社交辞令程度の話しかしない。友達というより、一人じゃないことをアピールするために使っている村人Aが俺ということだろう。こんな感じで学校を過ごす。
高校1年のころ戦国シュミレーションゲームにハマって、その口調でリアルの生活をしていた。そのせいで友達はできず、少々孤立気味だ。今も家に帰ると戦国シュミレーションゲームをプレイし、大切な時間を溶かしている。クラス替えをしてもあまり日常に変化はない。授業を卒なくこなし、社交辞令でコミュニケーションをとる。授業が終わり、帰る支度をする。
「おい、大名様。夕練行かないのか。」
葉山だ。
「わるい、今日は用事があって早めに帰んなきゃいけないから、休むわ」
もちろんコミュ障の俺は、自分の誕生日をクラスメイトに打ち明けられていない。それにここでカミングアウトしたところで、大した興味ももたないだろう。
軽い挨拶をして帰宅路につく。歩きながら、
「ああ、今年は豊作だから、税収をあげて貯蓄を増やそう。あと新しく櫓を建築しなくてはな。敵国が攻めてくるのをいち早く知らなくてはならない。情報を掌握することが国同士の争いでは鉄則だからな。それから・・・」
学校が終わるとゲームのことで頭がいっぱいだ。一番至福の時間ともいえる。
「それに誕生日のお祝いもあるしな。早く帰って盛大に酒宴を開こうではないか」
気持ちよく歩いていると、
「・・っ、グア!」
胸元に激痛が走る。
「・・うっあ゛・・ぐっ・・・・」
どんどん熱くなる感覚だ。それに胸が締め付けられる・・。
息が荒くなる、呼吸がうまくできない。
声を出そうにも、空気をうまく吸うことができないため、かすれ声だ。
「・・・くっ・うう・・・」
何とか助けを呼ばなきゃ。そうだ救急車。
スマホをポケットから取り出そうとすると
「・・・うっ・・ガアアアアアアアアアアアアアァ」
今までの痛みをはるかに上回る。痛みに耐えられないと思ったのか、意識が朦朧してくる。
「くそっ、たれ・・・。」
体から徐々に力が抜けていく。瞼がくっつこうと攻めてくる。朦朧とする意識の中、頭で考え始める。
「そうだ今日はエイプリルフールだし、これは何かの間違いだ。きっと夢だ。
それに俺がここで本当に死んだところで、そんなに悲しむ人はいないだろう。友達だっていないし、両親には完璧な妹がいる。アイツにだって・・・」
ふと俺のために誕生日パーティーの準備をしている妹を思い浮かべる。
「はは、俺が死んだら、アイツは悲しんでくれるかな・・・・。」
いよいよ意識が飛びそうになる。
「・・・・・死にたくないな。・・・。こうなる世界を・・・・変え・・・・・・・」
激流のように襲ってくる痛みから解放され、深く深くへと沈んでいった。




