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異世界枯山水

「「ごめんください」」

「いらっしゃい」


 ウェンツさんと一緒に店の中に入ると、何となくのんびりとした店主が出迎えてくれた。


「おやウェンツ君かい?今日はどんな用事かな?」

「あ、今日は俺じゃなくてこっち、今年からうちの庭師になったアル君。

 今後も来ると思うからよろしく頼むよ」

「どうもアルフォードです」


 紹介を受けて自分でも半分忘れていた本名を名乗ると、のほほんとした店主がニコニコした顔で「此方こそよろしく」とお辞儀をした。


「それで今日は何を買うのかな?」

「えっと、植木鉢……それと、子供でも使える立芝刈り鋏、これ重要!」

「子供用の立芝刈り鋏は一つだけあった気がする、植木鉢はどのサイズが良いのかな?」

「うーん、高さは30cmぐらいで直径も同じぐらい」

「植木鉢は調度良い黒があるね」

「じゃあそれでお願いします、それと砂利と石はありますか?」

「砂利と石?どんなのが欲しいんだい?」

「砂利は出来れば白い奴!石はええっと、握りこぶしぐらいをいっぱいと、大きいのを10個ぐらい」

「大きいのはどのぐらい大きいのがいいのかな?」

「これぐらい」


 手を前に出して大体横幅50cmぐらいに広げる。


「石は大丈夫、砂利は全部白というのは難しいけど用意出来ると思うよ」

「じゃーそれもお願い」

「はいはい」


 俺が頷くと、のほほん店主はニコニコと笑った。


「じゃあ何時ものように品物はアットランド様のお宅に届けるね」

「あ、芝刈り鋏は直ぐ欲しい」

「ははは、了解、直ぐ持ってくるから待ってなさい」

「うひょー」


 品物を取りにのほほん店主が店の奥に消えていった。


 大丈夫だよね、芝刈り鋏は個人用だけど経費に入るよね……ビルさんに言われたらウェンツさんが何も言わなかったから知らないで誤魔化そう。


 暫く待つと、店主が少し小さい芝刈り鋏を持ってきてくれた。実際に手に持って持ち手を左右に動かしてみるとサイズ的にもぴったりで気に入った。


「うほほーい、これで芝刈りが捗るでやんす」

「一体どこの方言だい?」


 喜んでいる様子にウェンツさんが呆れながらのほほん店主に鋏の代金と注文の品の前金を支払っていた。


「それで砂利と石は何に使うんだ?」

「出来てからのお楽しみ」

「あはは、アル君の発想は何時も奇妙天外だからなぁ、楽しみにしているよ」


 その後何事も無く館へと帰る。

 後で鋏は給料出してるから自腹ということで給金から引かれた……ドケチが!!



 買い物をした翌日、道具屋さんから植木鉢、そして砂利と石が届く。

 早速、倉庫から手押し車を持ち出して嫌がるウェンツさんを拉致、エリスさんのことをこの館の使用人全員にばらすと脅して砂利と石を東側に運んでもらった。


 最初、東側の庭は手前に芝生、土がむき出しになった場所を全部石庭で砂利を敷き詰め、奥に庭木を植えて綺麗な庭園を造る予定だった。


 だけど、芝なら南にいっぱい広がっているし、折角時間も予算もあるから、いっその事、趣味も兼ねて枯山水で森を作ろうと決めた。


 何故森を作ることに決めたかというと、御館様の領地が草原と森とウェンツさんから聞いたから。

 草原は既に芝生で再現出来ていると思う、後は自然の森を作れば、御館様もこの王都でも故郷を思い出すのではないかと思った。


 ああ、俺は何てご主人思いの素晴らしい使用人なんだろう。


 おっと、いかん、いかん。自分で自分を自画自賛してたら、作業が止まった。


 さて、前世で偶に枯山水と石庭の違いについて尋ねられたときがあるが、石庭は草木を取っ払って砂利と石だけ海と島を表す技法、枯山水とは石と砂利を水と考えてその水のイメージを世の流れと伝え、さらに草木を使って自然を表現する。

 たけど、人によって定義が異なるから、深く突っ込むのは止めてね。


 そして今回の枯山水は森をイメージする、重要だから二度言った。

 つまり、よく前世のお寺にあった砂利と盆栽が切り分けられて境界線がくっきり見える綺麗な枯山水は止めて、砂利と緑が雑に組み合わさったごちゃ混ぜで見る人によっては汚く見える雑木林の枯山水を作成する。


