暴走少女ビクトリア
王子と姫が帰った後、二人から庭を絶賛されたのにビルさんから礼儀作法がなってないと説教を受けた。
そこは、来訪者を満足させた庭を造った俺を褒めるべきじゃないかと思ったけど、ビルさんの口からは一言もそんなセリフは出なかった。
だけどそれは些細な事で、その日の晩、俺のケツが倍に腫れた方が問題だった。
翌日、ケツを庇いながら仕事をしていると、前触れも無く再び姫様が遊びに来た。
確かにまた来るとは言ってたけど、普通、翌日に来るか?常識を考えろ。そして俺のケツを考えろ、今日も蹴られたら確実に俺は死ぬ。
当然、館の使用人達は大パニックになったけど、姫様は気にするなと一言言ってから森のテラスの中へと入っていった。
どうやらあの場所が気に入ったらしい、少し覗いたら椅子に腰掛けて我が家のように寛いでいた。
気にするなとは言われたけれど、この館の使用人達からすれば無理な話で、ビルさんが対応に向かったところ、邪魔だと言われて追い返された。
だけど、姫様は従者の他に一人のメイドを連れてきて、時々館までお茶用のお湯を借りていく、図々しいけどそれが身分の高い人間の特権だから仕方が無い。
問題は俺だと思う。
芝生は何時もと変らない、近くに姫様が居ないから普通に仕事が出来る。
だけど森に関しては、剪定するにも、苔に水を撒くのも近くに姫様がいるから下手な真似は出来ない、もし粗相をしたら俺のケツにビルさんのフリーキックが炸裂する。
フリーキッカーのビルさんは怖いけど、手入れをしないと森が萎れて姫様の機嫌を損ねることになるから無礼が無いように森のメンテナンスをする事にした。
姫様の邪魔にならないように、苔に水を撒き、雑草を抜く、枝の成長を見て軽く枝を切る。
何をやったか知らないが、泉の水は相変わらず凍ったままだった。苔や草木の損害賠償は誰に請求すれば良いのだろう。
因みに後でこっそり従者の姉ちゃんに確認したら姫様の魔法と聞いて、ああ、そういえばこの世界って魔法がある設定だったのだと思い出す。
ならば姫様に賠償請求すれば良いのかと考えたけど、そんな事を一市民が王族に言ったら間違いなく殺されるから諦めた。
む?誰が掘ったのかテラスの近くに穴があいていたから、土を被せて埋めといた。森は大事に扱って欲しいものだ。
テラスで寛いでいた姫様は、俺の仕事に興味を持ったのかジロジロと見ていて仕事がし辛い事この上なかった
「アルよ」
「ほへ?」
返事をした後、思わず後ろを振り返る。
ああ、そうかビルさんは居ないんだっけ、って俺はパブロフの犬か!?
「何故この泉の水嵩が昨日より減っているのじゃ?」
姫様が枯山水の砂利に注ぎ込んだ凍った泉を指差し俺に尋ねた。
泉の氷は森の中で涼しいとはいえ、夏の気温で少し溶けて蒸発したのだろう。昨日と比べて少し水かさが減っていた。
「そりゃ、今日は水を汲んでないからね」
ビルさんが居ないから何時もの言葉使いで姫様に答える。後ろの従者がチラッと俺を見たけど、お前ら後でビルさんにチクルんじゃねぇよ。
「何じゃ?水を毎回汲んでいるのか?」
「うーん、何て言えば伝わるのかな?元々ここに水は無かったんだよ」
「如何いう事じゃ」
「この森は枯山水なんだ」
「カレサンスイ?何じゃそれは」
姫様に枯山水の説明をすると、姫様と控えて居た姫様の使用人の全員が驚いていた。
「つ……つまり、この泉は昨日のために汲んだだけで、普段は砂利を水としてイメージを持たせた森じゃというのか?」
「東側は噴水が無いから、泉を作ろうとしても無理だし。砂利と石を人の想像力で森の中を流れる小川に仕立て上げるんだ」
姫様が俺の言葉を聞くと、改めて森と今は氷になった砂利の場所を見る。
「成る程……確かに、今は氷が邪魔じゃが、心の中でこの森に流れる小川がイメージ出来たのじゃ」
氷はお前のせいだろ。
「それでこそ枯山水の極意ナリ」
「……自分で天才と言うだけはあるのう、お主の発想力には驚かされるばかりじゃ」
まあ、元は前世の技法で俺の考えじゃないけどな。だけど、俺の功績と言っても誰も咎める奴なんて居やしねえ、全部俺の功績にしてやんよ!
