大銀杏
「この庭もアルらしく自然な感じがするけど、妾はやっぱり森の方が好きじゃのう」
暇な姫様が北に遊びに来て、緑に覆われた北側の庭を見ながら感想を述べる。
なんか普通に遊びに来てるけど、良いのか?
姫様が来るたびにビルさんの顔色が悪くなってきてるけど、ガン無視ですか?そうですか、はい。
「まだ夏だし剪定もして無いからね」
「お主の剪定は分かるが、夏というのはどういう事じゃ?」
俺の返答に姫様が首を傾げる。
「この北側の庭は秋が一番見ごろになるんだ、もちろん他の季節でも緑が綺麗だけどね。秋になると目の前の木が一斉に赤く染まって綺麗になるのさ」
「ほうほう、それは楽しみじゃのう」
「師匠!ギルバードさんが来ましたよ」
俺と姫様が会話をしていたらピエールが後ろから走ってきた。
「吃驚するほど凄く大きいイチョウです」
「やっと来たか、今すぐ向かうよ」
「ほう、妾も行くのじゃ」
ピエールの先導で俺と姫様、それと姫様の後ろに二人居る金魚の糞を引き連れて東の森まで行くと、ギルバードさんとその仲間達が全長15m以上は有ろうかと思われる大きなイチョウを台車に積んで運んできていた。
館からも何事かと出てきた使用人達が、大イチョウの大きさに目を見張り、口を開けて驚いている。
これで秋は銀杏祭りだ、うひょひょーい!
「おお、アル!やっと見つけたぞ!」
「すげー!想像していたよりもでかいなー」
「凄いのじゃ!こんな大きい大木は王都では見たことないのじゃ!」
イチョウを近くで見れば、俺と姫様が上を見上げると首が疲れるほど大きなイチョウが縦にも横にも見事な枝葉をつけて、俺達を見下ろしていた。
この大木はイロハカエデの採取を依頼したときに黄葉の話もしたら、ギルバードさんが王都近くの森の奥地で大木を見たことがあると聞いて、持って来いや!と依頼していた。
ギルバードさんは物凄く手間がかかるから嫌がっていたけど、拝み倒して何とか了解を得られた。
そしてその見積もり書を持ってビルさんにそっと渡すと、あまりの金額にひっくり返って二、三日寝込んでいたけど、金に糸目をつけないと言い出したのはビルさんだし、今更手遅れなのである。
「いやー苦労したぜ、本格的に探して見つけるのに丸5日。掘り出すのに土の魔法使いが居ても一週間、それに運び出すのも一苦労、その間モンスターは襲ってくるし、食料は尽きかけて腹は減るし、マジで感謝しろよ」
「こんなに大きくて根っこは無事?」
肉が何か色々と苦労を語っているけど、そんな事は如何でも良い話で、気になるのはこんなに大きな大木を持ち運びして根っこが痛んでいたら意味が無い。
特にイチョウなんて根が深く広がるからこんな大木の移植なんて普通は出来ない。
頼んどいてあれだけど、どうやって運んだ?街の門はどうやって潜った?
全部魔法か?便利だな、オイ!
前世の時だって大木の移植は掘り出しただけで根が傷むから、どうしてもという必要な時だけしか絶対にしない。
例えば御神木の移植とか、御神木の移植とか、御神木の移植とか……ああ、あの時の神主さん、マジ御免なさい。
あれ?もしかしてそのときの神様が祟ったからこの世界に来たのか?
まあいいや、もう済んだ事だし。
話はこの世界に戻って、どうやらこの世界は魔法で根っこを傷つけずに移植出来るらしい。
それを聞いて、ご都合主義って便利だなと実感した。
「お前なぁ……安心しろよ、その為に土魔法が使える奴を雇ったんだぜ。
根っこは傷一つ付けてねえよ」
「ほへー、土魔法って便利なんだなぁ、その魔法って俺も使えるのか?」
「無理じゃねえか?魔法使いって奴は5歳前に前兆があるらしいけど、お前あったか?」
5歳前だと赤痢ぐらいしか記憶に無いな……ハッ!俺の魔法は糞を使う魔法なのか?
