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黄金の大木と紅の世界

「王都に行くのが本当に嫌そうですね」

「お前は嬉しそうだな」


 私が訪ねると、ジークが苦虫を噛むような顔を隠さずに私に見せました。

 彼の名前はジークフリード・アットランド。私の住むエルフの森との国境に領地を持つ少年、いいえ、もう既に彼は立派な初老になってしまいましたね。


 彼がまだ子供の頃、私達の森の中で迷子になった時、たまたま出会ってからの付き合いだから、もう50年以上になります。

 悠久の年月を生きる私達エルフにとって人間との出会いは一瞬で、その別れは永遠になります。

 だからあまり人間とは関わりたくは無かったのですが、彼を助ける間に可笑しな友情が芽生えて、今日まで友人として付き合っていました。


「子供の頃からジークは森の中で過ごすのが好きでしたからね」

「ジークと言うのはもう止めてくれ、儂にはジークフリード・アットランドという名前がある」


 私がそう言うと、彼はプイッと横を向いて不貞腐れますが、その様子は出会った頃と変わらず、嬉しくなります。


「ふふふっ、ジークは何時になってもジークですよ」

「ふっ……シェリルも同じだろ」


 諦めたのか、ジークが溜息を吐いてから私のあだ名を言いました。


 そう、私の名前はスターライト・ナイル・ミスト・コーニアス・シェリル。エルフの中でもハイエルフ、この世界を永久に見守る観察者です。




「それにしても森か……」


 馬車に揺られていると、ジークが独り言を呟きました。恐らく前にも聞いた話を再び思い出したのでしょう。


 彼が言うには、王都に居る使用人からの手紙にジークが居ない間に庭に森を作った結果、今回の会談場所に決まったという話です。

 それを見てジークが、


「あの男は毎回、毎回、結果だけしか報告しないから駄目なんだ!訳がわからん!」


 と頭を抱えていたのが面白かったので良く覚えています。


「あら?ご自分の使用人を信じてないのですか?私はどんな森なのか楽しみにしていますよ」

「そうだと良いのだがな。

 お前に、いや、エルフにとっては街なんて汚らしいだけだろう、その中に森があると言ってもたかが知れている。あまり期待しない方がいいぞ」

「うふふ、そう聞くとますます楽しみです」

「好奇心旺盛なところは相変わらずだな」


 私が笑うと、ジークも両肩を竦めて鼻で笑いました。




「何!?」


 あの会話の後、一時間ほど馬車に揺られて王都に入ると、窓の外を嫌そうに見ていたジークが突然驚きの声を上げました。


「町並みが……汚れ……てないだと?」

「如何しましたジーク?」


 私が訪ねると彼が驚きの顔をしたまま、理由を教えてくれました。


「いや、毎回王都に入るとだな、汚い町並みと汚物の臭い匂いを嗅ぐだけで帰りたくなるんだが、

 それが全く無い、全部消え失せている……」

「そうですね、私もここへは昔に来たことがありますが、この様に町並みが白く見えたのは私も初めてです」

「確か一年前だ、下町に居る面白い小僧が町を綺麗にしたと聞いて王に進言したが、まさか、本当に綺麗になるとは……

 儂はただ汚いから綺麗にしろと言っただけなんだがな……」

「面白い話ですね」

「ああ……あ!…そうだ!面白い話と言ったら思い出したぞ!」


 ジークが私の言った面白いという言葉で何かを思い出したのか、合いの手を撃ちました。


「如何しました?」

「確か館の庭師がもう引退するとかで弟子が欲しいと言ってたから、その下町の面白そうな小僧を褒美で庭師として召し抱えたんだった」

「ふふ、ジークの気まぐれが再発したのですね」

「まあな、それで、その後のビルからの手紙に庭師が突然死んで、その後釜に小僧が庭師として働いているけど如何するか確認が来たから、どうせあの芝生は来年には交換するし小僧は自由に遊ばせとけと放置したんだ……ん?いや、待てよ……

 だとしたらビルの報告に書いてあった森は少年が作ったのか?」


 一人語った後、動きが止まったジークを見て首を傾げると、彼も同じように首を傾げました。


「儂の館には汚い芝生しか無かったはずだ、それにこの間受けた報告では儂の庭に出来た森にビクトリア姫が毎日のように遊びに来ていると書いてあった。

 ……一体儂が居ない間に何が起こっているのだ?」


 頭を掻き毟りジークが叫んでいましたが、私には彼の言っている意味が理解できませんでした。

 