罪悪感?アッカンベロベロベー。
「だけど、夏は水があった方がやはり涼しいと思うのう」
「それは同意するね」
俺と同意見だったが満足だったのか、ニコリと笑ってそれ以降は話しかける事無く森を一人で楽しんでいた。
そんなやり取りは有ったけど、結局、姫様は夕方まで森で寛いだ後、城へと帰っていった。
翌日その発言を後悔する事になるとは、このときは何も思わなかった。
翌日……また来やがった。しかも今度は大勢の土木屋を連れて……
「森に水を引くのじゃ、その為の土木屋も連れてきたのじゃ」
『…………』
俺を含めた館の使用人達が唖然としている中、姫様が土木屋連中を連れて森の中へと移動を開始した。
「ビルさん、一応言っとくけど。これ俺が頼んだんじゃないよ、姫様の暴走だよ」
だから、フリーキックは勘弁して。まだおしりが痛いの。
「……分かっています。ここまでされたら、止めて頂く事は無理でしょう。
取り敢えず姫様の後を追います、君も折角作った森を壊されては嫌でしょう」
ごもっとも、折角作った森に穴を掘られたら迷惑だ。俺とビルさんは慌てて姫様の後を追った。
森に行くと、姫様と土木屋が俺達を待っていた。
姫様は何時もと変らなかったが、土木屋達が森を見て唖然としていた。
「来たか、アルよ。水を入れるのに現場の指揮を頼むのじゃ」
「井戸を掘るのですか?」
背後にビルさんが居るから今は丁寧語。
「水の魔石を使うのじゃ」
魔石が何か知らない俺に代わって、後ろのビルさんが姫様の発言に驚いていた。
因みに俺の後ろに居たのは俺を蹴る準備をしていたからっぽい。
「そんな高価な物を使うのですか?」
ビルさんが驚きながらも質問すると、姫様がニコリと笑った。
「良いのじゃ。妾はこの森が気に入っているのじゃ、魔石の一つなどこの森の価値に比べたら安いものじゃ」
後で詳しく聞くと、魔石というのは災害レベルのモンスターから偶に出る貴重な品らしい。設置をすれば燃料を必要としないで魔石から水が湯水のように出るとか、この異世界ただでさえ変なのに知識を得るに従ってますます変になって来やがる。
それこそ大勢の強い冒険者が死人を出してまで倒して、運が良ければ出る品だから身分の高い貴族でも持っているのは稀らしい。
庭の水のために使うのは常識からしてありえないとか、そんな貴重な品を持ち出してこの小娘、馬鹿か?馬鹿姫か?志○のバカ殿に出てくる優○か?
「それでアル、お主ならこの魔石を何処に置くのじゃ」
一通り魔石の説明を受けてから自分の考えを伝えることにした。
「そうですね、この枯山水は東から西へと小川が流れる感じに作っています」
「そうなのか?」
「石を見てください。川の渓流にしたがって水の勢いで岩が削られるイメージを持たせて一定の向きを向いています」
「……言われるまで気が付かなかったのじゃ……この森は妾が考えていたよりも奥深いのじゃ」
俺の説明にビルさんを含めて全員が吃驚して改めて森を深く見ていた。
「アルの話だと東側に魔石を置けばよいのじゃな?」
「まって下さい、それでは水の勢いが弱いかもしれません」
「と言うと?」
「想像してください、水の勢いが少ないと、流れが穏やかになります」
「ふむ」
「森の中に流れる小川が緩やかだと違和感がない?うっ、ないですか?」
油断した。ビルさんから本日一発目のケリが飛ぶ。
「確かにその通りじゃ、森に穏やかな川は違和感があるのじゃ、だとしたら如何すれば良いのじゃ?」
「まず、東側に小さな高台を作ってそこに泉を作ります、魔石はそこに置きます。
次に泉から水が零れ落ちるように細い渓流を作ります、渓流の数は三本ぐらいが調度良いと思います。
それから渓流を二本合流させて小川を作ります。渓流を合流させることで小川の水はただ流れるのではなく、自然な感じの勢いで流れます」
「残りの一本はどうするのじゃ」
「雨対策です。雨が降れば泉の水も溢れます、その一本は他の渓流と比べて泉の堰を高くして泉の水が溢れたら流れるように設計します。
川の道は森の中を遠回りに巡らせて直接西の排水溝へ流すのが理想かな……」
『…………』
あれ?最後の言葉使いを失敗したけどケリが飛んでこない?後ろを振り返るとビルさんが驚いて俺を見ていた、ありゃ?
姫様達を見ると土木屋を含めて全員が黙って俺を凝視していた。どうやら俺の説明を聞いて驚いているみたい。
「お、お主は、たった今、この魔石の説明を聞いただけでそこまでの発想が閃くのか?」
「自然に在るがまま、有るがまま、これがこの森の存在意味です」
「ふむ、名言に聞こえるが意味が分からんのじゃ」
大丈夫、俺も今適当に言っただけだから、自分でも意味が分からない。
「じゃとすると今日は出来そうになさそうじゃな、どうじゃ?」
姫様が近くに控えて居た土木屋連中の親方と話した結果、本日中の魔石の設置はやめる事になった。
「今日連れて来たのは無駄になったのじゃ」
「排水工事でもしたら?そっちなら普通に出来るでしょ、痛!」
言い終わると同時に本日二回目のフリーキック。姫様じゃなくて土木屋の方に言ったのに酷い!
「排水?」
「魔石から流れた水の処理は如何するつもりだったのですか?まさか流しっぱなしにして森を水没させるつもりだったんですか?」
「おおお、そうか、確かに言われてみればその通りじゃ」
いや、普通、気が付けよ。
今日は排水溝の工事だけをする事にして、森の北西に排水溝を設置した。
森の中を流れた水は排水を通して南の噴水を経由し、下町の井戸に流れるらしい……あれ?俺が下町に住んでいた時って噴水の排水を飲んでたのか?
アル「やっぱり森の中を散策中に見る湧き水って見ているだけ癒されるよね」
作者「その天然水で作ったかき氷がこれまた最高、地元だけでしか食べられないしね」
アル「やっぱり違う?」
作者「一度、はちみつ漬梅肉の乗った梅ソースの天然カキ氷を食べたけど、あれは旨かった。
食べるとふんわりして、頭もキーンと来ないし、梅の酸味がさっぱりとしてもう最高だった」
アル「へえー俺も姫様に頼んで作ってもらおうかな」
作者「そんな事したら、あの姫様、毎日森に来そうだな」
アル「もう手遅れだと思う……」