芝、芝、芝、芝、全て芝!!
奉公の話が出たときに聞かされて驚いたのは、俺のことを気に入った御方は何と貴族様だったらしい。
前世でも一般人、今生でも下町育ちの俺からすれば貴族なんて天上人、顔を見ただけで目が潰れそう。
名前はジークフリード・アットランド伯爵、紹介した会長さんの話だと性格は貴族とは思えないほど気さくなご老人で年に一月だけ王都で働いて殆どは自分の領地に帰ってのんびり生活しているらしい。
取り敢えずそれを聞いて取り敢えず安心した。
家を出て一時間、馬車は貴族街の大きな屋敷の中に入る。
馬車から見た館は白い壁の大きい館だった。前世で例えるならばホワイトハウスの小型版といった感じだろう。
館の迫力に少しびびっている内に、馬車が館の駐車場に到着して停止した……あれ?そういえば、王都出ないの?何時でも家族に会えるじゃん。
御者から指示されて馬車から降りると館の裏口に連れて行かれる。
中に入ると黒いタキシードをビシッと決めた服装も顔も格好良い三十過ぎ位の執事が出迎えてくれた。
「君がアルフォード君だね、私は次席執事のビルです、以後よろしく頼みます。
それと、この館の管理を任されているから分からないことがあれば何でも私に聞きなさい」
「はい、今日からお世話になります」
頭を下げてからビルさんの顔を見ると何故か困った顔をしていた。
取り敢えず付いて来いと言われて、そのまま事務室に一緒に入って机越しに会話を始める。
「さて、後に回しても仕方が無いから先に言っておきましょう。君の師匠に宛がう予定だった庭師が三日前に死にました」
「…………ほへ?」
はあ?口をあんぐりさせてビルさんを見る。
「驚くのも無理も無いと思います、私も驚いているからね。
彼は結構な歳だったけどまさか突然ポックリ逝くとは思いませんでした。
優秀な弟子を鍛えると張り切っていたのが仇になったらしいです」
俺のせいかよ!
「それで本来ならば育成が出来ない此方の不備を君に謝罪して奉公の話は無かったことにするのですが、君は御館様が気に入った少年だから勝手に返す事が私には出来ません」
「ほへー」
「そしてその御館様ですが、一週間前に領地へと帰ったばかりで王都のこの屋敷に戻るのが十一ヶ月後の予定です」
今は5月頭だから戻るのは4月?
簡単に説明すると月日は前世と同じで、土地は日本と同じ風土。
何となく俺をこの世界に招いた神様が、設定面倒くさいという理由で同じにしたような気がするけど、俺も面倒臭いから考えないことにしている。
「一応手紙で指示を仰ぐ予定だけど、実はこの屋敷の庭師が今居ない状況でこっちも困っています。
それで相談だが、君は芝生の手入れが出来ますか?」
今生では特に弄ったことはないが、前世では何度か経験しているから恐らく平気だろう。
「芝の手入れなら何とか出来ると思います」
「そうかそれは良かった。だったら君を採用することにしましょう」
ビルさんが俺の返答を聞いて安堵の様子を見せたけど、俺も床にへたり込むぐらいほっとしている、ちょっと気を許したらションベン漏れそう。
だって奉公に行って早々教える人が死んだとか、奉公は無かったことにする予定だったとか聴かされれば俺も膀胱も流石に驚く。
流石に別れを告げたその日の内に「ただいま」は家族や近所の全員がドン引きするよね。
実際、こっちは既に親父の紹介の守衛の奉公を断っているし、親父の後は弟のクリスが引き継ぐ予定だから今更戻れない、下手すりゃ9歳でニート確定だ。
話が纏まり、採用が決まった後は事務的な話をした。
給金は通常の庭師より若干低め、だけど見習いとして考えれば倍以上の金額を頂けて、さらに仕事の結果次第では賞与が貰える。下手すれば親父の給料を超える可能性アリ。
仕事内容は基本的に芝生の手入れ、庭木の手入れは俺の仕事内容を見て追加で依頼するかもということで取り敢えず保留。
住まいは下級使用人用の集団部屋に入居することになった。
「ああ、それとですね。礼儀作法が必要だから君も学んでもらいます」
「ほへ?」
「ほへ、じゃなく「はい」と言いなさい。
貴族の庭師というのは訪問客を案内する役割もあるから、今は御館様が不在だから訪問客は来ませんが常に行儀良くお願いします。
まあ、今日君と話をした限りだとある程度の教養も有りそうですし、直ぐに覚えると思いますよ」
「はあ……」
頭ペコリだけじゃ駄目ですか?そうですか……
「はあ、じゃなく「はい」です」
「はい」
その後、ビルさんが副執事のウェンツさんを呼んでお互い挨拶を済ませると、館の案内を任されたウェンツさんに連れられて執務室を出た。
「アル君だっけ?若いのにもう奉公とか偉いね」
本当は還暦越えてるけどね~
「弟が生まれて生活も厳しかったから調度良かったです」
父ちゃん給料安いし……
「俺が九歳の頃なんて遊びまくってたのに凄いなぁ」
ウェンツさんの年齢を聞いたらまだ十八歳で、去年やっとフットマンからアンダー・バトラーになったとか、役職聞いてもよく分からん。
適当に会話をしながら、寝泊りする部屋、トイレ、食堂と風呂!の場所を教えてもらう。
そう風呂である。二度目の生を受けてまだ一度も入ったことが無い風呂を目の前に驚いて口を開けていたらウェンツさんに笑われた。
使用方法を教わると前世と違い蒸し風呂と違いはあるけどそれでもありがたい。しかも、基本は二日に一回なのが、外で働く人は毎日使えると聞いて嬉しくなった。
これから寝泊りする自分のベッドの下に荷物を置いてから再びウェンツさんの案内で庭を見ることにした。
ウェンツさんの説明を聞くと館の正面玄関は南側を向いて中央に大門の出入り口、石畳みの馬車道が庭に入って直ぐ左右に分かれて館の玄関前で再び繋がっていた。
馬車道で囲まれた中央には噴水が設置されていたが、何故か今は止まっている。
それ以外の場所は全て平らな芝生、広さで言えばサッカー競技場の半分ぐらいの広さがあった。
館の東側も芝、芝、芝、芝、全て芝。この館の持ち主は芝フェチか?
