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謎の少女の出会い

二作目です! 初めての方も知っている方も読んでもらいたいです!

 九月の終わり、午後六時を過ぎて、日が暮れると寒く感じる季節。建設中のマンションから大きな声が響く。


「せーの!」


 その声の主は二階の一室にいた。声は低いが三十前の男性だ。せーのと連呼しながら、配管に電線を押し込んでいる。数回続いた後、高くて若々しい声が下の階から聞こえた。


「オッケーです! これで終わりです。鎌智かまちさん」


 鎌智と呼ばれた男は、電線の長さを見ると、工具箱に入れてたペンチで電線を切った。


「よし。なら片付けようか。九同くどうは下にある物を片付けてくれ」


 九同は元気に返事した。鎌智は残った電線と工具箱を持って部屋を出ると、二階建ての仮設事務所に灯りが点き始めた。階段を降りると一階に九同の姿は無い。すでに片付けは終わって、先に軽自動車のトランクに材料を乗せていた。鎌智も自分の工具箱を後部座席に乗せると、仮設事務所の一階にある電気事務所に電線を持って行った。中に入ると机の上には紙やらと散らかっているが、パソコンを置いてある辺りは綺麗にしてある。鎌智から画面は見えないが、一人の男性が使っている。


「お疲れ様です。村鮫むらさめさん、追加工事終わりました」


 パソコンを使っていた男は立ち上がり、鎌智に寄ってきた。


「もう終わったの? 早いね」


「まあ大した事なかったんでよかったですよ」


「ごめんね。他の業者さんが来れなくて代わりにしてもらって。お礼にコーヒー奢るよ」


「ありがとうございます」


 二人は外に出ると、鎌智は九同を手招きした。村鮫が事務所の横にある自動販売機に行くと、五百円を入れてボタンを押し、出てきたブラックコーヒーを取り出した。


「カフェオレだっけ?」


「はい。いただきます」


 鎌智は自販機のボタンを押すと、カフェオレとお釣りが出てきた。やってきた九同に出てきたお釣りを渡し、村鮫と喫煙所に向かう。村鮫は置いてある椅子に座った。九同は礼を言って残ったお釣りを貰い、右胸ポケットからタバコとライターを取り出し、タバコに火を点けた。


「忙しいか?」


 村鮫は聞くとタバコを咥えた。鎌智はカフェオレの缶を開けたが、飲む前に答えた。


「今は大分落ち着いて来ましたね。ここが一番の大事おおごとになりそうだと、うちの社長は言っていましたが……」


 鎌智はその先は言わずにカフェオレを飲む。村鮫タバコを吸いながら缶を開ける。


「鎌智さんが来たから、無事に問題無く終われそうだ」


「それは何よりです」


 村鮫はブラックを飲み、建設中のマンションを上の階から確認している。


「来週末には残りの器具も取り付けられるだろう」


「じゃあ来週末まで現場を空けますね」


「うん、普通は毎日来ないと行けない状況なのに、鎌智さんだと楽になっていいよ」


 村鮫は落ちそうなタバコの吸い殻を、灰皿に捨てた。


「楽なのはたまたまですよ」


 鎌智は缶に残ったカフェオレを飲み干していく。


「さて、それじゃあ帰ります」


「お疲れ様です」


 九同が最後に挨拶をした。鎌智は缶をゴミ箱に捨て、車の方に向かった。


「あい、お疲れ〜」


 村鮫は軽く言ってタバコを吸う。灰皿にタバコを押し付けて、コーヒーを持ったまま事務所に戻った。

 鎌智は運転席に乗り、九同は助手席に乗り込んだ。鎌智はエンジンをかけて、ゆっくりバックしながら安全を確認する。アクセルを踏むが、現場内の速度は十五キロの為、車はゆっくり進んでいく。


「正直、あまりこの現場に来たくないな」


「どうしてですか?」


 鎌智の愚痴に九同は何故か聞いてみた。


「会社から遠いからだ」


 車が現場内から出ると、鎌智は徐々に車のスピードを出した。



 しばらく車は走るが会社まで、まだ半分はある。ここからなら高速道路を使えば速くなるが、それでも十分程度だ。信号に止まると、九同は横の家を観てすげえと呟いた。


「この家、すげえ豪華ですね。どんな人が住んでるんですかね?」


「ああ、ここは俺が入社した時に来た現場だ。総理が住んでる」


「へえ……え? ええええ!」


 九同は危うくスルーする所だった。九同の反応に鎌智は驚きはしなかった。信号が青に変わった事に気付かず、後ろの車からクラクションを鳴らされる。九同は急いで車を走らせる。


