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「やっと着いたぁぁぁぁぁぁ」


 彼女が私を置いていってから少しの間休憩した後、意を決して残りの階段を上り、ようやく展望台のある高さまできた。

 登りきったことに感動して、こんな場所で大声を出してしまう。周辺にいた人達に変な目で見られ、そそくさとその場から離れる。


 さて、あの子はどこにいるんだろう。

 そんなことを考えながら展望台にいる数人の容姿を確認していく。

 休日とだけあって、日が沈み始めるこの時間帯でも十数人くらいは佇んでいた。


 一人で夕日を眺める若者。

 走り回る数人の男の子達。

 子供を肩に乗せた父親、その手を握る母親。

 二人でベンチに座って仲良く話をしている老夫婦。

 若い男二人に言い寄られる女の子。……ん? あっ、あの子だ。


 若い二人の男は身振り手振りで彼女の気を引こうとしているが、彼女はずっと苦笑いを続けている。

 どう見てもナンパだろうし、どう見ても彼女は嫌がっている。私が階段を登りきるまでの十分程度でこんなことになってしまうのか。まあ彼女の可愛らしさならそれも納得できるけど。


 ……あっ、手を掴まれた。

 さすがにこれは止めに入るべきよね……。


 意を決して彼女に近づいていく。

 私の姿を見つけた彼女はすぐに安堵の表情を見せる。男達の方はまだこちらに気付いていないみたいだ。


「彼女嫌がってるみたいだしやめてくれませんか?」


 私は彼女の手を掴む彼の腕を無理やり引き離す。


「痛って……なんだよ」

「先輩っ!!」


 男が怯んだ瞬間に彼女は私の後ろに隠れる。


「……おっ、綺麗なお姉さんじゃないですかぁ~」


 男は私に掴まれた手首をさすりながら私を睨んだが、私の顔を見た瞬間下心丸見えの笑顔と変わる。 

 

「お姉さんもどうですか?

 僕ら丁度彼女と一緒に遊びに行こうって話になってたんですよ~」


 もう一人の男が私達に近付きながら話してくる。先程の男と同じでこちらも下卑た笑顔が張り付いている。

 彼女は後ろで、「誰がそんな話……」と呟きながら睨みを利かしている。


「ちょっ!! お前ずりーぞ。俺が話しかけたんだろ!!

 お前が仕切るんじゃねーよ」


 最初に私を睨もうとした男がもう一人の男の前に出て、へらへらとこちらを見てくる。

 ……やっぱりこういう男たちは嫌いだ。


「と、いうことで僕たちとーー」「すみませんが私、男に興味がありませんので」


 素直に思っていることを口にする。ただそれだけだが、私の言葉には相当な嫌悪感が含まれていたようで、彼らは少し呆気にとられる。


「で、でももう一人の彼女の方はーー」「この子も多分男の人には興味ありませんから」


 彼らはそれでもなんとか接点を持とうとするが、そもそも彼女は女性と知って私に近付いてきたのだ。それに彼女は彼らのことを嫌がっていたのだから、彼女の気持ちを代弁したと言ってもいいだろう。

 さて、これだけきつく冷たく言ったんだから、引いてくれないだろうか。引いてくれなければちょっと厄介だな……。

 彼らの顔を見るとなんとも言いようのない表情でこちらを見ていた。



「え……もしかしてそういうのなの……」


 そういうの……そういうの……ああ、そう言う事か。

 私の言い方が悪かった。いや、この場合ならよかったのか。とにかく彼らは私達がそういう関係だと思っているらしい。……まあもしかしたら本当にそういう関係かもしれないのだけれど。

 とにかくそれで少し引いているのだろう。ならばそれを利用させてもらおう。


「そうなんですよ。私達ずっとラブラブなんです。

 だから多分あなたたちといても私達二人だけの世界に入っちゃうと思いますよ?

 ねー」


 そう言いながら私の後ろにいた彼女の手を握り、顔を見つめる。

 ……あれ? なんかムスッとしてない? なんでだろ……。


「まじかよ……。本当にレズとかいるんだな。……気持ち悪い」


 男のうちの一人が露骨に軽蔑する表情を向けたあと足早に立ち去っていった。

 もう一人の男も後を追って、私達が上がってきた階段を下りていった。


「……ふぅ」


 彼らの姿が完全に見えなくなるのと同時に、肩の力が抜けた。あまりしつこい男達でなくてよかった。

 でも最後の言葉は彼女にはあまりにも残酷だと思う……。

 彼女の方を見ると少し俯いて、震えていた。『気持ち悪い』、その一言が彼女をどれほど傷つけたんだろう……。


 私はそっと彼女を抱きしめる。


「大丈夫だった? 怖かった? あんな男達がなんて言っても気にするな」

「……先輩」


 彼女は私の胸に顔を埋める。この身長さだと本当に男女のカップルのように思えてしまう。


「……っ!?」


 突然お腹に痛みが走る。といっても一瞬息が詰まるだけだが。

 これは……お腹を殴られた!?