 理由は自然とは整頓された綺麗な物ではなく、雑な物が組み合わさって初めて生まれる美しい物だという自分の信念から。


 まあそんな枯山水は枯山水じゃないと、前世では新規依頼の客とは良く対立していたし、顧客も変人が多かった。

 それでも俺が作る枯山水は半分は評判良かったよ、残り半分?そりゃもう、物凄く叩かれたけどね。




 まず東側の手前の右側1/5の芝生を残して全部撤去、もったいないけど撤去、折角育てたけど撤去、あれ上を向いてないと涙が出ちゃう。


 芝生を取っ払って土を掘っているとき、ビルさんが引き攣っていた気がするけどそれは見なかったことにした。


 次に土がむき出しになっている場所をぐにゃぐにゃした東南から北西に伸びた楕円形のドーナツ状に20cmほどの深さに掘っていく、掘り出した土はドーナツの外縁に積み重ねて小山を幾つか作る。


 こうすることで高低差が生まれて山の中に居る感じを散策者に与える。


 次に右奥を壁まで、逆に左は手前までを同じように掘った。

 イメージとしては、川が右奥から中央の中洲を挟み左手前に流れ往くそんな感じ。


 その次に掘った場所に砂利を敷き詰める。この砂利は水をイメージしているけど、それ以上に水はけを良くするという効果も兼ねていた。


 そして今度は砂利の上に握りこぶし大の石を置く。石もただ並べて置くのではなく、ぐにゃぐにゃしたドーナツ状の出っ張り部分を多く置くように配置した。

 これは水がただ流れるのではなく、川の水が自然にあるがまま流れるイメージを持たせてある。


 以上の作業を開始してから二週間掛ったけど実は半分も終ってない。

 芝刈りが週一になって楽にはなっているが、合間、合間でやっているから予想よりも作業が進まずに困っていた。


「こんにちは、何か凄いことやってるね」


 二週間目に花屋のエリスさんが注文の品を持ってきた。庭の様子を見て驚き半分、興味半分といった感じで色々と見ている。


「ほへ?エリスさん、こにちは、頼んだ品は手に入った?」

「うん、多分大丈夫よ、こっちに持ってくればいい?」

「お願い」


 少ししてエリスさんともう一人、がっちりした体格の男性がリアカーを引っ張ってやってきた。


「紹介するね、私のパパ、プロの植物採取ハンターよ。今回の依頼も全部パパと仲間達が取ってきてくれたの」


 本当のパパ?それとも、「パパあれ欲しい、買って~」って頼んだら買ってくれるパパ?


「君が依頼主のアル君か、間違いは無いと思うが一応確認してくれ」

「エリスさんのお父さんですか?…………うん、大丈夫、注文の品で間違いないし、根っこも生きるしこっちも問題ない」

「そうか、それでちょっと聞きたいのだが、こんな花の咲かない木や草ばかりを集めて何する気なんだ?