「総理って、あの内閣総理大臣ですか?」


「他に誰がいる。あそこに、この国の頂天の方がいるんだよ。まあ家に帰って来るのは少ないだろうし、居るのは家族くらいだな」


「ははあ、うちの会社って凄かったんですね」


 九同が感心すると、前からパトカーが走ってきた。九同は何事かと思うが、鎌智は特に気にしなかった。サイドミラーに映るパトカーは、次第に見えなくなった。


「明日会社は休みですかね」


「……無いだろうな」


 鎌智の答えに、九同は溜め息を吐いた。


「本当休み無いですね。この会社」


「仕事無いよりもいいだろう」


 会社に着いた。時間は午後八時になろうとしている。先に降りた九同はトランクから自分のバックを取り出した。九同が会社に入ろうとすると、自動ドアが開かない。


「あれ? 誰もいないのか?」


 九同はドアの横にある暗証番号のキーを押して、自動ドアを手で開けた。鎌智も入って来たが、会社の中には誰もいない。この時間じゃ皆帰っているだろう。長居は無用と判断し、タイムカードを押した。


「今日も歩きですか? 車は買わないんですか?」


「家から遠くないからな。後は任せた。お疲れ」


「はい。お疲れ様です」


 鎌智が会社から出ると、バックからライトを取り出して歩く。ただ真っ直ぐに歩いて行く。いつもならこの途中にあるスーパーに寄って、買い物をして行くが、今日は寄らずに帰る。家には何かあるから大丈夫だ。赤い橋を渡って行くと、アパートが見えてくる。ボロいアパートだと言われそうだが、自分が住んでいるから言わないでほしい。中はそこまでボロくはない。

 階段で二階に上がると、一人の子供がドアの前で尻を着いて座っていた。顔は膝に隠れて見えないが、髪は肩まで長く所々がくせ毛の様に跳ねている。少女の影で見えなかったが、赤いランドセルが隣りに置いてある。服は薄青い長袖のパーカーで下は灰色のジーパンを履いていて、この時期には少し暑そうだ。少女の前に立ったが自分に気付かない。どうやら眠っている様だ。なぜここにいるか分からないが、とにかく退いて貰わないと、家に入れない。


「おい……おい起きろ」


 少女の肩を揺らすと、こちらに気付いた。少女は驚き立ち上がると、キョロキョロと見渡し周りを確認した。


「何してるんだ?」


 少女は何も答えない。鎌智の顔を見ると少し落ち着いた。


「悪いがどいてくれ。家に入れない」


「……入れて」


「……はあ?」


 意味が分からない。何がどうあれ得体の知れないこの子を、はいどうぞと入れる訳にはいかない。


「……ここは君の家じゃない。自分の家に帰りなさい」


「……入れて」


「まさか家出か? それなら他を当たれ。知らない人の家じゃなくて、友達の家とかに行ってくれ。俺を巻き込むな」


「……入れて」


「……あのな嬢ちゃん。君を入れると、俺は犯罪者扱いされるかもしれない。君を誘拐したとか変な疑いが起きる。だから無理だ」


「……入れて」


 言葉が通じているのか。さっきから同じ言葉しか帰ってこない。少女は何故か震えている。もしやと思い、聞いてみた。


「……トイレか?」


 少女は黙って頷いた。ここで漏らされるのはマズイ。仕方ないが、少女を家に入れてあげよう。

 部屋は当然朝と同じ。別に散らかってはいない。何も無い訳ではなく、テレビとテーブル、棚と冷蔵庫、物置には布団と、生活に必要な物は揃っている。玄関の横に台所があり、今朝の使った皿とコップが水に浸かったままだ。近くのドアの先にトイレがある。鎌智は右手の人差し指でドアを指した。


「トイレはあの部屋だ。さっさと行け……靴は脱げよ」


「………」


 自分にとって当たり前だが、少女にとって当たり前じゃないかもしれない。少女は靴を脱いでランドセルを置くと、早足でトイレに入った。

 さて、少女を部屋に入れてしまった以上、無関係にはできない。すぐに警察に連れて行くとしよう。時間を確認すると九時に近い。今から近くの交番に行くには三十分はかかる。途中で怪しまれるし、正直働き疲れて、動くのは面倒だ。悪いが警察に連絡をして来てもらおう。トイレから流れる音が聞こえて、少女が出た。