名付けて、肥やし魔法!これぞ正に新ジャンル。
俺のうんこは草木を育てる!
……ないない、それは無い
「無いな」
「じゃあ無理だ、諦めろ」
残念、だけどまあいいや、俺には召還した弟子が居るし魔法が無くても不便じゃない。
「それでこいつは何処に植えるつもりだ?」
「森のテラスの近くだね」
「やったのじゃー」
それを聞いてテラスマニアの姫様が思いっきり喜ぶ。
「じゃあ運んで貰って良い?」
「安心しろよ、お前らだけで移植が出来るなんて考えてねえから、きちんと最後まで付き合ってやるよ。追加料金は貰うけどな」
金取るんかい!全部で一体幾らになるか分からないけど、またビルさんが倒れそう。
10人近い仲間をつれてギルバードさんがイチョウを森に運ぶ。
どうやって移植するのか様子を見ていると、まず年配の冒険者が魔法を唱えて地面に穴を開けた。
消えた土は何処に行った?
次に荒縄をイチョウの幹に縛り付けてから倒れないように周辺に支柱を作り固定させた。
そしてギルバードさん達だけじゃなく、館の手があいている使用人も参加して全員が縄をひっぱり、少しずつイチョウを穴へ移動させる。
5時間近くかけて何とか穴に入れることが出来たら、最後に年配の冒険者が土魔法で穴を塞いだ後、イチョウの前に立ち両手を上げて集中し始めた。
何の儀式だ?お前は何処かの陰陽師か?
冒険者が両手をイチョウに向けて放つと、手から光が伸びてイチョウ全体が光る。
『おおおっ』
その場に居た全員がその様子に驚きの声を上げた。
「あれは大地の力をあの木に注いで、移動で弱った力を取り戻しているんだ」
隣に居たギルバードさんが教えてくれたけど、ここまでの技術があったらこの世界も、もう少しガーデニングの文化力を上げてくれと思う。
いや、この力があるからガーデニング技術が発達しなかったのかも知れないな。
「いやー凄いですね」
横に居たピエールが疲れた顔で一息ついていたけど、俺達の作業はこれからだ。
「ピエール、休むのはまだ早いよ。このイチョウは魔法で回復したとしても弱っている状態だから、水を与える必要がある。至急ジョウロを持ってきて」
「それじゃあ今すぐ持ってきます」
駆け足でピエールが倉庫に向かった。
「アル、質問じゃ」
「どうしたの?」
「以前、アルは剪定をするとき夏は日陰になるように、冬は日向になるように剪定すると聞いたのじゃが、こんな大きな木を剪定するのか?」
「剪定はしません」
「しないのか?」
答えに姫様が驚く。
「何故なら、イチョウは落葉樹だから冬を迎える前に勝手に葉っぱが落ちます。見栄えを良くする「武者立ち」もやれる時期が違うので今回はこのままにするつもりです」
「なるほど、考えとるのう……」
俺はピエールが水撒きをしている間に森から出て、空を見ながら物思いに耽っていた。
サボっているとも言う。
この館に来たときから薄々気が付いていたが、前世の植物に似た全ての草木はやはり前世の植物とは異なっていると思う。
例えば今足元にある芝はベントグラスという西洋芝に似ている。
その特徴は寒さには強いが暑さには弱い。
しかし初めてここに来たとき、碌な管理もしていないのに数年間、夏の暑さに耐えていた事から、この芝はベントグラスに似ているが、実際は違うのだと気が付いた。
森に植えた草木も同様だ、特徴は前世と同じだけど、全ての草木がこの世界の環境に対応している。
そう、自然とは人間が思う以上に強い生命なのだ。
生き物、昆虫、人間が生きるためには自然の力が必要になる、だったらその自然の草木は動物よりも強く環境に適合しなければいけない筈、この世界に来て改めて自然の驚異を知ることが出来た。
「ふっ……いい歳こいて厨二病か……俺も若くなったものだ……あれ?」
何か微妙にセリフが一般と違う気がしたけど気のせいかな?