「先輩は何もわかってないです」

「……へ?」


 彼女は私の胸に顔を埋めたまま、私のお腹にぽかぽかと殴りを入れる。彼女は女性だし、それほど力も入れてないのだろう。痛みはない。

 それよりも何故彼女が私に怒っているのかがわからなかった。


「私が……わかってない?」

「そうですよ。私は……男の人に言い寄られたのが怖かったとか、彼らに軽蔑されたことに傷付いたわけじゃありません」

「じゃ、じゃあ何に……」

「先輩は……先輩も女の子同士が愛し合うのっておかしいと思ってるんですか?」


 ようやく顔をあげた彼女の頬を涙が伝っていた。


「そう思ってたから、私達が付き合っているということにしたんでしょう?

 そうすれば彼らが気味悪がって立ち去ると思ったから」

「……っ!?」


 そういうことか。

 彼女は、初めから私が彼らに私達の関係を見せつけることで、彼らを引かせようとしていたのだと感じたらしい。そして、それは私自身が同性愛を気持ち悪く思っているからこそ考えついたことだと思ったのだろう。

 正直そんなことは微塵も考えていなかった。確かに彼らが同性愛に嫌悪感を抱いているのを知ってからはそういうつもりで話を持っていったが、私自身は同性愛に対して軽蔑的な感情を持ってはいない。


 ……なんて思ってても彼女が傷付いてしまったならもうそういうことよね。


「……ごめんなさい」


 私は彼女を引き離し、素直に頭を下げる。


「別にそんなつもりはなかったの。

 確かに彼らの反応を見てからは、それで彼らが私達に対する興味を失ってくれるかも、とは思った。でも私自身は同性愛に対しておかしいとか、気持ち悪いとか、そんなことを思ったことはないよ。

 ……そもそも私には人を好きになるって言う気持ちがよくわからない。誰かとずっと一緒にいたいとも、その人と結ばれたいとも、そういうことをしたいとも思わない。たとえそれが男でも女でも。

 だから私はそれ以前の問題なんだ。


 ……でももし二人が愛し合えるのならそれが異性でも同性でも、きっと素敵なことだと思う」


 ……彼女からの反応がない。やっぱり怒ってるんだろうか。

 ゆっくりと彼女の顔に目を向ける。


「…………ふふふ。…………あはははは」

「……へ?」


 笑っていた。未だに目尻には涙が溜まっているが、それが悲しみによるものかはわからないほどの綺麗な笑顔だった。


「やっぱり先輩って馬鹿ですよね。正直バカ!」

「なっ!?」

「元より先輩が同性愛に嫌悪感を抱くような方だとは思ってませんよ。昔から先輩は誰に対してでも優しかったですし。

 適当に私の機嫌をとればいいのに、今の発言で私は愛されて抱かれたんじゃなかったっていうことはよくわかりましたよ」


 しまった。って確かにそうだ。また彼女を傷付けてしまった。

 そんな風に強く後悔したが、彼女の表情は先程と変わらず笑顔のままだった。


「……冗談ですよ。そんなこと最初から知ってましたし。

 それに、私はそんな相手のことを考えていても、素直で、不器用な優しい先輩が好きなんですから」


 彼女はそう言って私の顔を見つめてくる。その瞳は彼女の発言が嘘偽りない真実であることを示していた。

 

 ……本当は彼女の言う通りこのままこの場を流すのが正しいのだろう。そうすれば彼女はこれ以上傷付かない。でも、私には無理だった。これほどまでに私を慕ってくれている子に嘘を隠し通すことはできなかった。


「……ねぇ」

「なんです?」


 彼女は私の瞳を捉えて離さない。


「その……昨日そんなことをしたって言うのに本当に申し訳ないんだけど……私はあなたが誰だか思い出せない。

 あなたが傷付くのもわかっているけど、どうか私に教えてくれない?」

 

 私も彼女から目を離さない。


「……先輩ちょっと来てくださいよ」


 少しの沈黙のあと彼女は展望台に近付きながら私を呼ぶ。

 その声には怒りや悲しみは感じられない。穏やかな声だった。



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