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「……懐かしいな」

「……そうですね」


 そこに広がる光景は私の住んでいる町の隣町。私の実家があり、高校までを過ごした町だった。

 私の言葉に相槌を打ったということは、彼女は私の高校時代以前の知り合いという事だろうか?


「ほら、見てくださいよ。噂には聞いてましたけど、本当に校舎新しくなってますよ。私達が学んだ校舎はもう無いってちょっと切ないですね……」


 そう言いながら彼女は私の母校の方を指さす。確かに私が大学を卒業した頃に後者が建て替えられたらしい。

 つまり彼女は高校の後輩ということだろうか。……だめだ。やはり記憶にない。


「……ごめん。やっぱり私はーー」「あっ、校門前の文具屋さん、まだやってるんですね。懐かしいな~。私あそこのおばちゃんが好きだったんですよ。いつもニコニコしてて。先輩はあそこ行ったことありますか?」

「……あ、あぁ。あるよ」


 私の話は遮られ、確かに懐かしいがあまり重要度が高くもなさそうな話題に変わる。彼女はどういったつもりなのだろうか……。


「それでその道を真っ直ぐ行ったらファミレスですよね。クラスの男子が屯してたな~。

 そのファミレスの手前の小道を奥に行って左に行くとね、おいしいクレープ屋さんがあるんですよ。私もたまに寄ってました」


 彼女の話題は思い出の回想ばかりだった。


「なあ……怒らしてしまったなら本当にすまない。それでも私はーー」「その道を更に行ったところ!!」

「……っ」


 やはり彼女は私の話を意図的に遮っている。私はどうすれば……。


「その道を更に行ったところである一人の女子高生がナンパをされていました」

「っ!?」


 彼女の一言で記憶が蘇り始める。

 確かに私が高校3年生の頃、あの道で私と同じ高校の女の子が他校の男子高生に声をかけられていたことがある。

 そしてそれを見た私は……


「そこに突然女子高生と同じ学校の先輩が現れて、その女子高生を助けてくれたんです。……丁度さっきの先輩のように。

 そして、その女子高生はその先輩に強い憧れを抱きました。それはいつからか愛情に変わっていきました」


 彼女はまっすぐと私の方を見つめてくる。

 じゃあそれって……。あの時のあの子は……。


「あの子があなただって言うの?」 

「……お久しぶりですね。先輩」


 彼女はこちらに向き直して、微笑む。

 信じられなかった。あの時のあの子と今の彼女ではあまりにも印象がかけ離れている。あの子はこんな活発で感情を表に出す子ではなかった。だからこそ、簡単に知らない男に声をかけられていたのだ。

 それにあの子は黒のロングヘアーだった。確かに今に劣らず美人だったが、今とは180度真逆の撫子美人であった。

 誰が見たって、二人は別人だ。それに……


「なんで今になって……」

「今だから、ですよ」


 すでに沈み始めている夕日を眺めながら彼女は言う。その姿は神秘的で、どこか切なさが滲み出ていた。


「高校時代はずっと言えませんでした。私自身自分が同性を好きになり始めていることを認めたくなかったですし。なにより周りから浮かないようにしている自分にとって、カッコよく自由に生きている先輩は眩しすぎた。羨ましくても、釣り合わないと思いました。だから、告白もできないまま高校時代は終わりました。

 大学時代は自分に自信を持とうと思いました。先輩に追いつきたくて、自分に素直に生きました。全てが新鮮で楽しかったです。あぁ、こんなふうに楽しく生きれるのか、って思いました。

 実際ここまで先輩が気付かなかったのなら成功ですね。私はこうして先輩に近付けるように頑張ってきたんです。けど結局告白はできませんでした。勇気がなかったんです」


 知らなかった。私のことをそんなに好いて、そのために努力をしてくれていた子がいたなんて。好きという感情がわからなくても彼女の言葉は嬉しかった。


「それで今だから……」

「いえ、違いますよ。私には未だに先輩に気持ちを伝える勇気なんてありません」

「え……?」


「……今だから、なんです」

「それってどういう……」


 彼女の表情が曇っていく。

 嫌な予感がよぎる。


「……もしも……もしも、ですよ?

