秋桜
桜も咲き終わって季節は過ぎ、春の害虫、駆除祭という何処かのパンメーカも吃驚なイベントもひと段落して、夏の暑さがそろそろ本気を出し始めた7月のある日。
俺が森の手入れをしていたら、何時ものように姫様が遊びに来た。
因みにピエールは今日一日休みを取っている。
なんでも、昨日7人目の弟が生まれたらしくお祝いに実家に帰った。
お前の父ちゃんハッスルだなと言ったら、子供の居る前でやるから困ると本当に困っていた。
それと姫様は、御館様が領地に帰っても何故か毎日ここに来る。
お前、一応、姫様なんだから色々と習い事とかあるんじゃねぇ?とか思っていたけど、安心してくれ、この小娘、教師同伴で森に来てテラスで授業を受けてやがる。
教師から文句を言われないのかと思ってたけど、教師の方がここを気に入っているし……もうね、下町育ちの小僧じゃ如何することも出来ねえよ。
「おお、アル元気か?」
俺を見つけて姫様が手を振った。
「姫様、こんにちは。今日もお元気そうですね」
元気過ぎるのも問題だけどな。
「うむ、毎年、夏は暑くて何もやる気が起きないのじゃが、この森に通ってからは体調もよいぞ、妾の父上も本当に来たがっていたのじゃ」
え?だからね、本当、それ止めて、脅迫だから。
「アルよ、これを見てくれ」
俺の不安を他所に、姫様の命令で後ろに居た女騎士のサリーが素焼きの植木鉢をテーブルの上に置いた。
因みにこのサリーは毎回、姫様と一緒に必ず来る。
毎日姫様の我侭に付き合って大変だなと思っていたけど、この間、森の手入れをしているときに一人で居るサリーを見つけたら、
「ここは涼しくて楽できるから最高!」
と独り言が聞こえた。お前のために作ったんじゃねえぞ、入場料を払え。
まあ、そんな事は如何でもよく、話を戻して植木鉢を見ると、深さ20cmぐらいの普通の鉢植えに土が盛られていた。
「これがどうしたの?」
尋ねると、姫様が少し悔しそうに顔を顰める。
「妾も、アルみたく園芸をやろうとして試しに花を育てようとしたのじゃが、何故か上手にいかなくて、アドバイスが欲しいのじゃ」
なんと、姫様は園芸の趣味を持ち始めたらしい。
前世の小中高の園芸部といったら、常に廃部寸前、春は部員確保が最優先のクラブなのに随分と物好きな姫様だ。
「それで何を植えるつもりなんですか?」
「檜じゃ」
「ブホッ!!」
鉢が小せえよ!それに花じゃねえ!
「全然芽が出ないのじゃ」
姫様がショボンと肩を落とす。
「何時ぐらいに植えたのですか?」
「2週間ぐらい前なのじゃ」
芽が出るまで時間が足りねえし!育てる時期も違うし!
「姫様、悪いことは言いません。いきなり檜は止めた方がいいです」
その歳で盆栽でも始める気か?
「何でじゃ、お主に育て方を聞いても無理なのか?」
「俺だって種から檜を育てたことなんてねえよ!」
おっと、最近ようやく敬語に慣れてきたのにお前のボケで、忘れたじゃねぇか。
「そうなのか?」
「そもそも木を育てるにはその植木鉢では小さすぎます」
「むぅ……じゃあ、何を育てれば良いのじゃ?」
ふむ、この時期はタイミングが悪いんだよな、もうちょっと早ければ朝顔なら何とかなりそうだったけど、7月に種を撒いたら、花が咲く前に気温が下がって枯れるし……
「今の時期だとギリギリ、コスモス……とか?」
「ふむ、どんな花じゃ?」
「春の終わりから秋の終わりまでの間に咲く花です。花はピンク、赤、白、黄色もあったかな?10cmぐらいの大輪の花を咲かせて、綺麗ですよ」
「簡単そうじゃな」
簡単なのを選んでいるんだよ。
「だけど確か、茎が伸びたら倒れやすいから支柱で支える必要があったかな」
「ふむ、素人の妾にはまずそれから始めるべきか……それに、寒くなったら家の中に入れれば良いだけじゃしの」
是非、そうしてくれ。
そして、何故か俺が一から姫様に花の育て方を教えることになった。
と言っても、前世の職業は植木職人だったから、花の育て方なんて詳しく知らないんだよな、まあ基本的なことなら知っているし、簡単に教えるか……
とりあえず、今植えている檜の種を取り出すと、あら可愛い……
「松ぼっくりじゃねぇか!!」
思わず地面に叩きつけた。
「ああ、何をするのじゃ」
「松ぼっくりをそのまま土に入れても芽なんて出ねえよ!それに檜じゃねぇ!」
初っ端からこれかよ、先が思いやられるな!!
