芝の育て方と恋愛の育て方
「芝刈りをしてないでござる」
そう、ここに着てから一ヶ月半、移植作業ばかりしていたから全く芝刈りをしていない。
確かに移植作業をした結果、土の見える部分は見た目でかなり減ったけど、今度は芝が伸び始めていた。
移植の部分はまだ根が伸び始めたばかりで土がむき出しなのに、最初から芝が生えている場所は芝が伸びきっているから斑な状態で正直言って醜い。
芝を見ると……アカン6cmもある、これはアウトだ。
庭に出て芝を刈ろうとした段階で、ある事に気が付き、体が硬直する。
…………芝刈り機……何処?
いや、このネタもう二回目だから、それに既に分かってるよ、そんな高度な機械なんてあるとかこれっぽっちも思ってないし。
そして物置から探しだしたのは、立芝刈りハサミ(大人用)
この立芝刈りハサミ(大人用)は足元に鋏があってそこから腰の部分まで持ち手が伸びて、左右に動かす事で芝を立ちながら刈れる便利なアイテムだけど、そう大人用だ。
重要だからもう一度言う、大人用だ。
子供の俺が使おうとすると持ち手が頭の方まで伸びているから使えない。ああ、早く大人になりたい。
「ビルさん子供用の芝刈り鋏を買って下さい」
ギロッ!
「ふえぇ、何でもありましぇん」
ドケチが!!
結局どうにもならなかったから使い辛いけど持ち手の中ほどを掴んで使うことにした。
伸びすぎた芝生を一気に短く刈ると葉の部分が無くなって色褪せする軸刈りになって戻るのにも時間が掛かるから少しずつ刈る必要がある。
本当だったら移植前に芝刈りたかったけど、あの時のビルさんの怒り具合を思い出したらやっぱり無理だお。
6cmまで伸びた芝をジョキン、ジョキン、切って4cmまで刈って短くする。これでもまだ伸びている状態だけどそれ以上刈るとやっぱり軸刈りになるから刈りたくてもぐっと我慢。
5月から夏が終る頃までは芝の一番伸び盛りの季節になるため、月に最低4回、芝刈りをしないとあっという間に草茫々、だけどここの芝は既に茫々だから今月は6回することにした。
こうして芝を刈った後、最後にサッチングをする。簡単に言えば刈りカスを集めて捨てるだけ。
だけど芝を刈った後で刈りカスを取らないと芝生の通気性と水はけが悪くなり、さらに日光が当たらず成長にもよくない。
芝刈りをした場所を熊手で優しくゴミと刈りカスを取り除く。
たいした作業じゃないけれど、これをやるかやらないかで芝の生長が全く違った。
これで基本的な芝の手入れは一通り終了。
後は芝が綺麗に生長するのを見守っていけば夏の頃には綺麗な緑の大地になると思う。
月曜日に水を撒く&芝刈り
火曜日は雑草取り&芝刈り
水曜日は芝刈り
木曜日に水を撒く&芝刈り
金曜日は雑草取り&芝刈り
土曜日は芝刈り
日曜日はお勉強の時間
この館の全部の芝生を一日で刈るなんて無理だから、場所が広すぎて全部を刈るのに三日掛る、これ子供一人の仕事量じゃないと思うぞ!