 この歳で……寿命を宣告されたらどうします?」

「え……それって……」


 彼女の声は嫌な重みを帯びていて、それがもしもの話のようには感じられなかった。


「治らない病気でもないとして、でも死ぬ可能性は十分あるとしたら……先輩ならどうします?」

「……」


 私は何も言えなかった。彼女は死ぬかもしれないからこそ、私の元に来たということだろうか?

 最期に私と会いたくて……


「……ふふふふふ。あはははははは」

「……へ?」


 突然の彼女の笑い声に狼狽える。

 振り向いた彼女はまた笑顔に戻っていた。


「ほんと先輩はバカだなぁ……。嘘ですよ。嘘。

 私は病気なんかじゃないし、先輩のことを好きなわけでもありません。あっ、もちろん昨日の晩も何もなかったですよ?」


 彼女はくすくすと笑い続けている。

 彼女が何を言っているのか私にはよく理解できなかった。……つまり私は騙されていたっていうこと……なのか?


「ありゃりゃ……ぽかーんってしてますね。

 実は私昨日彼氏と喧嘩しちゃったんですよ。それでイライラして街に飛び出したら偶然先輩を見かけたんです。それで懐かしくなって声をかけたら、先輩ひどく酔われてて家まで送ったんですよ。

 面白かったから先輩が私に手を出したという設定で今朝から付き合ってもらいました。……楽しかったですよ? ここまで引っかかってくれるとは思いませんでした。

 ……どうです? 怒ってます?」


 つまり彼女は彼氏と喧嘩をしたから気まぐれで私を騙した、と?

 今日一日の私の努力は無駄なものだった、と?


 彼女は悪びれた様子もなく笑いながらこちらを見てくる。私を騙しておいて……。

 いいや、確かにムカついてるけど楽しめたのは事実だし。


「おりゃっ!!」「痛ったっ!?」


 彼女に本日二度目のチョップを食らわせる。今度のは冗談なしで強めに。

 彼女はまた痛そうに頭をさする。彼女の目には涙が滲んでいた。……そこまで強くやったつもりはないのだけれど。


「……これで許す。騙したことは許せないけど、まあ正直私も楽しんでた部分があるし」

「……えっ?」


 彼女は驚いた顔でこちらを見る。許してもらえるとは思えなかったのだろう。

 ……私も甘くなったものだ。


「でも、病気とか死ぬとかって言う嘘はだめ。次言ったら本気で怒るからね」


 私は彼女をキツく睨みつける。

 彼女も反省しているようで、ハイと小さく呟いた。


「ごめんなさい、先輩。もうこれっきりですから安心してください。

 御迷惑をおかけしました」


 そう言うと彼女は私に頭をさげ、早足に立ち去ろうとする。


「ちょっと待って」


 私の声に反応して、彼女は立ち止まる。


「確かに今日のは少しイラッとしたよ。でも、楽しかったっていうのも本当。

 だからさ……また彼氏と喧嘩でもしたら来なよ。たまにはこういう休日も悪くないからさ」


 少し照れながらも言葉を紡ぐ。

 散々振り回されたにも関わらず、今日は随分と楽しかった。毎日の仕事に神経をすり減らしている私にとって、こんな休日は本当に幸せなものだった。

 正直名残惜しかった。


 彼女はもう一度だけこちらを振り向く。

 その頬には今までにない大粒の涙が溢れていた。


「ほんと……先輩はずるいですよ」


 彼女の言葉の意図は掴めない。

 留まることのない涙を手で必死に拭う彼女が、次の言葉を紡ぐのをただただ待った。


「……まあ私も気まぐれ……ですから、もう先輩と会うつもりも……ありませんが……。


 もしまた会えたら……その時は私も……もっと素直になりますね。


 ……大好きですよ、先輩」 


 彼女は今度こそ足早に立ち去っていった。

 

 私はそんな彼女の姿が見えなくなるまで、目で追い続けていた。



  


 正直最後の彼女の涙の意味も言葉の意味はこの時の私にはわからなかった。


 それでも彼女と過ごした一日間は、私にとって大切で幸せな一日だったということだけはいつまでも変わりない。






この物語をどう捉えるも貴方次第です。物語の続きは貴方が作れます。

そんな不確かな物語の中でも私の思い描いた“百合”が、少しでも皆様に伝われば。

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