「手は洗ったか?」


「………」


 少女は黙って頷いた。警察に連絡をする前に、できるだけこの子の情報を聞こう。


「嬢ちゃん。名前は?」


 少女は何も答えない。


「じゃあ自分の家は?」


 少女は何も答えない。


「親は? 心配しているだろう?」


 少女は何も答えない。その様子を見て鎌智はどうするか困った。ふと玄関に置いていたランドセルに目がいく。手に取ろうとすると、少女はランドセルに駆け寄り、必死に防いだ。鎌智は諦めて頭をかきむしった。ふと棚の上にあるメモ用紙が目に入った。


「喋らないなら、名前は書けるか?」


 鎌智はポケットからペンを出すと、メモ用紙を一枚取って、テーブルの上に置いた。少女は座って、黙ったままペンを持つと書き始めた。鎌智も少女に面して座る。子供なのに達筆な、三文字の漢字を書いた。


奈良江ならえ? そう読むのか?」


 奈良江は頷く。鎌智はこの名前のある事に気付き、思わず笑った。


「お前も時代の名だな。奈良に江戸と二つ。俺は鎌智かまち明弥あきや。鎌倉に明治に弥生と、時代が三つ入ってるんだ」


 奈良江は何も反応しなかった。子どもには少し難しかったか。とりあえず名前だけは分かったので、鎌智は左胸ポケットに入れてたケータイを取り出した。


「今から警察に連絡して来てもらう。保護者が探しているだろうしな」


「ダメ!!」


 急に大声を出され、鎌智は危うくケータイを落としそうになった。そしてさらに驚いた行動をしていた。奈良江はポケットからカッターナイフを取り出し、自分の首に刃を向けた。


「おい! 何する気だ!?」


「お願い! 警察に連絡しないで!」


「分かった! ……分かったから、ナイフをしまってくれ」


 奈良江は聞こうとはしない。息を荒らし、手は震えている。落ち着かせる為にも、鎌智はケータイを机に置いた。


「約束する。警察には電話しない」


 奈良江はゆっくりとナイフを下ろしてくれた。緊張が解けて鎌智はホッとした。まさか自分を脅しに使うとは、思いもしなかった。沈黙が続く中、奈良江の腹の音が鳴る。奈良江の顔が少し赤くなった様子に、鎌智は苦笑いした。


「腹が減っては戦はできぬ。飯を作るか。嬢ちゃ…奈良江の分も作ってやるから、ちょっと待ってな」


「………」


 相変わらず返事は無かったが、鎌智はそれが返事だと思って、気にはしなかった。台所に立つと先日買っていた食材を、冷蔵庫から出した。今日は肉じゃがを多めに作る予定だったので、二人分はある。料理は得意ではないが、好きな方だ。高校を卒業して一人暮らしを始めてからは、色々とレパートリーを増やしている。

 作り始めて四十分。肉じゃがが完成した。奈良江は何も言わずただじっと座って待っていた。大きな皿に盛った肉じゃがとご飯、インスタントスープをどんどんとテーブルの上に置いていく。最後にお茶と箸を置いて、鎌智は座って手を合わせた。


「いただきます」


 様子を見ていた奈良江も箸を持って食べようとする。だが鎌智は奈良江の箸を手で止めた。


「ちゃんといただきますを言え」


 その言葉に奈良江は箸を置いて手を合わせた。


「………いただきます」


 小さい声だが鎌智には聞こえた。それから一度も声を出さない。沈黙の中、ただただ飯を食う。鎌智は暇だったので、テレビのリモコンの電源ボタンを押した。テレビは反応しない。よく見るとテレビのコンセントが外れている。鎌智は抜いた覚えは無い。