首を傾げてどこが違うか考えている間にイチョウの水撒きが終ったらしい、森から姫様とピエールが現れて俺に向かって手を振っていた。
今回も長いです、ガン無視してください
アル「前回の続き~」
作者「最初に問題。
前回の色彩理論を考えて庭に植木鉢を置くとして何色がいいと思いますか?」
アル「えっと、補色色彩配色で考えると赤かな?」
作者「ブー」
ガン!
アル「痛い、タライが落ちてきた!」
作者「陰と陽の関係を忘れているね。
緑が陰で赤が陽だから、もしそれで花を植えたら、植木鉢が目立って上の植物が見えなくなります。
それに真っ赤な植木鉢なんてめったに売ってないし」
アル「でも素焼きの茶色とかよく売ってるじゃん!」
作者「あれは土の擬態色だから今回はパス」
アル「だったら何色が良いの?」
作者「正解は白か黒になります」
アル「その理由は?」
作者「ガーデニングとは緑の色彩心理学を使ってリラックスさせる目的が含まれているから、
緑以外の色を混ぜるのは実は間違っているんだ。
だから同色系相配色で色の明るさを調節する意味で白か黒を使うのが普通になる」
アル「成る程……」
作者「緑というのは何度も出ているようにリラックスの効果があるんだけど、
実は面白い色でね、
緑が明るくなると、爽やかなリラックス効果が出るんだ。
例えば青空が広がる草原を見ると爽やかな気分になる気持ちと同じだね。
だから公園で芝生の上にあるベンチに白が多いのはそれが理由。
つまり、メルヘンな庭を造りたかったら、植木鉢や、下の台を白で統一すると、爽やか系リラックス効果が上がるという寸法だ。
次に、緑が暗くなると、落ち着いたリラックス効果が出ることになる。
これも例えると、森の中で森林浴をしている静かな気分にさせる気持ちと一緒。
だから日本の庭園や盆栽の鉢は黒を中心とした庭作りになるんだ。
そしてそれは茶道とも関係している」
アル「茶道が何で出てくるの?」
作者「茶道とは、心を落ち着かせるのが目的で、茶道と言ったら茶室。
そして茶室から見える庭園は爽やかな色よりも深みのある濃い色にして見る人の心を落ち着かせる設計にする。
だから日本庭園に松が多いのも葉の色が濃いという理由で置いてある」
アル「今の話で緑に他の色を混ぜるのは良くないのは分かったけど、だったら花はどうなるの?色が付いているじゃん?」
作者「花こそフラワーガーデニングが緑の魔法と言われる所以だね。
緑のリラックス効果が最大限に生かされた状態で花が開くとその色彩効果も最大限の能力を発揮するんだ」
アル「どういうこと?」
作者「例えば赤の場合、情熱の意味があるけど、
逆に言ってしまえばそれは怒りなどの負の面も持ち合わせている意味もある。
だけど、リラックス効果がある緑が広がった場所で赤を入れると、その負の感情が消えるんだ。
黄色も同じ、負の面として、軽薄があるけど緑を入れることでその軽薄が消える。
そして青い花、これは冷静だけど、緑の効果で負の冷酷が消えて、清らかさが残るんだ」
アル「成る程ね」
作者「だからフラワーガーデニングを作る場合、まずどんな庭を造りたいかをイメージする。
そしてそれを色彩心理学と色彩理論で考える。
例えば、
清らかな庭にしたい場合は、植木鉢を白、花は青や白にする。
可愛い感じにしたいなら、植木鉢を白、花はピンク、黄色や赤を混ぜる。
情熱的な庭にするなら植木鉢は黒、そして花は薔薇など真っ赤な花にする。
落ち着いた感じにするなら、植木鉢を黒、花は青、または観葉植物だけにする。
緑のリラックスと花の色で人の感情をコントロールする。これがフラワーガーデニングの魔法の正体なんだ。
だけど実際は、全部の花が咲く季節が同じとは限らないし、作る場所の土地や気温も関係して育たない場合もあるから、
自分の理想としたガーデニングの設計は物凄い経験と時間が必要だね」
アル「やっべ!フラワーガーデニングマジやっべ!……ん?
もしかして、前に後書きで言ってたフラワーガーデニングネタを後書きでやった?」
作者「ドキッ」