それでも、何とか一週間のサイクルを作って軌道に乗せることが出来た。
まあ実際は雨が降ったり、雑用(肉体労働)を頼まれたりする日もあるからスケジュール通りにはしてないんだけどね。
それにこれから夏になって暑くなると、水遣りは毎日に変更するから、スケジュールもガラッと変わる。
因みにお勉強はビルさんに言われた礼儀作法。
実は未だに文字とか知らないけど、今生に生まれてから全部暗記で生きていたから今更な気がしないでもなかったりしていた。
「エアレーションをやろう」
夏が来る前に芝生の成長促進をさせる作業をすることにした。
エアレーションと言っても要は土に穴を開けるだけ。
芝生というのは元々草が密集して生えている植物だから根っこや茎が絡んだり、土を踏んで固まって土の通気性が悪くなる。
そうなると今度は根っこの成長が悪くなる、ついでに水はけも悪くなって根腐りも発生しやすくなる。
だから土に穴をあけて通気性を良くして芝生の生長を促すことにした。
前世ではローンスパイクという先の尖った金属を足で踏んで穴をあける道具があったけど当然そんなものは存在していない。
だから、こっそりと館にあった鎧の置物が持っていた槍を拝借した。
槍で突いて芝生を均等間隔で穴をあける。あける間隔は大体10cmぐらいが調度良い。
穴がボコボコ開いて見た目は悪くなるけど、これは直ぐに芝生が生長して見えなくなるから気にしたら負け。
穴を空けたら次は空いた穴に土を入れる。
これをやると、穴を埋めると同時に土壌の通気性や排水性が改善されるから、穴の中に茎や芽が生えてくる。
半分ぐらいエアレーションが終わって休憩していたら、物凄い勢いでビルさんがやってきて俺の頭に拳骨を一発落とした。
「ぐおおおお!」
芝生の上で頭を押さえて転げまわる俺をビルさんが一度だけ睨んでから槍を掴んで館へと戻る。
常日頃、温和な人がマジ切れするとマジパネェ。
結局、代品として納屋にあった飼葉に使う農業用フォークを借りて穴を掘った。
七月、鬱陶しい梅雨が明けて熱い夏が来た。
ボロボロだった芝生は順調に育ち、移植で土がむき出しだった場所も周りの芝生から根が伸び、草が生え、茶色い場所は全て消えて緑の大地に変貌した。
芝生の状況を説明するためビルさんを庭に連れて、
「どや!」
腰に手をやり、胸を張ってドヤ顔をする。
「私も毎日見ていたので、そんなに偉そうにしなくても知っていますよ」
「どや!」
それでもドヤ顔全快の笑顔攻撃。
「はいはい、それにしても驚きました。まさか本当にあの芝生を蘇らせるとは……
しかも今まで見たこと無い美しい芝生ですね、恐らく王宮にもここまで素晴らしい芝生は無いと思います」
「と言う事は~?」
「ええ、庭師として十分な技能、いや、私が知る限りアル君ほどの技術を持っている庭師は見たことありません。
給与は通常の庭師に少し上乗せした額を来月から支払いましょう、ついでに賞与も期待して良いですよ」
「やったー」
ビルさんの話を聞いてその場でピョンピョン飛び跳ねた。
父ちゃんごめん、もう父ちゃんの給料超えちゃった。
「それで東側は如何するつもりですか?奥の方は芝生がなくなって土がむき出しのままですよ」
「あ、そのことで一つ相談があるんだけど……」
「ん?何です?今なら無茶を言わない限り話を聞きますよ」
「うひょー!それで相談なんだけど、この芝生の状態だったら、来年張り替える予定の予算が浮くと思うんだけどなぁ……」
チラッチラッとビルさんを見る。
「まあ、確かに……」
「それを少し回して欲しいかなぁなんて思ってたりして……」
「確かに予算があまるから少しは回しても良いかもしれないですね」
自分の胸を叩いて、
「大丈夫!無駄使いはしないから、どーんと任せてちょーだい!」
「ふむ、分かりました、ただし一つ条件を付けましょう」
「ほへ、条件?」
「ええ、予算は芝生の張替えの代金を全て使って良いですから、北側の庭も今より見栄えが良く改良して下さい」
あー確かに北側の植木がある場所もそろそろ弄りたいとは思っていたな、すっかり忘れてたけどね。
「了解!あっと驚くような庭に改良します」
「ははは、期待してますよ」
ビルさんが笑いながら館へと消えていった。
「予算♪予算♪給料アップに賞与アップ♪、父ちゃんは働けど極貧乏♪」
自分で作った変歌を歌いながら館の東側の状況を確認しに向かった。
館の東側の芝生も現在は何も問題なく美しく茂っている。ただし左奥側は土がむき出しのまま。
だけど土がむき出しなのは訳がある、移植の際足りなかった部分をそこから補った結果だから仕方が無い。
それに、俺が来るまで東側は芝生だけの殺風景な景色だったから、芝生以外の植物を取り込んで自然な景観を取り入れたかった。
早速ビルさんに庭木を買い物に行くと告げると、副執事のウェンツさんが同行することになった。
何でも、本来なら俺が来る前に死んじゃった庭師の爺さんが植木屋や道具屋の場所を教える予定だったけど、死んで教えることが出来ないから代わりにウェンツさんが教えてくれるらしい。
「俺もアル君みたいな弟が欲しかったな」
ウェンツさんが俺に向かって弟が欲しいって言うけど、やっぱり還暦越えてるからね~
だけど最近気が付いたけど精神年齢が幼稚化している気がする、これは体が若くなったからかな?だけど老人化するよりはマシだから気にしないことにした。
「そうだ、ウェンツさんに聞きたいことがあったんだ!」
ウェンツさんの話をガン無視して話題を変える。
「何だい?」
「御館様の住んでいる領地ってどんな所?」
「領地か、俺も一度しか行ってないからなぁ……確か草原が広がってたな」
ふむふむ、芝生が多いのは自分の領地をイメージしているのかもしれないな……
「後、森もあったね。自然豊かな土地だよ、実際に穀物地帯だからこの国の食料庫とまで言われているよ」
「海は?」
「海?内地だから海は無いよ」
なるほど、大体分かってきた。御館様に気に入られるなら、草原と森の自然をイメージした庭を作れば良いかもしれない。
しばらく歩きながら適当な会話をしていると目的地の植木屋に到着した。
玄関には色とりどりの切花が飾られ、店の奥には植木鉢に何かの花がつぼみのままで展示されていた。
ただの花屋じゃん。植木は?庭木は無いのか?
