緑の楽園
リフォーム番組の依頼者帰宅時に流れる音楽を脳内に流してお読み下さい
馬車に揺られながら目の前の妹を見れば、私が同席していることを不満に思っているようで表情が冴えない様子だった。
「何で兄上まで来るのじゃ?」
私が見ていることに気が付き、妹が不満な顔を隠さず抗議の声を上げた。
「ん?そりゃビクトリアが何時もより浮かれているから、また何か面白いものでも見つけたと思ったからね」
私の返答を聞いて、妹が溜息を吐く。
「今から行く場所は主が不在で唯でさえ迷惑をかけるのに、王位後継者の兄上まで来たら向こうは大混乱するのじゃ」
「行くのはアットランド伯爵邸だっけ?彼は貴族としては珍しく良心的な人だし威厳もある方だから、使用人達も素晴らしい教育を受けていると思う、きっと大丈夫だよ」
「そうだと良いのじゃがな」
「アーサー様、ビクトリア様、もう直ぐ到着です」
妹と何気ない会話をしていると、馬車の外から妹の従者の、確か名前はサリーと言ったかな?サリーが声を掛けて妹との会話が中断する。
そして直ぐに馬車の速度がゆっくりになってアットランド伯爵邸に入ったことを知らせた。
「なんじゃこの芝生は、今まで見たこと無いぞ」
邸内に入って直ぐ外を見ていた妹が驚きの声を出す、私もその声に釣られて妹の後ろから窓の外を覗いた。
「……素晴らしい」
馬車の窓からは芝生が見える、しかしその芝生は緑一色の美しい大地だった。
もちろん私の住む城にも芝生はある。だけど、城の芝生は様々な草が生え、この様に一つの緑が作る美しい芸術性は無い。
この感動は私たち兄妹だけではなかったらしい、外に護衛として乗馬している従者達も緑の芝生に見とれていた。
玄関で馬車が止まり、この館の執事が私達を出迎える。
私が居ることで執事が驚いていたが私と妹は挨拶を軽く切り上げ、失礼と一言声を掛けてから緑の芝生の傍へと向かう。
表情には出していないが、館の執事が笑っている気がして少し恥ずかしかった。
「触り心地も素晴らしいのじゃ、兄上も触ってみると良いぞ」
妹に促されて私も芝生の表面を撫でる。
ああ、なんという触り心地だろう。たかが草だと思っていた芝生は触るとすべらかで優しい弾力で満ちていた。
目を細めてうっとりとする。隣では妹が芝生に寝転がりたくてうずうずしているようだったが、流石にそれは失礼に当たる。
妹もそれは分かっている様で残念な顔をしていた。
「此方へどうぞ、ご案内致します」
執事の案内で館に入る。そして館の中を通って案内された東の庭を見た途端、私は驚きで足が止まった。ここは貴族街で王都の中心なのに何故、森がある?
そう、私の目の前には美しい森が広がっていた。
「なんじゃこれは……」
隣の妹も私と同じように驚愕している。
「執事、何故ここに森があるのだ?」
「我が頭首が王都でも故郷の風景を懐かしく思えるように庭師に頼んで作らせました。
テラスへご案内致しますので、どうぞ私の後に付いて来て下さい」
呆然としたまま私と妹が後を続く、私達の後ろに控えている従者達も目の前の光景に開いた口が開いたままであった。
まるで草原の中を歩くように作られた芝生の間の砂利道を歩く。森に近づいてその全貌が見えたとき、私は心の底から湧き出る感動に満ちていた。
ただの森と思っていた木々の葉は天から注がれる強い日光を受け木漏れ日と変化し、薄暗いと思っていた森の大地は柔らかな光の中、美しく地面の緑を照らしている。
そして、森の中心にある小さい泉が森の清涼感をさらに引き立たせていた。
「凄いのじゃ!これがあの庭師が作ったのか?」
「左様でございます」
妹の質問に執事が答えたが、目の前の森は人の手で創ったとは思えないほど美しかった。
森の中を見ながら砂利道を進むとこの森が普通の森と比べて何かが違う事に気が付いた。
そうだ、何故、外から森の中が見えるのだ?普通、森と言ったら茂みが深く中まで見え無いはずなのに……
「執事、一つ気になったのだが、何故この場所から森の中が見えているのだ?