「アル!今のは流石に失礼だぞ!」
姫様の後ろに居た男騎士のおっさんが声を荒らげたけど、園芸に対しては口を出さないで欲しい。
「姫様でも過保護にすんじゃねぇよ、これは自然について教える教育だ!口を挟まないで貰おう!」
「うっ!」
指をびしっと、おっさんに向けて指し睨みつける。俺の迫力に驚いておっさんもたたらを踏む。
「ヨハンセン良いのじゃ、無知な妾が悪いのじゃ。
今のアルは妾の教師と同じなのじゃ、だから口を挟むのは控えるのじゃ」
姫様がしゃがんで涙を流しながら松ぼっくりを拾って遠くに投げ捨てた。
捨てるのかよ、後で拾いに行くの俺じゃねぇか!
「それで如何するのじゃ?」
「コスモスの種を買いに行きましょう」
「だったら買いに行かせるのじゃ、サリー花屋まで行ってコスモスの種を買ってくるのじゃ」
サリーが「はっ」と言ってから買出しに出かけたけど、何となくこの炎天下で買いに行くのが嫌だと言うのが顔に滲み出ていた気がする。
さてまずは植木鉢だけど、素焼きの普通の植木鉢で、土が山盛りになっていた。
この土の量は多過ぎる、これだと水を入れたら直ぐに水と一緒に土が溢れて養分と一緒に流れ落ちる。
それと水はけはどうだろう……底を見れば、排水用の穴が開いているから問題無いけど、植木鉢に全部土を入れてるのか?これだと水はけが悪くなって根腐りするかも……
まず姫様をその場に待たせて、西の倉庫に向かう。
ここには、馬から出る糞とギルバードさんに頼んで取ってきてもらった土を混ぜ合わせて、黒い布を被せて太陽の下で一週間寝かせた俺オリジナルの配合土を作って置いているから少しだけ取り出す。
黒い布を被せて炎天下で寝かせたのは土壌消毒、特に夏場は土の中にある草木の病気の細菌が繁殖しやすいからこうして土ごと消毒するのが一番手取りはやい。
だけどこれは夏の間だけ、夏以外だとこの方法では温度が上がらずに殺菌が出来ないから、フライパンで乾煎りして殺菌しないと駄目だと思う。
まあぶっちゃけ言うとホームセンターで土を買え。
配合土と砂とスコップを取り出して森に戻った。
森に戻ってからはその辺に落ちていた細い枝を拾い、糸を使って網目に重ね織った。
「何をしておるのじゃ?」
「この植木鉢底に穴が開いてるでしょ、その穴を塞ぐんだ」
「土を入れればそんなに漏れないぞ?」
「下に石を詰めるからね、ぼこって落ちる場合があるんだ」
「石を詰めるのか?そんなやり方聞いたこと無いぞ」
本当、この世界、園芸の知識が全くねえな。
「コスモスという花は乾燥に強い花だけど、逆に言ってしまえば湿気に弱い花なんだ、だから底に水はけが良い小石を詰めて、その上に砂を少し混ぜた土を入れると根腐りせずに成長させられるのさ」
本当は軽石だけど、ここに無いから、石で代用。
ああ、本当にホームセンターが欲しい「異世界転生ホームセンター」もありじゃね?