「……コンセント抜いたのか?」


「………」


 奈良江はモグモグと食べながら頷いた。この行動は見るなという意味だ。


「ここは俺の部屋だ。テレビくらい見せろ」


「……ダメ」


 奈良江は口の中を飲み込むと一言だけ答えた。だが鎌智はそれに従う必要は無い。


「ダメと言われても、使う権利は俺にある。権利って分かるか?」


「……壊す」


「止めてくれ」


 鎌智は諦めて溜め息を吐く。なぜこんな子供の言うことを聞かねばならぬのか。情けないが今日だけ言う通りにしておこう。再び沈黙の中、飯だけが減っていく。ゆっくりと食べている奈良江に鎌智はそれとなく聞いてみた。


「……美味いか?」


「……普通」


 そんな答えに鎌智は少々ガッカリした。だが奈良江が初めて一言以上口にした。


「……でも……嫌いじゃない」


 よく分からないが、いい答えが返ってきた。先に食べ終えた鎌智は、食器を持って立ち上がった。


「風呂洗ってくる」


 奈良江はモグモグと食べながら頷く。台所に自分の食器を水に浸けて、鎌智は風呂場に入った。風呂を洗い、湯を沸かし始める。その最中でも奈良江の様子が気になった。

 鎌智は風呂場から出ると、奈良江を風呂に入らせるか悩んだ。


「嬢ちゃん、風呂に入って……そういえば着替えとかねえな」


「……ある」


 ランドセルの中からパジャマを出した。ちゃんと用意して家を出てきた様だ。鎌智は奈良江を風呂場に連れて行き、どこに何があるか簡単に説明した。


「先に身体洗ってたら風呂も沸く。タオルもそこ置いてあるから使え。一人で入れるな? いいな?」


 奈良江は黙って頷いた。鎌智にとって他の人と風呂に入るのが一番嫌な事だ。食器を洗う為、台所に足を運んだ。普段からこう動けばいいのだが、なかなか出来ない。洗い物を済ませて水を止めると、風呂場から声が聞こえる。耐えながら我慢した声だ。奈良江の様子気になり、ドアをノックした。


「おい、どうした? 大丈夫か?」


 声が止むと、奈良江は外にいる鎌智に聞こえる様に声を出した。


「……この風呂汚い」


「文句が多いぞ! 汚い様に見えるが、綺麗に掃除している!」


 鎌智は心配して損した。さっきまで親が恋しくて泣いているのかと思っていた。

 鎌智は奈良江が上がると入れ替わりで風呂に入った。しかし奈良江が気になって長く風呂には入られなかった。風呂から上がり、時計は十一時を過ぎている。奈良江はウトウトとして、今にも眠りそうだ。先に寝る準備をさせておくべきだった。


「奈良江。布団引いておくから歯磨いて……そういえば歯ブラシが無いな」


「……ある」


「本当に用意周到だな」


 物置から布団を二つ取り出し、自分がいつも使っている方を敷いた。もう一つは、誰かが泊まりに来た時の為に買っていたが、使うのは初めてだ。奈良江が戻って来ると、鎌智はもう一つの布団を敷いた。


「こっちを使え。新品とまでは言わないが、使ってない綺麗な方だ。歯磨いて来るから、寝てていいぞ」


 鎌智は歯を磨き、戻って来ると奈良江は布団に入って既に寝ていた。鎌智も電気を消して寝る事にした。



 鎌智が目を覚ますと、時計は七時を過ぎている。朝日が出てカーテンから光が漏れている。奈良江はまだ眠ったままだ。よほど疲れていたのだろう。だが今日は警察に連れて行く。その前に電話しないといけないことを鎌智は思い出した。テーブルに置いていたケータイを持って台所に向かった。奈良江を起こさない様に静かな声で電話をかけた。


『もしもし』


「おはようございます。社長」


『ああ鎌智さん、おはよう。どうしたの?』


「急ですいませんが、今日、いや半日だけ休みをもらえませんか?」


『何? 女と何かトラブルでも起きたの?』


「社長。言葉は合ってますが、想像しているのは違います」


『でも今日は追加工事行くんじゃ無かったの?』


「それは昨日の内に逃げてきました」


『あ〜さすが鎌智さん。なら今日は空けてもいいって事ね。はい』


「無理言ってすいません」


『いいよいいよ。いつも休んでないから、たまには休まないと』


「ありがとうございます。それでは」


 鎌智は電話を切った。休んでないと社長は言うが、休めないが正しい。奈良江が目が覚ましていた。起きた事に気が付かず、鎌智は少し驚いた。奈良江は鎌智が持ってるケータイを、ジッと睨んでいた。