広さは正面と同じぐらいで芝生の面積で言ったらこっちの方が多い。正面の芝と合わせて一人でメンテナンスをするとこれはきつい。
気候の良い季節はそこで客人を招いてお茶を飲むらしいが、芝しかないから何となく殺風景に思えるのは俺だけか? 芝フェチの考えはよく分からん。
西側は厩や物置があってそちらはむき出しの土で此方は手入れ不要、雑草が生えたら馬番が適当に抜いて馬に食べさせているらしい。単純にゴミ処理を横着しているだけとも言う。
倉庫の中は庭の補修に使う土や、造園用の道具が置かれていた。
最後に北側を見たけど芝の代わりに植木が生えていたが手入れは全くしていなかった。
手入れをしない理由は館の北側は廊下しかないため特に景観は気にしていないらしいけど、俺から言わせて貰えば「もったいない」の一言。
植木はイロハカエデを中心に数種類の木がいい感じで成長していたし、木陰の下には岩にコケが生え茂り、日光と木陰が繰り出す陰と陽を上手く配合させることが出来るように弄れば見栄えが良くなると思う。
だけど、ウェンツさんは北側の庭を見ても特に何とも思っていない様子だった。自然を愛せない都会っ子なのだろう。
そして芝生の確認をする為に再び正面に戻る。
「広いだろ」
何故かウェンツさんが芝を見て俺に自慢げに語るけどここお前の家じゃねえから。
だけど芝の状態を近くで見た時、彼の声は一瞬で脳裏から消えた。
「……酷い」
「え?」
俺の呟きを聞いてウェンツさんが俺を見る。
「所々剥げてる、それに色も変わっている場所もあるし、雑草が茫々に生えてる、早急に対策が必要かも……」
「そうなのか?俺には全部同じに見えるけど」
ウェンツさんの言葉を聞いて心の中で溜息を吐く。
全部を見ていないからまだなんとも言えないが、まず全体的に水不足で草が丸まった状態になっている。
恐らく前任者が死んでから誰も水をあげていないのだろう、今の季節は3,4日に一度で十分だがこの状態だと直ぐに行う必要がある。
次に雑草取りだが、全く雑草が抜かれている様子が見られなかった。
前任者の爺は何をしていたんだ?芝と一緒にイネ化と思われる雑草が生えていたからこれも直ぐに抜く必要があるだろう。
だけどそれより早急に行う必要があるのが病害の処理だ、この芝は前世だとゴルフのグリーンの芝に使われていたものに似ているから恐らく西洋芝、ベントグラスと呼ばれる奴だろう。
本来なら青く茂っているはずの芝が害虫か病気の影響で所々黄色に変わっている。
これは被害が広がる前に駆除する必要があった。
「まあ良く分からないけど適当にやればいいと思うよ、どうせ来年には全取替えだからな」
「え?全取替え?」
「ああ、前任者の庭師の爺さんが言うには、この芝はもう汚いから全部取り替えるとか言ってたぜ」
「……もしかして定期的に芝を張り替えてるの?」
驚いて思わずウェンツさんの方へと顔を向けると、俺が驚いたことに逆にウェンツさんが驚いていた。
「ん?芝ってのはそういう物じゃないのか?何年かに一度は張り替えてたぜ」
いやいやいや、芝は種類にもよるけど大切に育てれば何十年も持つぞ、前任者も庭師だったのに知らないのか?
俺はウェンツさんとの会話に前世との文化の違いを感じて、明日からの作業がどうなるのか不安になっていた。
アル「芝って言っても種類がいっぱいあるじゃん、普通の家庭だったら何がお勧めなの?」
作者「住んでいる場所によるけど、高麗芝が良いかな。管理が楽だし踏み付けにも強いからね。ただ暖地型だから寒い場所だと別のが良いと思う。
だけど、確実なのは地元のホームセンターで店員さんに尋ねればその土地のお勧めの芝を薦めるんじゃないかな?」
アル「なるほどね。
それで作中に出てきたベントグラスってさ……」
作者「あれは家庭ではお勧め出来ないね、管理は大変だし踏みつけには弱いから」
アル「何でそんな面倒な芝を選んだのさ」
作者「…流れ」
アル「え?」