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つもるはなし、つまりよもやま -夏の巻・香織編-  作者: 佐野隆之
第一章 出会い、そして再会
3/3

第2部 劇団まほろば一座

 私が名古屋へ越してきたのは高3になる時だった。そしてクラスメイトとして知り合い仲良くなったのが斎藤輝來。その時の彼女は美術部に所属していてかなり控えめで物静かな雰囲気の子だった。でも実はアイドル好きでコンサートでは大はしゃぎするのだと言う事をお互いの家で寝泊まりするまでの仲になった時に知った。

 そして私達は別々の大学へと進学して間もなく。

「ねえヒメちゃん。今度一緒にお芝居観に行かない?」

「お芝居? お芝居ってアイドルの?」

「じゃなくて、劇団さんがやってるお芝居」

「劇団って劇団四季とか?」

「んー、そういう大きな所じゃなくて小さな劇団さんの」

「小さな劇団? どういうの?」


 そんな誘いから興味が湧き度々一緒に足を運ぶようになった芝居見物。役者達の肉声が直接耳へ響き、至近距離で観る演技は役者一人一人が放つ力をひしひしとその場の空気を通して感じることができる。これはリアルのようでリアルではないスーパーVR映画では得られないものだ。

 そして輝來にとってかなり重要なんじゃないかと思うのが舞台の上に立っていた役者達と直接会話が出来るチャンスがある事だろう。


       *


 汗ばむ陽気が現れ始めた4月下旬、輝來が出演する芝居を観に名古屋市科学館近くにある小劇場へと足を運んだ時の事。

 人の縁はどこで始まり広がって行くものか分からないものだと思える出来事があった。それは作られたかのような偶然の再会。


 きっとここからが今の私への全ての始まりだったのだろうと思う――


 輝來がヒロイン役として出ていた舞台の最終公演、千秋楽。50人程度は収まるだろう劇場は窮屈な状態だった。内容は大学生らしい今だからの楽しみ苦しみを率直に描いた等身大の現代劇だった。私自身、学校を出てどの様な職に就こうかとそろそろ焦り始めるべき時期だっただけに自分を照らし合わせながら観ていた。そして舞台で演技する輝來を見てもしかしたら彼女はこの世界で生きて行くのかな? とふと思いもした。


 劇が終わり劇団メンバーのトークショーが15分ほどありそれも終わると観客は席を立ち始めた。私は舞台に対するアンケートへ久しぶりに握った鉛筆で感想などを言葉少なめに書き込み劇場の外へと出た。すると外では談笑する人達で溢れかえっていた。その中に随分と同性の人達と親しげに盛り上がっている輝來の影を見つけた。

 私は軽く声をかけてお(いとま)しようかと思い輝來へと近づこうとしたその時。

「こんばんは」

 あの時を思い出す声と共に肩を叩かれ私は内心慌てて振り向いた。


「どうも。まほろば一座の山田です。覚えていますか?」


 私の前に再び現れたあの男の笑顔。以前と違い耳も首もはっきり見える長さの髪の毛でさわやかな印象を受けた。

(ウィッグだったんだ、やっぱり……)

 印象は違えど私の前に現れたあの男に驚いた私だったが、それを安易に悟られまいと演技染みていると感じながら私は少し記憶を遡るふりを見せてから返事した。

「……ああ! (さかえ)の劇場で! 今晩は」

 すると男は私の安っぽい演技に応えるように大きな笑顔を作り言った。

「輝來さんが出演していたから観に来てるんじゃないかと予想したら案の定」

 まさか私が今日来る事を知っていてこの回に来たって言うの? と勘繰らせる事を口にしてきた男へ私は探るように聞いた。

「案の定、でしたか?」

 すると男は「はいっ!」と周囲を注目させる程の声を発した。

「お前。声でけぇよ」

 男の隣にいた男性が男の腹を小突き私にペコペコ頭を下げながら言った。

「すみません、こいつ場所をわきまえる事知らない奴なんで」

 そして男性は私へ名刺を差し出してきた。


 劇団まほろば一座

   副座長 川田智之


「初めまして! 川田(かわだ)智之(ともゆき)です。こいつとは高学の時からの付き合いだからこいつに対してのクレームは気軽に俺へ言ってください!」

(クレーム?)