 ジークが混乱している間に馬車がジークの館に到着しました。

 外を見ると白い館の前に美しい緑の芝生が秋の終わりなのに緑色に輝かせ、それが館の白い壁との色彩から生き生きとした感じが致します。


「綺麗な庭ですね」

「綺麗だと?」 


 私の言葉でジークが馬車の窓から庭を見ると……


「な、なんじゃこれは……!!」


 外を見た瞬間、彼は仰天して目を見開きました。


「前見たときは、ボロボロであちこちが剥げかかってたぞ!

 それにこんな一種類しか草のない芝なんぞ初めて見るわ!」


 彼が驚き、口を開きっぱなしの顔を見ただけで、思わず心の中で笑ってしまいます。

 それにしても見ているだけで美しい芝だと思います。


「私は芝生に対してはあまり意識をしたことは無いですけど、この芝生は恐らく物凄い手間が掛っていますね」


 私の言葉にジークも頷きました。


「毎日に水やりは当たり前として、それ以外にも雑草抜き、害虫の駆除、芝刈り、手間を考えると物凄い労力が必要です、しかもこの面積だから大変でしょう。

 だけどその苦労を掛けた結果がこの緑鮮やかな芝生へと変化させています、一度その庭師に会いたいですね」

「わはははは、実に面白い」

「突然笑い出して如何したのですか?」


 私が尋ねても、彼はずっと笑いっぱなしでした。


 正面玄関にたどり着き、馬車から降りると確か前にも一度だけ見たジークの使用人が私とジークを出迎えてくれました。


「ビル、少し痩せたんじゃないか?」

「いえ、何とも御座いません、お心使いありがとう御座います」


 隣のジークが尋ねていましたが、彼は大丈夫と言って深くお辞儀をしました。

 その後、既に人間側の外交官が東の庭で待っていると聞いて、私と他の馬車に乗っていた私の配下のエルフ達と共に向かいました。

 そして、館の中を経由して、東の庭に出ると、


「美しい……」


 目の前の輝く森に思わず呟きの声が上がりました。




 この森を見たとき、私は宝石を見ている気がしました。

 これだけ木が生えていればどの様な森でも鬱蒼と茂るはずなのに、今私の目の前に広がっている森は何故か太陽の光に照らされて森全体が美しく光輝いています。


 常緑の木なのでしょうか?今は秋なのにこの森だけは緑に覆われて森を若々しく見せ足元の緑の芝生と溶け合っています。

 そして緑に囲まれた中、中央に一本だけ植えられているイチョウの大木だけが黄葉を鮮やかに照らしていました。


 不思議です、一体どの様な魔法を使ったのでしょう。


 一度だけ若い頃に人間が作った自然公園という場所へ行った事がありますが、あれは酷いものでした。

 自然と名を語りながら、中はただ草木を植えて人間が作った噴水が露骨に主張をして、私達エルフから見れば、人間の自然に対する感性を疑う程でしたが、この森は同じ人間が作ったとは思えぬほど自然に満ち溢れています。