「成る程のう」
姫様が俺の言葉に納得して、何度も頷く。
「それは人間も同じだけどね」
「む?どういう意味じゃ?」
「人間にも適材適所ってのがあるってことさ、例えば後ろのおっさん」
「おっさん言うな」
おっさん呼ばわりしておっさんが怒ったけど、如何見てもおっさんだ。
サリーは一体何処を気に入ったのだろう。
「じゃあ、おっちゃん」
「ぐは!俺はまだ20代だ」
…………
「哀れむ様な目で俺を見るな!」
おっちゃんは精神ポイントを全て消費した。
「話は戻るけど、おっちゃんが文官に仕事を変えたら、役に立つかというと違うでしょ。
あの筋肉は力仕事のために使われるのであって脳まで筋肉な人が文官になれるかというと成れない、それと同じだね」
「成る程のう」
姫様が納得して頷いているが、逆におっちゃんは不満顔だ。
「……お前さり気無く失礼な事を言ってないか?」
「気に障ったか?がんばれ」
「そこは謝れ」
「ハァハァ……お待たせしました!」
こちらの準備が出来てのんびりしていたら、買出しに行ったサリーが汗だくな状態で帰ってきた。
臭いから脱げ、是非とも脱げ。俺まだ10歳、銭湯だって年齢偽ればギリ女湯OK…だよね。だから全部脱げ、あ、旦那が居るから無理か、おっちゃん今すぐ死ね。
汗臭い女が小さい袋を姫様に渡して、姫様が中身を覗いた。
「ご苦労じゃったな、休んでいても良いぞ」
「いえ、大丈夫です」
仕事熱心だなぁ、サリーが再び姫様の護衛に就いた。
「それじゃ始めるとしようかのう」
「了解、じゃあ鉢の土を捨てて」
どばばばばば
この場で捨てるなよ、テラスが汚れるじゃねぇか……
まず、鉢植えの底に先ほど作った枝の網を敷く。
「次に川から少し小さめの石を探そうか」
「分かったのじゃ」
「あ、ビクトリア様、私がやります」
姫様が席を立つと直ぐにサリーが止めようとする。
「サリー良いのじゃ、これは妾の趣味じゃ、邪魔するでない」
「ですが!」
「はい、ストップ」
二人が言い争う前に止める。
「流石にその服で川に入るのは二人の立場からしたら悪いし、俺が川から石を拾い集めるから姫様はそれを鉢に入れていって」
「……ふむ、それで良いのじゃ、アル頼むのじゃ」
「ほいほい」
川から適当に石を拾い、丁寧に苔を水で落としてから姫様に渡す。
「これ位か?」
姫様が見せた鉢の中を見ると底から2,3cmほど小石が敷き詰められていた。
「これぐらいだね」
川から上がって、次に配合土と砂を姫様の前に置く。
「次はこの土と砂をスコップで混ぜて」
「土だけじゃ駄目なのか?」
「土だけでも良いけど、砂を混ぜると水はけが良くなるんだ」
「成る程のう」
姫様がスコップを使って土と砂を混ぜ始める、混ぜている間、姫様は鼻歌を歌って楽しそうだった。
「これでどうじゃ?」
「良い感じだと思うよ、次にそれを植木鉢に入れて、量は上から5cmぐらいの深さまでね」
「分かったのじゃ」
混ぜた土を鉢に入れていく。
「出来たのじゃ」
「そうしたら、植木鉢を軽くトントンと地面に叩いて。あ、土が固くなって水はけが悪くなるからスコップで押すのは駄目ね」
「成る程なのじゃ」
姫様が植木鉢の端を持って地面にトントンと叩いて土を詰めた。
「良い感じだね、じゃあ次に指で土に穴を開けてからコスモスの種を入れてから土を被せるんだ」
「…………出来たのじゃ」
「最後に水をギリギリまで注げば完成だ」
「分かったのじゃ。サリー、ジョウロじゃ」
姫様の命令でサリーがジョウロを出す。
…………何処から出した?そして何時の間にマイジョウロを手に入れた?
俺の疑問を他所に、姫様が川から水を汲んで植木鉢に水を注いだ。
「ふんふんふん♪」
まあ、楽しそうだから良いか……
植木鉢の水はギリギリまで注いだ後、水はけが良かったのか直ぐに土に浸み込んだ。
「これで一週間もしたら芽が出るよ」
「やったのじゃ。アルありがとうなのじゃ」
姫様が万歳をして喜んでいるのを見て俺は、自分にロリコン属性が無かった事を心から安堵した。
「今回は急な依頼だったからコスモスにしたけど、次にやる時は春を過ぎた辺りにしてね。
そうしたら朝顔や向日葵が植えられるから」
「ひまわり!!」
向日葵と聞いて姫様が嬉しそうに笑う。
「妾はひまわりが好きなのじゃ!今度は春にまた来るのじゃ」
…………授業料よこせ
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
9月の終りのある日
「アル、アル!花が咲いたのじゃ」
「花?ああ、7月に植えたコスモスね、おめでとう」
「父上や母上、それと兄上にも見せたら喜んだのじゃ、アルも見るのじゃ。サリー花を出すのじゃ」
「はい」
背後に居たサリーが俺に大輪の咲いた植木鉢を目の前に差し出す。
「…………凄いね、こんな見事に咲くとは思わなかったよ」
菊が…………
「じゃろ、これもアルのおかげなのじゃ、ありがとうなのじゃ」
「…………」
何で菊が咲いてるの?季節も育成期間も違うよ?
俺の困惑を他所に、姫様は菊を見て嬉しそうだった。
とまあ、おまけの一話です。
こんな感じでアル君はのんびりと成長していきます、中身おっさんだけど。
他の作品を読みたい人はカクヨムに来てください。