 不思議な事を言う川田と名乗った男性だが円やかな明るい声にからっとした笑顔は山田と言う男とは対象的で初対面ながらも気さくに話ができる安心感を抱く雰囲気だった。

「トモさん自身が座長への不満一番抱えてるくせに!」

 川田さんの隣にいたアンバーカラーの髪の毛を持った白人系女性が明るい声を響かせると川田さんは大きく身を仰け反らせ叫んだ。

「なんだとぉ! 図星じゃねぇかよ! ティファニー!」

 随分と動きも表情もコミカルだ。きっと川田さんはサービス精神が旺盛な人なんだろう。

「頼りない副座長のアシスト役、ステファニー・アームストロングです。ティファニーって呼んでね」

 そう言ってぺこりと頭を下げた女性からふんわりフローラル系の香りが私へ届いた。

「今日は劇団の皆さんで観劇ですか?」

 私が前にいる三人へと自然に尋ねると男が応えた。

「ええ。ウチのメンバーが客演で出てたんでウチの恥さらしてないか監視に来たんですわ」

 男の言った事に「監視なんですか?」と真顔で反応した私に男は「監視という応援ですよ」とにこやかに応えた。

「そうだったんですか。お仲間の方が出演していたとは存じ上げなくてすみませんでした」

 私が軽く頭を下げて言うと男は「別に(はる)()の事なんて知らなくて良いですよ」と大声で言った。すると即座に私の後ろから男性の声が鳴り響いた。

「なんと言うふざけた事言うんですかぁーっ! 座長ぉっ!」

 私の後ろから現れた男性に対し男は淡々と言った。

「なんだ晴男、いたのか?」

 すると晴男と呼ばれる男性は身振り手振りで反応した。

「座長! そりゃぁいますよ! っていうか俺、こちらの女性の後ろにいたんですから会話が丸聞こえでしたよ! ……で、こちらの美しい女性は……」

 その口調と動作はまるで舞台劇を観ているようでこの空間が随分愉快なものに私は感じた。

「ああ、こちらの女性は輝來さんのお友達だよ。晴男、しっかり挨拶しとけ」

 男は腕を組み自分が上位にいることを指し示すかのような口調で言った。

「ええ!? そうなんですか!? 役者友達ですか?」

 落ち着きのない教師役をやっていた晴男さんだが本人もそのままの印象で可笑しくなったけれど私は(こらえ)えて静かに応えた。

「いえ、純粋な学校友達です」

「そうなんですね。すみません、なんだかオーラを感じるんでてっきり」

「オーラがですか?」

 私が首を傾げ応えると男が言った。

「晴男、分かってるな」

「座長。俺でもそれは分かりますよ。あ、良かったら斎藤さん呼んできますよ」

 晴男さんはそう言って辺りを忙しない動作で見渡した。

「わざわざ呼ばなくても大丈夫ですよ。頻繁に会いますし」

「そうですか?」と目を丸くした晴男さんはその後急に背中を丸め弱々しく言った。

「ええーっと、あのぉー、因みにお名前は?」

 堂々とした立ち姿だった男は姿勢を正し笑顔を私へ向けて言った。

「そういえばお名前伺ってませんでしたね」

「遠藤です。遠藤香織と申します」

「遠藤香織さんかぁ……では香織さん、ウチのチラシ見ましたか?」

「チラシですか?」

「そう。入場時にパンフと一緒にチラシデータ受け取ったでしょ?」

「ああ。はい。でもごめんなさい。皆さんの劇団がどれだったかまでは覚えていないです」

「いっぱいあって分かんないよねー」とステファニーさんはからからと笑った。

 その笑いの隙間から男は話を続けた。

「再来週にウチの本公演があるんで良かったらチケット貰って下さい。ちょいと場所が長久手(ながくて)なんで足を運び辛いかもしれませんが」

 男の手には帯状の紙切れがあった。目に飛び込んで来たのは『マハーラージャ』と書かれたロゴ。チケットだ。私はそれを手にしながら口にした。

「私、最寄り駅は一社(いっしゃ)なので」

 私がそう応えると男ではなく晴男さんが反応した。

「お! そうなんですか!? ここに来るより近いじゃないですかっ! それはぜひぜひ!」

 そして川田さんが。

「古戦場駅から歩いて10分かからない所にある劇場……っていうか鉄板焼屋さんがやっている芝居小屋があるんですよ、集い処きらめくあまたって言う」

 川田さんが言い終わるとステファニーさんは言った。

「トモさん、あまたを芝居小屋って決めつけるとヒデさんが怒るよ、ここは芝居専用じゃねぇんだよ! ってさぁ」

「ティファニー、別にヒデが何と言おうが小屋は小屋なんだよ!」

 川田さんとステファニーさんのやりとりを横目にしながら男は私へ言った。

「香織さん、今度の舞台はこんな感じのドタバタコメディなんで時間ありましたら気軽に遊びに来てください。日時の予約はチケット記載のサイトから簡単に出来るんで」

「ありがとうございます。そうですね、もし時間が合えば。きらめくあまたでしたら知っていますし」

「あまた知ってるんですか?!」

 私の前にいた四人が揃って声を上げた。その四人の反応に思わず笑いが込み上げ私は声を出して笑った。

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