翼をください
翼をくださいなんて誰が歌ったのやら。
おう。俺様だ。とっても不機嫌な俺様は現在ユーナの深層心理にいる。
「お姉ちゃん目を覚まさないね」とはユカの弁。
「なんか怖い目に遭ったみたい。でも無事でほっとしたよ」とアルダス君。
ちなみに件の男はこの地上から消滅した。誰の所為かと言いたいが少なくともこの俺やユーナの所為ではない。爪の垢すら残っていないのが凄い。
「ねぇ。出てこれない? 」
アルダス君が小声で問いかけるが無理だな。
どうもショックが大きすぎて記憶を消せないんだな。あるいは自分の中にある人格、即ち俺に不信感を持っているのかも知れない。
「こんなに汚しちゃって」とお母さんがポンチョを綺麗に洗って縫い直している。
可愛らしい刺繍を追加していく様子にユカが『私も作って』とねだる。
「お姉ちゃんの背中すべすべ」こら。アルダス君がいるんだから見せるな。慎め。というかアルダス君顔逸らしているし。意外と初心だな。感心した。
ユカの指先がユーナの背に生えた蝙蝠の羽根状の器官に伸びる。つつつ。こら。そこはらめぇ?!
非常に敏感なその器官は刺激を受けると謎の原理で大きな翼になる。
ぱたぱたと動く翼にはしゃぐユカ。いいなぁ。私も欲しいなとか言っている。
お母さんはその様子に苦笑い。全てを諦めたかのような優しい笑みは聖母を思わせる。
「ユカとユーナは間違いなくお母さんとお父さんの子供だよ」そう言ってお母さんはユカの頭を撫でる。「知ってる」首肯するユカ。腕を組んでその話に耳を傾けるアルダス君。
「お母さんがこの村のヒトって言うのはちょっと嘘だけどね。本当は逃げてきたの」「誰から? 」「知らないわ。当時は子供だったもん。滅びを産む一族の娘だって」
「私をかばってくれたのがジャックとトゥリお婆ちゃん。村の仲間にしてもらってうれしかった」
「お父さんは中央から派遣されてきた兵隊さんでね。カッコよかったなぁ」
ユーナが産まれた時、真っ黒な膜に覆われていたという。
その膜が破れ、中から可愛らしい赤子が出てきたこと。その背中に異物があったこと。
「私の、私たちの天使は寝坊助さんだよね。お父さん」そうお母さんは呟く。
「私たちって天使さんなんだ」「当たり前でしょ」
お母さんはユカの頬に頬ずりしながらつぶやいた。
「『氷の魔神』なんかじゃないわ」