「いらっしゃいませ、何か贈り物ですか?」
植木を探していると若い女性の店員が俺達に気が付き、声を掛けてきた。
歳は15歳ぐらい?目がくりくりした可愛い顔、茶色の髪をピンクのバンダナで纏めて俺とウェンツさんに向かって笑顔を向けていた。
「えっとここは植木とかは無いの?」
「植木?」
尋ねると彼女は首を傾げて、右の人差し指を顎につけて考える。そのしぐさ一つ、一つが可愛かった。
「あるといえばあるけど、取り寄せになっちゃうかな」
「そうか……ウェンツさ……あれ?ウェンツさん?」
ウェンツさんに取り寄せても良いか確認しようと顔を見たら、彼は花屋の店員に釘付けで俺の話を聞いてなかった。
惚れたなこの男
ウェンツさんの顔の前で手のひらを左右に振ると、ようやく彼が気付いた。
「うぇっ?ああ、ア、アル君、用事はす、済ませたのか、かい?」
噛みまくりだし。
「いや、まだだけど植木は取り寄せになるらしいけど大丈夫?」
「な、無いなら仕方がないんじゃないか?」
答えてはいるけど相変わらず店員さんに目が釘付けだし。
「それでどのような植木を注文するの?」
店員さんに言われてどうしようか考える。
花を植えても良いけど、できれば緑の自然な感じに纏めたいな。
「そうだなぁ高木でシカラシとシマトネリコ、低木はイヌツケにハマヒサカキ、あればキチジョウジソウとかシダとかもある?」
「何それ?」
あう、前世の植物の名前で言っても通じないか。
それぞれの草木の特徴を説明して何とか通じることが出来たけど、それでも彼女は不思議そうに顔を傾げた。
「今言われた植物って花が咲かない植物もあるけど、大丈夫?」
「ほへ?花が咲かないと何か問題が?」
「うーん……今までこんな注文を受けたことが無くて……」
「そうなの?お金持ちのお屋敷とか生垣で木を植えたりすると思うけど?」
「そうね……その場合は大抵、薔薇とかを植えるわ」
んーもしかしたらこの世界、観葉植物の文化が無いのか?まあいいや、それよりも……
「それと、苔はある?」
「コケ?」
「コッコ」
「え?」
「何でもないです、岩に付いている苔です」
「そんな物、何に使うの?」
やっぱり苔の文化は無いか……
「苔は入手無理かな?」
「うーん、多分大丈夫だと思う、ハンターに木を取りに行ってもらうついでに取ってきて貰うわ。
多分、手間賃だけは貰うと思うけどね」
「ハンター?」
なんでそこで意味不明な職業が出てくるの?