それに、折角の庭をこんな石ころばかり並べてめちゃくちゃにして一体……」


 エリスさんとエリスのパパが庭を見て首を傾げる。


「枯山水だよ」

「「カレサンスイ?」」

「石と草木で自然を作ろうとしてるんだ」

「ほう」

「この砂利と石を水に見立てて、回りを草木で覆い、土の部分に苔を置けば森の中を流れる川のイメージが沸かない?」

「「…………!!」」


 暫く黙っていた二人だが、イメージが沸いたのか同時に驚いた表情を浮かべた。


「見える!確かに森の中で流れる川のイメージが浮かんだ」

「本当……凄い……」


 まだ砂利を敷き詰めただけなのによく理解したな……やっぱり草木を扱う職業だけあって、基礎工事の状態でも完成イメージを掴んだらしい。


「これを坊主が作ろうとしているのか……よし!決めた、俺も手伝おう!」

「パパ?」

「ほへ?」


 俺とエリスさんが驚くとパパがニヤリと笑った。


「こんな面白そうなことを黙って見逃すのは植物専門のハンターとして黙っていられねえよ。

 坊主、いや、アル、俺の名前はギルバードだ、よろしく頼む」

「ノリノリなところ申し訳ないけど一応ね、俺も雇われ人だから上司に聞かないと分からないよ」

「じゃあ聞いてくれ」

「はぁ」


 直ぐにに相談したら、ビルさんも驚いていたけどやっぱり子供一人に作業させるのを気にしていたらしく一時的にギルバードさんを雇うことになった。


 ところで、エリスさんを落とすとなると、ギルバードさんが立ち塞がるけど、ウェンツさんは大丈夫なのかな?心の中で合掌して冥福を祈った。




 強力な肉体奴隷を手に入れたおかげで、作業は進んだ。


「この岩はどうするんだ?」

「あ、川の傍において下さい。渓流の傍にある岩のイメージです」

「成る程、理解した」


 理解できるのかよ、この筋肉やるじゃねえか!

 だったら重労働はギルバードさんに任せて、こっちは植木を植えることにしよう。


 まず中州だが、高さ5mのシラカシと4mのシマトネリコを植えて枝に荒縄を結んだ後、少し下に引っ張って枝を少し横に成長するように調整する、これは木の下に苔を敷くのに日光が当たりすぎて乾燥させないためでもあった。


