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悲しみの始まりの幕開け

 時計の針が九時を指す。月が雲に隠れて暗くなる中庭で、鐘の音だけが鳴り響く。音が止んで最初に口を開けたのは鎌智だった。


「音音さん……いつから過激派になった?」


「そんな呼び方しないで! 私はこの腐った社会を変えるためにやっているのよ!」


「武器を捨てろ!」


 長信は拳銃を音音に向けた。真似をする様にSP達も拳銃を音音に向ける。相手が本当に過激派なら、一体何をするか分からない。ここ最近噂になったいたことだ。音音は奈良江の首にナイフを突きつける。


「状況を理解出来ないの? 人質殺されたくなきゃいう事を聞いて!」


「くっ……どういう事だ鎌智。あの女はおめえの仲間じゃないのか?」


「そう思っていた。だが間違いだった。まず奈良江が俺の家にいると連絡したのは、間違いなく誘拐犯だ。奈良江は家ではほとんど喋らなかったし、声も小さかった。泣かせたのは朝の七時を過ぎてたしな。だから知っているのは限られていた。俺と誘拐犯だけだ! そしてもう一つ。奈良江は誘拐犯の存在を一切言わなかった、いや、言えなかったんだ! 誘拐した音音とずっと一緒にいたから!」


 だから音音は朝早く家に来たんだ。脅した人間がいないなら、話す可能性がある。そうさせない為に。今思えば不審な点があったじゃないか。マンションに隠れた時、奈良江は話そうとする素振りをしていたのに、なぜ気付かなかったんだ。奈良江は抵抗せず、手には御守りを握っている。あれは音音が渡した物だ。


「その御守りに発信機を仕込んでいたのか? だから俺達がマンションに隠れても、一旦別れても、すぐに駆けつけた。奈良江が本当の事を言わない様に、一瞬たりとも離れてはいけなかった」


「そう……本当はこの子を盾に、そこのバカ総理をどん底まで落とすつもりだった。けどこの子の体を見て無理だと思った。娘の命言う事を聞く訳が無い。だからと言ってこのまま世間に公表しても、バカ総理はそれを隠し通す。私には出来ない。この真実を明らかにしてくれる人が必要だった」


「ああ! こんな……信じたくない」


「だから隠した! 鎌智が本当の事を知ったら絶対に手を貸したりしない。私には……もう、あなたしかいないの!!」


 自分は知らぬうちに音音に操られていた。鎌智の性格からして、人を救う為に動くはずだと。鎌智は辺りを見回し何か手は無いか考える。だが何も思いつかない。SP達も何もしない。これは奈良江を救う気はあるというところ。やはり総理の命令で動いていただけだ。


「じゃあ音音! なぜ奈良江を人質をしている? 総理は自白した。そもそもこいつらは、奈良江を殺そうとしているんだ。それは無意味な事だ! だから奈良江を解放してやれ!」


 そんなハッタリは音音に通用しなかった。音音は腕で奈良江の首を絞めていく。


「鎌智の言う事が正しければ、私達はとっくに死んでいる! それに私の望みは総理じゃない。この国よ! 警察も政治も全て壊して、新たな国に作るの!」


「なんで…………信じてた…のに」


 首を絞められる奈良江は苦しくも声を出す。奈良江にとって音音は悪人じゃなかった。一緒に戦ってくれた、自分に勇気をくれた恩人だ。最初は誘拐した悪人でも、今では心強い良い人なんだ。音音は腕の力を抜いて、絞めるのを弱めた。