「約束は守っている。警察には連絡していない」



「だが警察に連れて行かないという約束はしていない。悪いが今日は嫌でも連れて行くからな」


 奈良江は何も答えない。だが悲しい顔をしている。その時、ドアのチャイムが鳴る。鎌智に緊張が走った。まさか警察とかじゃないだろうか。この状態だと犯罪者扱いにされるのではと、玄関に向かい、恐る恐るドアを開ける。


「おっはよー」


「……音音ねねさん」


 ドアの向こうに立っていたのは、音音という女性だ。


「ご飯食べた? まだっぽいね!」


「朝から大きな声出さないでください。近所迷惑です」


「ゆっくりしてる暇あるの? 仕事は?」


「今日は休みをもらったんです」


「寒い! 入らせて〜」


「人の話を聞いてください。ちょっと」


 無理矢理部屋に入ってきた。高校の部活の時に初めて会ったが、その頃から全く変わらない性格だ。


「………どうしたの……あの子?」


 今入れるのはダメだった。少女の説明するのは一番面倒くさい人だ。奈良江は音音に恐れたりもせず、布団から起きて歩いていく。


「トイレか?」


 奈良江は黙って頷いた。トイレに入る様子を見ていた音音は意外にも冷静だ。質問攻めされると思っていたが、何も言わない。鎌智は先に説明し出した。


「昨日家の前で座っていた。家出かは分からないが、とりあえず今から警察に連れて行く」


「鎌智……あんたニュース見た?」


「いや、それが見せてくれねえんだ。あいつにテレビを壊されそうだから」


「説明するより見た方がいいかも。小さい音で聴けば、気付かれないかな」


 音音はテレビのコンセントを差し込み、点けると小さな音に設定する。チャンネルを変えて朝のニュースが流れた。


『……それでは改めて事件の動きを見てみましょう。昨夜七時、阿久財あくざい総理大臣の家に何者かが侵入し、阿久財奈良江ちゃん……写真が出ていませんね……あ、出ました。阿久財奈良江ちゃん、七歳の娘を誘拐した模様。犯人は未だ判明していません』


 トイレの流れる音が聞こえた。


「出てくる!」


 鎌智はすぐにテレビを消した。奈良江は何も知らず出てきた。


「奈良江……着替えあるなら、向こうで着替えて来い」


「………」


 奈良江は変に思ったが、気にせず風呂場の脱衣場に向かった。


「……偶然か? 同じ名前だ……写真もよく似て、いや瓜二つ……」


「どう考えてもあの子よ。どうしてここにいるの!?」


「騒ぐな! と、とりあえず、お、落ち着け。け、警察に連れて行くしか……」


 鎌智は言ってはいるが、全く落ち着いていない。音音が冷静な判断をする。


「ちょっと待ってよ。それだと鎌智君は誘拐犯扱いされて、捕まるかもしれないよ!」


「そんなの、ちゃんと説明すればいいだろう」


「誘拐された子が家の前にいましたなんて、警察は信用しないよ!」


「じゃあどうする? このままだと本当に誘拐してるのと変わらないんだぞ。そもそもなんで、あの子は俺の家に……」


 鎌智は言葉を止めた。今までの奈良江の行動を疑った。


「なんであいつは帰りたがらない? 誘拐されたなら、一刻も早く家に帰りたいはずだ。警察も嫌といい、着替えまで用意している」


「それじゃまるで家出みたいね? 」


「……家出?」


 鎌智は思い立った。すぐに奈良江がいた脱衣場に向かった。奈良江は着替えが終えていたが、勢いよくドアが開き、声を出さずに驚いた。


「背中を見せろ」


 鎌智は怖い顔で言った。


「いや!」


「いいから見せろ!!」


 抵抗する奈良江を、鎌智は無理矢理抑え背中の服を上げた。背中には、幾つもの打撲痕だぼくあとがあった。何も言葉が出なかった。出会ってからなかなか感情を出さなかった奈良江は膝をついた。


「う…うあああああ!!!」


 泣き出した。とてつもない大きな声で泣き出した。


「……なんだこれは………なんなんだこれは!?」


「誘拐犯が……やったの?」


「誘拐犯じゃない! 昨日の傷なら痛みに耐えきれない………つまりこれは、もっと前からだ!」


「誰がやった!? 奈良江、お前にそんな事ができるのは……お前の親ぐらいだ!」

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