オトナ
「アルダス君」
「なぁに」
私はアルダス君の目を見ながらつぶやいた。
「おいてッたら絶交」
『て』に力を入れて先に告げておく。
ダラダラと汗を掻きながら「もももも。勿論」とつぶやくアルダス君。ふふ。
ユーナです。一五歳になりました。今日から私も大人の仲間入りです。
母さんとジャックさんが妙に仲が良いのは私とアルダス君みたいな関係だったから。らしいです。
なんというか、私とアルダス君は結婚することになっているみたいでして。
嫌いじゃないし、よく知ってるけど。火祭りをアルダス君と過ごす。
うん。想像がつきません。ごめん。アルダス君。
アルダス君のこの後の対応でジャックさんみたいに結婚しそびれるかどうかが決まるそうですが。
知らなければ良かった。そういうことはこの世の中には多いと思う。
私たちはバスケットを片手に村から離れた谷へ歩いていきます。
以前崖崩れが起きていた道はどういう訳かすごく歩きやすい道に代わっていました。どうしてなんだろう。
鳥たちがそよ風に乗って舞い、虫たちが歌を歌い、何処からか蜂蜜を取るお花の匂いがしてきます。良い季節ですよね。
谷を少し抜けるとアルダス君はそこに野営の準備。
ここから先のお詣りは私一人でやらなければいけない試練となります。
といっても魔物もいないし、暗くて怖い程度なのですが。
ええと。
下品な言葉を言います。お母さんごめんなさい。
舐めていました。すっごく怖いです。
真っ暗闇の中でいつ風で消えるか解らない小さな蝋燭の炎を必死で掌で守り、熱さに時々耳たぶを掴んで思わず大きな声を出してしまい、あちらからこちらからの謎の視線を受けて肌が泡立ちます。
ジャックさんが言うには魔物になり損ねた瘴気というものらしく、炎を持っていれば大丈夫らしいのですが。
「村長さんのばかー! 怖くないとか大ウソつき~~!」
オトナは嘘をつくわけではないのです。間違いを犯すだけなのです。
星明かりが少しでも森の中に届けばいいのですが、苔むす足元を照らす灯りすら無い中を覚束ない足取りで歩く私。絶対魔物とか幽霊とか出る! 出ちゃう! 怖いッ こわいよ!
『ユーナ。こっちにおいで』
不思議なお声。
『こっちこっち。そっちの光は鬼火だ。行くなよ。沼に引きずり込まれるぞ』
『ゆーなお姉ちゃん。お誕生日おめでとう』
妙に懐かしくて優しい声がします。
『こっちよぉ。うっふん。サービスするわぁ』
妙に野太い男の人の声は無視しました。
苔むす木の幹を慎重に踏み、足取りを確かめながら歩を進めます。
『大きくなったなぁ。ユーナ』
『私たちは貴女を見ていましたよ。素直に美しく育ちましたね』
この声って、神様?!
『炎をかざし、貴方の未来を見なさい』
六人の声が私の心に響き、視界が開いていきます。
私の未来が見えます。明るい未来、暗い未来。悲惨な未来。幸せな未来。
優しい笑みを浮かべた筋肉質の兵隊さん。お父さん?
『大きくなったな。ユーナ』
思わず抱き付く私。お父さんの胸は思いのほか硬くて力強い腕は優しくて。
朝露の香りに目を開くと私は神様の祠にいました。
朝もやに包まれながら頭を振り、あの夢か現か解らない夢を思います。
早くも登り始めた太陽はキラキラと光っていて、鳥たちが目を覚まして鳴き声をあげだしています。
私はアルダス君の言い訳にどう対応するのか今の内から考えておくことにします。
うん。少し私も卑怯になったとおもう。