波と蔭に3
魔族との勝負で人間が勝つことは少ない。
これは一対一の場合で、先の戦争で人類は集団戦法を用い、いくつかの勝利を収めていた。
魔族侵略戦争。
忌々しい名称だ。
誰の口からも聞かされない。
それは同時に人類が魔族を恐れていること意味している。
しかしメムロナンはその名前を老人の口から聴いた。
「魔族侵略戦争のことは知っておるな?」
「正式名じゃないのでしょう?」
「そうじゃ」
「本当は何というのです?」
「それは儂にもわからん」
「どうしてですか?」
メムロナンと老人は互いあって座っていた。
老人は膝の上に置いた杖を大事そうにさすり、困ったふうな顔をした。
「それはじゃな、う〜む、どう言おうかのう」
「わからないのですか?」
「いや、わかるぞい。国王様がの、手をまわしたのじゃ」
「国王が?」
「国民の記憶に残したくないのじゃろうな。戦争には名前も付けられなかった」
老人は左手を動かし、お茶を口に運んだ。
「今度の我々の戦いも、名は付かないじゃろう」
「それどころか、国王は許すのでしょうか?」
「何をじゃ?」
「我々をです!」
メムロナンは、やや強めに言った。
老人が左手を使いお茶を飲むようにすすめたので、メムロナンはしぶしぶお茶を飲んだ。
「メムロナン、お主は許可が必要だと思っておるのかえ?」
杖をさする手が止まり、一瞬、真摯に見つめてきた。
「違うのですか?」
「いや〜違う違う。国はもはや形骸化しておる。役に立たぬよ」
「形骸化?」
「そう、機能しておらなんだ。ふむ、我々国民を助けられえぬ国をお主はどう思う?」
「……旗や徴は掲げられるものであって、見方ではありません。ただ存在を示せばよいのです」
「冷めてるのぉ。いや、いかんいかん。話が逸れたわい」
戦争の名前よりも遙かに大事なことを、老人は何でもないことみたいに言った。
「メムロナンよ、お主に魔王討伐の命じる。よいな?」
わかっていた。
誰かがまず先見のために使わされる。
そうやって犠牲になっていくのだ。
そして孤児であるメムロナンにその役目がまわってくるのは当然だ。
村長に呼ばれた時から意識せずとも頭に浮かんできた言葉を、感情のこもらないように応えた。
「はい、わかりました。しかし魔王討伐とは大袈裟ではないですか?」
「ドリツェン候亡き今、他の魔王どもが黙ってはおらぬ。候の没を知られる前に手を打たねばならんのじゃ」
苦々しい表情を老人は浮かべている。
確かに、そうしなければならない。
「はい、このメムロナンにお任せください」
写し鏡のようにメムロナンも苦い顔をして、大仰に言いきった。