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題未定  作者: はやなき
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右の似るものぞなき3

あなたに山の調査を願いたい。

深皺男は陰鬱な表情で、俺が返答することを待った。

頭すら下げない。

ただ俺の一挙手一投足を見逃さまいと、睨みつけるようにじっとしていた。

危険度は不明。獣程度ならいいが、魔族と遭遇した場合、生きていられる自信はなかった。それに調査といったって、そこに追加要項があるのは明白だった。山ひとつを調べるとなれば一昼夜では済まないし、1人で眠ることは運に命を任せることと同じである。

「俺1人でか?」

声を低くして若干脅すように、自分よりも歳を重ねている男にたずねた。

「もっともだ! しかし考えて欲しいのは、我が街の住人のほとんどが、その山に恐怖の念を抱いていることです。協力者をつのったところで、集まるという保証はないですよ」

頼みごとをしているというのに、彼の態度は少しばかり横柄だった。

「それでも一応呼びかけてみましょう。誰か手をあげるかもしれないですから」

メムロナンはいきどおった。働き手を失いたくないという魂胆が容易に見てとれたからだ。

「ああ、そうしてくれ」

深皺男は口元の皺を一層深くして、わずかにニタリと笑った。

「ですが、募るのは明日の朝までです。それ以上は住民に不信を抱かせるだけですし、早急に対応しないと不安が広がってしまいますからね」

「明日、か」

顔をあわせる度に、深皺男は道化た態度になっていった。

そうして、どうも俺を利用しようとしているのではないかと、メムロナンは深皺男の表情から推し量った。

「ええ明日です。それまではどうぞゆっくりなさって、そうだ! 是非とも住人たちに挨拶なさってください。あなたがその勇姿をお見せになれば、きっと彼らは安心できるでしょう」

決められたセリフを読むように、抑揚の足りない声色だった。

「……そうするよ」


俺はふいと、名状しがたい引力にかれて下を向いた。

黄色い粘土質の道に馬の足跡ができていて、それは一点で右往左往したように煩雑はんざつとしていて、足跡は3つに増えた。

1つはこちら向きの足跡で、2歩の間に開きがあり、爪先の方が深く土を食んでいた。そうしてまた帰るときにはゆったりと馬を歩かせて、やってきた方角とは別の向きに帰っていったようだった。

俺が最初に見つけた足跡は、終始、それも変な歩き方をしていた。

右側に重心を寄せ、所々引きずっているように土に線が入っている。

そしてまた左のひづめは欠けていた。


「見つけたわよ!」と麗らかな声が風音をかき消した。

「あなた、よくも! わたし、わたしをぉ!」

呪術師の娘が肩を怒らせてやってきた。

心なしか目元にくまができている。そのうえ追い出した時と同じ服装で、髪を風にふるわせ、荒い呼吸を繰り返していた。

俺は躊躇した。

彼女と一呼吸の間、見つめあって、何を言うこともなく踵を返した。

「いや、待ちなさいよ!」

「なんだ?」

振り返らずに尋ねた。

「あなた、勇者、なんでしょ? わたしの話をきいて」

不定期に息継ぎをはさみながら、小声ですがるように、それでいて断られはしないと断言するかのように高い声を出した。

歩みを止めて、茫然と吸い寄せられるように空を眺めた。2つある雲が平行に流されながら互いに手を伸ばし、次第次第に1つの偏平な雲になった。

そしてまた、端にある可哀想な雲がちぎれて離された。

「俺に何か関係があるのか?」

「あるわ!」

肌身を切り裂くような鋭い言刃だった。

目の前のもやもやした霧のような、暗雲を切り裂いて光明を刺すように、俺の進む道を指し示しているように思われた。

どうせ手掛かりも何もない。話を聞いてみるだけはしよう。

大きさの不揃いな2つの雲から視線を外し、声のする方へ向き直ると、2つ揃った瞳が仄白い酷薄を讃えながらこちらを見ていた。

「……言ってみろ」

まばたきに一瞬隠された白が消えさって、少女の赤みを帯びた笑顔だけが残った。

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