 確かに私達エルフは深い森の中に住んでいます。自然豊かな森は様々な草木が育ち原生林として何千年、何万年の月日によって作られた森です。

 それと比べてこの森は私の暮らす森とは違い、全ての木々がお互いの邪魔をせず植えられてのびのびと成長しています、天然の森では考えられない情景です。


 そう、天然では無いのですが、この森は自然なのです。それが私にはとても美しく見えたのです。

 それに……


「ジーク、ここは私の森と貴方の領地の国境に似ていると思いませんか?」


 私が隣のジークに訪ねると、口をあんぐりと開きっぱなしで、ぼけーっと森を見ていたジークが意識を取り戻しました。


「う、うむ、確かにな……」

「あの森が私達の住む森で、芝生が貴方の領地の草原、そして今はありませんが、森へと続く一本の道。

 いつかエルフと人間が国境を越えて仲良くなるような未来を描いている気がします」

「……そうなると良いのだがな」

「ええ、今は無理ですが、我、エルフの長老にも一度この場所を見せてみたいと思います」


「そろそろお時間が……」


 私とジークが森を見て感動していると、先に立つジークの使用人のビルが私達を促しました。

 確かに、既にこの国の外交官が森の中で待っていると聞いています。だけど今、私の心は条約よりも早くこの森の中の様子を見たいという好奇心のほうが増していました。




 芝生の間の砂利道を進むと、ふと何かに気が付きます。

 首を傾げて森を見ていると、成る程と、この森と砂利道を作った製作者はとても頭脳の高い人物だと分かりました。


「どうした?」


 隣のジークが足を止めた私を振り返り尋ねて来ます。


「この砂利道は作成者の意図が隠されていますね」

「どういう意味だ?」

「恐らく目の前の森は全ての場所から美しく見せる設計をしていないのだと思います」

「何?」

「ええ、だから砂利道を使って私達を見せたい場所へ誘導するのと同時に無意識に見せたくない場所へ行かないようにしているのです」

「何と!!」


 私が説明すると、ジークが砂利道を外れて色々な角度から森を見ていましたが、やがて納得した顔で戻ってきました。


「確かにシェリルの言う通りだった……この砂利道からの眺めが一番良かった」

「ふふふ、早く森の中へ入りましょう、この森の作者の思惑に興味がわいてきました」

「ああ、儂も楽しみだ」


 気が付けばいつの間にか、王都に入る前の嫌そうな顔をしていたジークの表情が、子供だった頃に見た好奇心溢れる顔に変っていました。




 森の中の様子は私の想像を遥かに超えていました。


 全ての木は病気どころか害虫にすら侵されてなく、全ての葉が太陽の光を浴びて健康的でした。

 足元を見れば地面の苔が、この森がただ草木を植えているのではなく自然を映し出しているものだと感じられます。


 美しい場所、私の配下の皆も同じ気持ちだったのでしょう。この森の中に入った途端、まるで宝物を見るような目で森の自然を楽しんでいました。

 そしてジークは自分の家の庭の変化に驚いていて、


「何で本当に森が出来ている?儂は夢を見ているのか?」


 と色々と騒いでいますが、少し喧しいです。


「苔を使っているのか」


 部下の一人がこの森の仕組みに気が付いたのか呟きました。


「その様ですね、この苔が森を作っている……違いますね、苔のためにこの森を作ったのでしょう」

「は?何じゃと?」


 私が答えると、部下の代わりに隣のジークが驚きました。


「ふふふ、驚くのも無理はありません。私だって驚いているのですから、

 この森は一本のイチョウの木以外が全て常緑樹です、おそらく冬でも葉で影を作り苔を育成するためでしょう。


 それだけでも素晴らしいですが、それ以外にも素晴らしい技法が所々に使われます。

 例えばあの木、所々枝を切った跡があるでしょ、恐らくこの木が一番成長しやすくする為に切ったと思います。


 これはエルフには無い素晴らしい技術ですね、できればこの森を作った人物にお会いして教えを乞いたい程です」



 そして、森の中央まで行くと目の前に大きく黄葉を募らせる一本のイチョウの木に心を奪われました。

 そのイチョウは全ての葉が黄色染まり黄金に輝いていました。そして、散り逝く葉が傍を流れる川に落ちて緩やかに流れていきます。


 何という風情なのでしょう


 マナの影響で一年中枯れることの無い、緑の森に囲まれたエルフの里では見ることが出来ないその黄葉を見るだけで、私はここに来た甲斐があると思いました。


「シェリル、泣いているのか?」


 隣のジークの労わる声に気が付きました。私はこの黄葉を見て、散り行く命の儚さが見せる美しさとその自然が生み出す黄金に感動して泣いていたのです。


「こんな、こんな、素晴らしい光景を見せられて泣かないエルフは居ません!」


 これが短い命の人間と長寿のエルフの違いなのかもしれません。

 私を含めたエルフの全員が泣いているのをジークは困惑の表情のままその様子を見ていました。


 その後、条約は無事に結ぶことが出来ました。

 一度だけ交渉が難航した箇所もありましたが、そのときイチョウから舞い降りた黄色い葉がテーブルの上に落ち、それを見た全員が心を落ち着かせることが出来た結果、上手く纏まりました。