 前世で、盆栽を育てているお客さんが縄で形を調整していたのに、風で枝が折れちゃったと笑っていたけど、それは枝を強く引っ張り過ぎなのが原因。

 確かに枝はしなやかだけど、それは自然に抵抗するための生物としての生存本能だから、枝ぶりを縄で調整するときはかなり緩やかに縛らないと駄目。


 それと今回ギルバードさんが持ってきた植木だが、根っこの部分を丁寧にネットで包んであった。

 ネットの素材が荒縄だったから、前世の時と同じようにそのまま植える。


 偶にネットを解く人が居るけど、ネットは土の中に入れておけば自然分解で無くなるから、実は解く必要が無い。


 植えたばかりの高木は安定しないから、成長するまでシラカシは倒れないように支柱で支えた。支柱も背景に溶け込むように、黒く汚して朽木に見せるように誤魔化す。


 次にギルバードさんが持ってきた苔と剥がした芝をやや苔が多めにして地面に貼り付けた。

 上手く調整すれば芝と苔が融合して森の地面をイメージした色彩が生まれると思う。


 次にキチジョウジソウを植えた。このキチジョウジソウは秋に紫の花を咲かせるが地下茎が長く延びて広がり丈夫であると同時に日陰でも成長する。


 中洲の作業が終ったら次に川に見立てた砂利の一部を所々取り出して代わりに植木鉢を地面に埋めた。

 それから植木鉢に土を入れてからシダを植える。


 これは石と土の境界線を曖昧にさせて川の傍に生える原生的な草木を表現させた。

 わざわざ植木鉢を埋めたのは砂利の上に植えたら水はけが良すぎて乾燥するため。


 川の外周は手前側にシマトネリコとシカラシ、それとキチジョウジソウを植えて、奥はそれに加えてシラカシとシマトネリコを植える。

 手前に植えた三種類は成長しても高くはならない、逆に奥の二種類は高く成長する。

 つまり、手前を低木にして外から森の中を見せるようにして、奥に高木を置いて奥の壁を見せない事で庭の狭さを隠蔽した。


 ここまでやって、ギルバードさんが疲労でばてた。


 え?いや、御免、自分がやったように説明したけど、実は殆どがギルバードさんの作業。


 だって俺9歳だし、植木の移植なんて出来るわけないし、そりゃ支えたりして少しは手伝ったけど、力仕事は筋肉に任せるに決まってるじゃん。

 だけど、ぶっ倒れたギルバードさんにこれ以上の作業を押し付けるのは辛そうだったから残りは俺が一人でやることにした。


 最後に俺一人で、苔、土、芝を7,2,1の割合で地面と岩と石に貼り付ける。苔は日陰になるように、芝は日光が当たる場所に敷いた。

 余った苔は砂利の上に少し土を被せてその上に奥、これは川の底の苔をイメージした。

 結局、力仕事は無かった、残念でござる。




「うん、凄いな」


 三週間かけて完成させた雑木林With枯山水を見てギルバードさんが満足げな表情を浮かべている。


「うんにゃ、まだまだ、メインはこれから」

「そうなのか?」


 俺が言うと何をするのか興味津々でギルバードさんが俺を見る。


「まあ見ていて」


 ギルバードさんをその場に置いて、枝ハサミを取り出し、折角植えた庭木に対して、パチッ、パチッと枝を切っていく。


 日光が高木の葉っぱに当たり、強い日差しが柔らかくなる木漏れ日になるように調節し、低木は茂らないように若葉を残して切っていく。


「ちょっと待て、折角植えたのに何をしているんだ!」

「今のままじゃ影が濃いから薄くするのさ」


 手を止めずに枝を切る。

 高いところはギルバードさんに肩車してもらった。


 前世で培われた技術を再び異世界で披露できる。今まで気が付かなかったが、枝を切る度に心の中では喜びに満ちていた。


「出来た!」


 作業を終えた庭は先ほどまでの薄暗い雑木林から、木漏れ日の光の線が当たる森林に変わり、砂利を敷き詰めた石は、淡い光が所々当たることで透き通る水が流れる自然の情景に変貌を遂げていた。


「……………………」


 振り返ってギルバードさんを見ると、彼は唖然とした表情でただ庭を見ている。


「ギルバードさん?おーい」


 顔の前で手を振ってようやく彼の意識が戻ったと同時に雄叫びを上げた。


「うおおおおっ、凄げええ!!」

「うわわわわ」


 ギルバードさんが突然俺を持ち上げくるくると回転させて大笑いした。


「あっははははっ、これは何だ!凄いぞ、信じられん!

 まるで森じゃないか、自然林?違う!

 確かに造園だけど、こんな野性味溢れた庭園なんて見たこと無い!」


 ギルバードさんの声で館からビルさんやウェンツさん、それ以外にも使用人がやってきたが庭を見て全員が口を開けて驚きの表情をしていた。

 喜ぶ俺達の前にビルさんが歩いて来た。


「これを……アル君が作ったのですか?」

「え?はい」

「本当に?」

「ほへ?ビルさんだって俺の作業を見てたじゃないですか」


 青筋立てながら、


「……ここまで凄いと最早芸術ですね。それにこの森は似ています」

「ほへ?」

「御館様の領地にある森です、当然見たことは……」

「この町から出たことすら無いよ」

「ですよね、きっと御館様もお喜びになると思います。アル君ご苦労様でした」

「ってことは~」


 期待した目でビルさんを見る。


「残念ながら賞与は予算の都合上出せません」

「ガクッ」

「だけど特別休暇は上げますよ」

「芝の管理は誰がするのさ……」

「もちろん管理をしながらの休暇です」

「……ひでえ」

『あっははははっ』


 振り返ると俺とビルのやり取りを見て、この場に居た全員が笑っていた。


「不思議ですね」


 彼らを見てビルさんが柔らかな笑みを浮かべる。


「庭が美しくなるに連れて使用人達の表情にも笑顔が増えてきました」

「そりゃ当然だ」


 横からギルバードさんが割り込む。


「と言いますと?」

「綺麗な物を見れば誰だって心が落ち着くだろ。アルの作った芝生も、この森も、ただの庭じゃなく芸術品なんだよ」

「…………成る程」

「あんた、良い庭師を手に入れたな、これほどの庭師は古今東西何処にも居ないぜ。誇りに思っていいぞ」

「恥ずかしいセリフ禁止!こういうのは本人が居ない所で話をして!」

「「あっははははっ」」


 俺が赤面して文句を言うと二人が一緒に笑った。

作者「やっぱり、無理。

 自分の文才じゃ枯山水の素晴らしさを文章で表現することなんて出来ない!」


アル「別に良いんじゃないかな?」


作者「何で?」


アル「だって枯山水それ自体がさ、見た人の心の中に情景を映し出すようにする造園だからね。

 読んだ読者全員が同じ森を想像させる文章よりも、一人、一人違った森を心の情景に映し出させる文章もありだと思うよ」


作者「あれ?何か良い事言って自分の株上げようとしてない?」


アル「……気のせいじゃないかな~♪」



作者「コントの後で申し訳御座いませんが、最後の方で書いたアルの剪定の腕前については現実離れをしています。

 だけど、そこは物語として前世の技能を使って凄さを見せる事で、異世界人を驚かせたほうが面白いと考えてあえて記述しました。

 ご理解の程宜しくお願いします」


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