「ボクの注文した木はこの街には無いし、外はモンスターが出て危険だから冒険者ギルドに行って注文するの。
そうするとね、植物採取がメインの冒険者が町の外に行って木を持ってくるのよ」
「成る程、それって俺が直接注文しても大丈夫なの?」
「あら?私の仕事を取っちゃうの?」
俺のセリフに店員が泣きそうな声を出す。
「あ、いや、そういう訳じゃ無くて……」
「うふふ、冗談。
依頼は出来ると思うけど、依頼した品が手に入るかは運次第っていうのが答えね」
泣きそうな顔が一変して笑顔になった、この女意外と悪女かも知れず。だけどそんなことは如何でも良くて、彼女の言う運の意味が分からず首を傾げた。
「ほへ?運?」
「だって、植物に詳しくないと、さっきボクが注文した木がどんなのか話を聞くだけじゃ分からないでしょ」
「確かに……」
「それに、持ってくる方法だって専門知識がないと最悪の場合、根っこを痛めてしまう可能性があるわ。
もしボクが冒険者ギルドに依頼してもそれを受ける冒険者が植物に詳しくないと間違った植物が来るかもしれないし。
だから植物専門のハンターとコネがあるうちの店を経由して注文するのが確実なの。
どう?理解した」
「うん、すっごく理解した」
俺が答えると、笑顔を見せて店員は喜んだ。
それから、固まっているウェンツさんのケツを撫でて正気に戻した後、前金を払わせ、品が着たら配達するようにお願いした。
そして最後に、
「ところで店員さん」
「はい?」
「名前を教えてよ?」
「エリスよ」
「彼氏は居るの?」
「え?」、「ちょっ、アル君!」
俺のセリフにウェンツさんが驚いて止めようとするが、店員さんは俺を見てからチラッとウェンツさんを見て笑った。
「クスクス、居ないわ」
「そう、ありがとう。じゃあ物が入ったらよろしくね」
「はい、ありがとうございました」
手を振るエリスさんに見送られて、ウェンツさんに引っ張られながら植木屋を後にした。
「良かったね、彼氏居ないってさ」
「アル君!初対面でその質問は無いと思うぞ……だけど、まあ、ありがとう」
にやにや
「アル君、そのにやついた顔はやめてくれ」
「隊長それで作戦はどうします?」
「何で隊長?」
「彼女可愛かったですよね」
「……まあな」
「早くしないと誰かに取られちゃうかもしれないですよね」
「うっ」
「うちらはハッキリ言ってしまえば新参者だし、他の人よりもアピールしないとエリスさんはこちらに向いてくれないと思うなぁ」
「どうしたら良い、やっぱりプレゼントをあげるべきか?」
人差し指を左右に振って、
「チッチッチッ、隊長それはまだ早いでーす。まずはデートと食事が先でしょ」
「デ、デートか……」
「見た感じ彼女は可愛いものが好きと思われます、つまり可愛いものがある場所へ連れて行くのがベストだと、はい」
「なるほど……それで可愛いものって何だ?」
「可愛いもの、それは小動物です」
「小動物?」
「そう、具体的に言ってしまえば、猫ですね」
「猫?そんなもので良いのか?」
「ええ、猫が駄目なら小鳥、子犬でも飯三杯はいけます」
「成る程……」
アドバイスを聞いてウェンツさんが首を捻って考えていたが、突如閃いた顔をした。
「そうだ、確か郊外の自然公園で小モンスターの展示博覧会が開催されていたな」
「ほうほう」
モンスターよりも自然公園に行ってみたい、ところでモンスターって可愛いのか?
「よし!今度誘ってみよう」
「おー」
ウェンツさんは意外と行動派だったらしい、だったらさっきの段階でナンパでもすれば良かったのに。
適当にウェンツさんのデートプランを話していたら次に向かった道具屋さんに着いた。
この先同性愛ネタがあります、15歳以下および、苦手な方はご遠慮下さい(見ても私は責任を取りません)。
アル「芝刈り機が欲しい、ホースが欲しい、蛇口が欲しい!!
文明が文化が低すぎる!何か便利な道具を頂戴!!」
作者「上げたじゃん」
アル「ほへ?何を?」
作者「ジョウロ。
最初はジョウロも無しにして桶と柄杓で水播きする予定だったけど、
まあ、異世界だしジョウロぐらいサービスして代わりにサービスしてもらおうと考えたのさ」
アル「サービス?何もしてないよ」
作者「ああ、何もする必要は無いよ。ほらあれだ、アルの顔は平均値だけど9歳の男の子がジョウロで水撒きする姿だけでも、ショタコンと呼ばれる人たちから見たら興奮材料になる訳だ」
アル「ゲッ!」
作者「つまり、その部類の人たちの頭の中じゃ既に君の二次創作が出来ているんだな。
例えば、ウェンツがアルを倉庫に呼び出して急に後ろから抱きしめて耳元で囁く……」
アル「聞きたくない、それ以上は聞きたくない!」
作者「アル、俺のジョウロがもうパンパンだ……」
アル「ふざけんなぁ!!」
ガン!
作者「グヘッ!」