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「……はぁぁぁぁ」
トイレに入るや否や、鍵をかけ、そのまま壁に凭れ掛かって大きなため息をつく。
「あはははははは。そりゃそうよね。痛いわけないわよ。だってお互い“ない”んだから。
……何言ってんだろ」
自分の口から出た言葉に激しく後悔する。私はこんなにつまらないことを呟くほどに混乱しているのか。
「絶対おかしいでしょ……。
そもそも誰なのよあの子は」
記憶の片隅、本当に奥の奥に何か引っかかる記憶がある。でも、どうしても思い出せない。いや、それ以前に思い出すほどの記憶がないのかもしれない……。
酔っていたからとはいえ、誰かもわからない同性を家に入れ、同じ布団で眠ることを許した昨日の自分を殴り飛ばしたい。しかもその経緯も出来事も何も覚えていないのだから、一度殴るくらいじゃ気が済まない。
「……とにかく、話を聞くしかないわよね」
私は意を決して、戸を開けた。
「もう現状確認は終わりましたか?」
「……ええ、なんとかね」
トイレから出てきた私に、彼女は笑顔で問いかける。彼女は私が何故トイレに駆け込んだのかが最初から分かっていたようで、含みのある笑いを漏らす。
とりあえず、ここが私の家で、彼女は私と一緒に寝たのだということまでは理解できた。が、私は本当に彼女とその……“して”しまったんだろうか。
彼女はいつの間にかシンプルな白のTシャツと紺のスカートに着替えていた。女であるにも関わらず少し緊張してしまう。
「さあさあ先輩、早く出かけましょうよ!!」
「……いつから私はあなたと出かけることになってるの?」
「え~っと……まあまあお気になさらず」
「気にするわっ!!」「いたっ」
少しの沈黙の後私の発言を受け流そうとした彼女の頭に軽くチョップを入れる。
彼女は冗談っぽく頭をさすりながらこっちを見つめてくる。
「いきなりチョップ入れる事ないじゃないですかぁ~」
「こっちだって突拍子も無いことの連続で、頭がショート寸前なのよ」
「……先輩だって何の覚悟もしてない私にいきなり--」「待て待て待て待て待て!! わかった!! わかったからそれ以上は言うんじゃない」
彼女の両肩をがしりと掴んで、懇願する。近くでみる彼女の顔はやはりとても可愛くて、変に緊張してしまう。
「それって一緒にお出かけしてくれるってことですか?」
「ええ。それでいいわよもう」
頭を押さえて、小さくため息を吐く私の側で、彼女は嬉しいそうに、わーい、と両手を挙げている。
昨日の夜のことを引き合いに出されるとどうしようもなくなる。正直私にはそんな記憶は全くない。でも、それは裏を返せばその可能性もゼロじゃないってことで。万が一にも、女の子に辛い思いをさせた可能性があるなら、こちらもそれなりの謝罪なり誠意なりは見せないといけないんじゃないのか、と思うわけだ。
だから、今日一日付き合うことで少しでも彼女の笑顔を保てるなら、そのくらい安いものだろう。
……私だって女のはずなのだが。