「この子の未来が失う所だったのよ! そいつの作る国は子供が死ぬ国よ!」


 息を荒らしながらも訴える音音。いつも彼女の近くにいた鎌智は全くわからない。音音がこんな事をするなんて思いもしなかった。


「音音! なぜ……どうしてこんな事を!?」


「どうして……分からないの!? 男に捨てられ続け、アリの様に働くこの世界、何を持って生きていけるの!? 分かるよね鎌智……貴方も私を捨てた一人なんだから!!」


 音音は涙を流しながら叫ぶ。彼女の手は震えて涙を流しながら笑った。


「鎌智……私と同じ道を行こう……拳銃で……総理を撃って」


 その言葉を聞いて、鎌智は目をつむり、しばらく考えて答えた。


「………分かった。そこの男、拳銃を貸せ」


 近くにいたSPから拳銃を貰おうとする。渡す気がなかったので、自分から取りに行った。そんな事はさせまいと長信は鎌智に近付く。


「待て鎌智……」


「鎌智に近付かないで!! 他の男も拳銃を置いて下がりなさい!!」


 音音は奈良江に再びナイフを突きつける。長信は足を止めると、意外な人物が奈良江を救おうとする。


「全員、言う通りにするんだ! 奈良江を解放させる事を優先しろ! 私はまだ総理だ。これは総理の命令だ!」


 総理は大声を出して皆に命令した。SP達は命令通り、拳銃を床に置いて離れていく。長信は何も出来ず、歯を食いしばる。


「しかし……あんたは死んでも構わないのか総理!?」


「構わない。もう私の人生は終わりだ。鎌智明弥。私を罰してくれ」


「ふざせるな! 何を勝手に決めている!? お前は生きて罪を償え。死んで逃げようとする。そんなことしたら俺が許さねえ!!」


「………」


 鎌智の怒りの声に、総理は涙を流す。こんなに酷い事をした自分を助けようとしてくれる嬉しい涙だ。しかし音音はそんなのを聞いて黙っていられない。


「鎌智!! 奈良江ちゃんを死なせたくないなら言う事聞いて! 総理を殺してぇ!!」


 彼女の必死で叫ぶ声に、鎌智の額から汗が出る。あいつの辛さが言葉に伝わってくる。思いついたのは最悪の手だが、もう覚悟している。後は警部に託す。


「長信警部。一瞬だけだ……後は任せるぞ」


 鎌智は拳銃を総理に構える。全てはあの時、音音から告白された時だ。あいつは心から苦しんでいたのに、俺は見捨ててしまったんだ。誰でもいいじゃない。あいつは自分を救って欲しかったんだ。そんなことも気付かず何が友達だ。あいつの罪は俺の罪でもある。


「音音。お前はまだ俺を、鎌智明弥を、愛しているのだろうか。友として気付かなかった俺を…」


 鎌智は小声で呟く。音音には聞こえないだろう。覚悟を決めた。


 鎌智は自分の胸に向けて発砲した。


「鎌智いぃぃ!!」


 奈良江が叫ぶ声が家中に響く。鎌智が撃った弾は胸に当たり、血が吹き出た。鎌智は仰向けで倒れていく。


「そんな……な、な、んで……」


 音音は驚きの余り、ナイフを落とした。長信はその隙を逃さなかった。拳銃を発砲し、球は音音の足を撃ち抜いた。奈良江は苦しみながら倒れ、奈良江を自分の手から解いた。すぐにSPが音音を捕らえる。


「鎌智……鎌智!!」


 奈良江は鎌智に近寄って、何度も名を呼ぶ。かろうじて意識はある鎌智は、奈良江の頭を撫でてやった。


「……奈良江……約束したよな……必ず助けるって……守った……ぜ……」


「……約束守る為だけに……死なないで!!」


 奈良江は鎌智に訴える。鎌智の視野は薄っすらと見えなくなっていく。だが奈良江の目に涙が流れるのは見えた。


「…泣くな……死ぬくらい……この仕事で……覚悟して……いた……守れたんだ……それで……いい」


「お前の家族は皆バカなのか!? 命賭けてまで……もっといい方法あっただろう! 血を止めてやる。誰か救急車を!」


 長信は叫びながら服を脱いで、必死で血を止める。鎌智はもう命が終わると分かっていた。せめて最後に音音を救ってくれる様に頼もう。自分には出来なかった事を。


「……頼みがある……音音を……救ってやってくれ……俺の……あ………」


 鎌智の言葉は途絶えた。そして二度と聞く事は出来なかった。


「鎌智! 鎌智!! う……うあああああ!!」


 奈良江は大声で泣き出した。小さな子供の様に。







 あれから二年の時が過ぎた。日差しが強く、秋を感じさせない天気だ。麦わら帽子を被った女の子が、墓の前で座っている。墓には鎌智明弥の名が彫られている。そこにスーツを着た男が一人、女の子に近寄って来る。


「久しぶりですね。阿久財奈良江さん」


 奈良江は顔を上げる。名前を呼んだのは長信だった。


「お久しぶり…です。まさか会えるとは…思っていませんでした」


 話し方が少し丁重になっている。この二年で随分と成長した様だ。

 あの後、総理自身は罪を認めたが、この件を隠そうと政治家が動いた。せっかくの高支持率を下げたくない為だ。だが彼女は暴力を受けたと自分から発言した。その勇気を貰ったのか、別居中だった奈良江の母も総理に脅されていた事を世間に知らせた。阿久財総理は辞職と逮捕という、前代未聞の異例の形となった。新たに総理は就任されたが内閣支持率は急落した。


「随分成長されましたね。こいつも驚くでしょう」


「そう…ですか」


 奈良江も苦しみから解放されたからといって、すぐに普通の女の子の様に話せる訳じゃない。時間はかかるが着実に回復するだろう。長信はもう一人、回復している女性の方を話した。


「奈良江さん。音音は今、自分がやった事を後悔している。自分が鎌智を殺してしまったと。だが彼女も過激派組織に命令された事だ。その組織は今は雲隠れしやがったが、絶対に俺が見つけ出して捕まえます」


 奈良江に再会した時に、この事を話すかどうか悩んでいた。だが結果、音音がいたおかげで奈良江は父親の暴力から救われた。この二人がいなければ、奈良江は助からなかった。


「ずっと…聞こうと思っていました…どうして…鎌智に協力してくれたの…ですか?」


 奈良江はずっと疑問に思っていた事だった。容疑者の話を信じて総理の家に来た。長信は立ち上がり遠い空を見つめる。


「こいつの親父、子供を助けようとして交通事故で亡くなった。まさかと思って調べれば俺がガキの頃に助けてくれた人だった。当時の記憶もないから驚いたよ」


 風が吹き、紅葉が落ちる。麦わら帽子が飛ばない様に抑える奈良江に、長信は笑顔で答えた。


「俺も奈良江さんも救われた子だ。だから、立派に生きてください」


 奈良江の元から去っていった。奈良江は空を見上げる。鎌智に笑顔を見せる様に。

ご愛読ありがとうございました!

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