普通、森というのは木々に覆われ中は見えないはずなのに、どのような魔法を使った?」
私の質問に執事が少し笑って、さも当然という風に答える。
「残念ながらこれは魔法では御座いません。森に入ればお分かりになると思いますが、この森の木々は外からでも森の中が見えるように設計されています」
理由が知りたくて執事に質問したら信じられない回答が返ってきた。
「な、まことか!」
私の代わりに妹が驚き大声を上げる。
「はい、さらに森の中は薄暗くならないように常日頃、枝を剪定して日の光も調整しています」
私と妹はその執事の言葉を聞いて再び足を止める。
外から森の中が見える状態も、日光が木々に当たり柔らかい光に変化するのも、全て、その全てが計算されていると言うのか……信じられん。
「だけど、日光はどうなのじゃ?太陽は動くから時間で日の光は変化するぞ」
妹が執事に質問を投げかける。確かにその通りだ、時間で森に当たる光も変化するはず。
「はい、夏は一番日差しが強い時間帯に光が森の中に入らないように剪定しています。
そして冬になると、逆に一番日差しが強い時間に日の光が入るように計算しています」
「季節……季節によって切る枝を変えるのか?」
「そのようです」
『…………』
その言葉を聞いてこの場に居る全員が立場を忘れて口をあんぐりさせる。
私ももう驚かないと誓っていたが、皆と同じく口が開いたまま森をただ見ていた。
ここまで来ると庭師という職業を超えている。これは芸術だ、自然を使った完成された芸術作品を今、私は見ているのだ。
「こちらです」
執事が私達の無様な様子を見ぬ振りをして、森の中へと案内した。
予想していた通り森に入った途端、暑かった気温がぐっと下がり、夏の日差しを浴びて火照った体を一気に冷ました。
そして気温だけではなく、目に映る緑の森は見るだけで涼しさを感じさせ、強い日差しを高木の葉を受け変化した木漏れ日は柔らかく私を包み込む。
そう、私は今、緑の楽園の中に居る
「苔が綺麗なのじゃ」
妹の言葉に改めて地面に敷かれた苔を見る。
「執事、この苔が芝生の代わりになっているのだな」
「その通りでございます」
私の質問に執事が正解だと答える。
確かに森の中に芝生は似合わないと苔を見て改めて思う。そして、ただ草木を植えただけでは森とは言えないだろう。
この苔の存在がこの森を自然な雰囲気にさせているのだな、苔を見て感心していたが見ている内に庭師の考えに気が付いてその事に衝撃を受けた。
この森は苔を育てるために作られたのか!?
ありえない、ただの苔だぞ!そんな苔一つのために森を作るのか?
常識を考えれば信じられない、だけど今目の前に映る芸術はそれを物語っている。
「も……もしかして苔のために森を作ったのか!?」
私が執事に質問をすると、それを聞いた妹がその考えに驚き私を見た。
「私には分かりませんが、庭師の考えでは恐らくそのようで御座います」
「し……信じられんのじゃ……天才じゃ、まさに常識を超えた才能じゃ」
唖然としたまま執事の後を続き、木々に囲まれた泉の上に立つテラスへと案内された。
「水の上にテラスを置くという発想は斬新で素晴らしいのじゃ」
「有難う御座います」
チェアーに座って珍しい物好きな妹が、執事を褒める。
わざわざ水の上に置いたということは何か工夫があると考え、床を見れば板の間が少し開いていて薄暗い中でも下の水面が見えた。
この隙間はわざと開けているのか?……なるほど、恐らく、本来は水で冷えた空気が隙間の間を通って、上に居る人物を涼しくさせる効果があったのだろう。
しかし、今日のこの暑い日ではその効果も残念ながら無かったらしい。
「少し協力するか……」
「兄上待つのじゃ、妾がするのじゃ。日ごろの特訓の成果を見せてあげるのじゃ!」
私が席を立とうとすると、私の行動の意味を理解したのか、先に妹が立ち上がり泉の前にしゃがんで水の中に手を入れる。
妹が目を瞑り、精神を集中させて、森の木々から溢れるマナを自分の体に取り入れる。
「えい!」
そして気合十分高まったところで、威勢の良い可愛い掛け声と同時に魔法が発動した。
水の中の手を中心に泉の水が凍っていく。
我一族の中でも魔力が高い妹ならではの力だろう、私では恐らくそこまで一気に凍らせるのは無理だと思う。
そして、私が見ている中、一分程で泉の水が全て氷へと変った。
「しもやけになるところじゃった」
妹が私に微笑んでから、戻って椅子に座る。
「うむ、涼しいのじゃ」
足元から冷たく涼しい空気を感じる。うむ、これなら納得いく。
妹の協力があったとはいえ、その細かいもてなしに好感が沸き、森とテラスを作った庭師に是非とも会いたくなった。
その後、妹と一緒に茶を飲みながら森の自然を楽しむ、何時もより会話が少なかったがそれで十分だった。
静かな森の中で木漏れ日を浴びて涼を感じる
それだけで私はこの時間を楽しむことが出来た。そして妹も同じだったと思う、森を見るその様子は普段と比べて楽しそうだった。
「執事、庭師に会いたい。呼んできてくれ」
「……はい」
私の命令を聞いて何故か執事が不安げな表情を浮かべた。
作者「今回アルは引きこもっているので私一人で後書きを書きます。
まず、アルを殺せなかった事、申し訳御座いませんでした。前話でご期待していた皆様にはお詫び申します。
それとその解決策に現代では不可能な魔法を使った事もお詫び申し上げます。一応異世界ファンタジーということでお許し下さい」
アル「ふざけんなぁぁぁ!!
何で俺を殺せなかったことを謝ってるんだよ!」
作者「あれ?居たの?」
アル「居たのじゃねえよ、勝手に殺そうとすんじゃねぇよ」
作者「うーん、最近の小説ってさ主人公死亡エンドってあまり見当たらないし、人気も無いじゃん。
スローライフで最終話が主人公死亡の小説とか面白くない?」
アル「その主人公に向かってそれを言うな!!」