 だけど事前に決められた以外に私がこの森に使われている技術の提供を願い出したとき、相手の外交官を困惑させてしまったのはこちらの落ち度かもしれません。


 結局、技術者の派遣は拒否されて、技術に関しては当人に確認後ということになりました。


 予定通り会談は終わり、その後、エルフと人間の交流を祝う祝賀会が開催される事が決められています。

 私としては一晩中でもこの大イチョウを見ていたいのですが、泣く泣くこの森を後にしました。




 森から館に戻り、サロンへと向かう廊下をジークやこの国の外交官の人たちと談話をしながら歩いている最中、何気なく窓の外を見た瞬間、私達全員の時が止まりました。


 ゴクリ……


 誰かが喉を鳴らしました。


 バサリ


 誰かが書類を落としたのでしょう。


 今この場に居る全員が何も言えず、目も離せず、身動きすら出来ません。


 そして、私もその内の一人でした。


 窓の外にはカエデやモミジの葉が狂うが如く紅に染め、その落葉は地面に落ちて、緑と赤の大地を色彩豊かに作っていました。

 時折、赤く染まった葉がひらりと舞いながら落ちる時以外は、時間が停止したともいえる静寂と悠久の孤独に近い世界を感じます。


 私はその紅葉が見せる激情の紅と落葉の侘しさ、寂しさが入り混じる狂った真紅の景観にただ、ただ、魅了されるしかありませんでした。


「……何だこれは……こんな……こんな感情は……私は知らな……い…」


 私の部下一人が震えた声で呟きます。

 その隣の部下は感情に耐え切れず床に泣き伏していました。


 そして私も流れる涙を抑えることが出来ません。


「……如何いうことだ、ここの庭はこんなに広くなかったはずだぞ」


 何分?何時間?どの位時間が過ぎたのか分かりませんが、喘ぐ様なジークの呟きで意識が戻り、そして直ぐに、この庭を造園した庭師の技法が分かりました。


 私達の居る場所は廊下で北側のため、暗くなっています。

 そして庭を見ると、手前側は明るい日差しが葉を透き通るように地面を明るくして、奥の方は逆に薄暗くなっています。

 その結果、私達の居る場所から見ると、手前の光で奥が通常よりも薄暗く見えるように感じられるのでしょう。


 そして、手前に高い木を、奥に低い木を置くことでこの場所から見ると庭を更に奥深く見せる技法が使われていると考えられます。


 その二つが合わさった結果、この庭がただの庭では無くなり、深い森の中にある紅葉を見ている気分にさせていました。


 これはもはやただの庭ではありません、恐ろしいほど見た者を狂わせる芸術品です。


 物凄い技術と計算から生み出された庭は、生命が作り出す絵画としか思えません。

 人間には分からないかもしれませんが、自然を愛するエルフから見たらこの庭も先ほどの森もこの世のどの宝石にも勝る素晴らしい芸術作品です。




「ジーク!」

「如何した?」


 突然私が呼んだ事にジークが驚いていましたが、そんな事、今は関係ありません。


「やっぱり、今直ぐ庭師を紹介して!」

「しかし……」


 ジークが傍に居た人間の外交官をチラリと見て拒否しますが、彼らにはこの庭の価値が分かっていないのです。


「別に技術が欲しいという訳じゃないの。彼の考えを聞きたいだけなの!」

「考えとは?」


 ジークの代わりに後ろの外交官が尋ねます。


「彼の自然に対する考えよ。もしかしてエルフが求めている真理があるのかも知れないの!」


 必死の説得の甲斐があって、私はジークや外交官が同席するという制限はありましたが、庭師と面会出来る事になりました。


アル「今回、御館様からの視点じゃなかったな、思いっきり読者を裏切った今のお気持ちをどうぞ」


作者「いや、それは申し訳ないとしか言えないんだけどね。

 それに始めは御館様の視点から書いてたんだけどさ……」


アル「何か問題でもあったの?」


作者「この爺さん、横から見ている方が面白いんだよね。

 吃驚したり、口あんぐり開けっ放しにしたり、呆然と見ていたり、

 それを表現するには第三者からの視線が一番良いかなと思って……」


アル「確かにそれは言えるかもね」


作者「それに今回はエルフが来ると言うことで紅葉ネタをした訳だから、

 やっぱりエルフからの視点が良かったのかなと思うし」


アル「理由は解ったけど、一応、あやまっとけ」


作者「ごめんなさい、それと次回は本編最終回です」

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