出来る語り部はなんでも知っている
「今日はどんなお話をしましょうかね」
トゥリお婆ちゃんは神様に捧げる物語の語り部さんです。
こんばんは。ユーナです。今日はトゥリお婆ちゃんの家にお邪魔しています。
ジャックさんはこの機にとお母さんの処に向かい、村の他の男の人たちに阻止されて宿屋のベンさんの処に連れていかれた模様。ジャックさん残念。
「『星を追う魔王』の物語は昨日終わったね」「『夢を追う冒険者』の物語! 」「『謎を追う者達』の悪行譚が先! 」小さな子供がワイワイと思うように叫びます。その中にはかつての私やアルダス君、今はユナやその他のもっと小さい子供たちがいるんです。
お母さんやジャックさんも若いころのトゥリお婆ちゃんのお母さんから聞いていたそうです。
「では、『悪魔皇女』と呼ばれた聖女のお話をしましょうかね」
「神様。お聞きください。悪魔皇女と呼ばれた乙女の物語を……」
パチパチと爆ぜる暖炉の明かりの元、沸かしたお湯を啜りながら私たちはトゥリおばあちゃんのお話に耳を傾けます。冬場は娯楽が少ないので大人もすくなからず。ふふ。私もその大人の一人ですけど。
「自由の翼を貸し与えるためにかの使者は聖女の元に馳せ参じました。
その翼は三二の針金で構成された赤き異形の翼。天ではなく地を駈けます」変なお話だけど楽しいんですよね。私も悪魔皇女のお話は大好きです。
法律を整備したり、私たちが使っている辞書とか、数字とかは彼女が考えたんですよ?
魔法を一切使えない皇女さんなのにすごく賢くて強くて優しくて偉大なヒトだったみたいです。女の子なら一度は憧れますよね。
「清浄な水が地面を這えば河となり大地を満たし、
青々と輝く麦の穂を風が撫でて空に向かって歌います。
自由の翼は大きく広がり、相争うみっつの兄弟を纏め上げて」
でも彼女の末路は寂しくて悲しいのです。大切な人の為に剣になって消えていくお話を初めて聞いたときは泣き腫らしてしまいました。
「しかし彼女と彼を見守る『輪』は二人の恋人を見捨てませんでした。
輪廻の輪から外れた彼女と彼は別の輪の元、幸せに暮らしております」
この辺は私があまりにも泣いたからトゥリ御婆ちゃんが付け足した創作です。本当はダメらしいのですけど。
「ユーナや。人が見知り出来る事は限られている。子供がそうだと言えば意外と真実以上の響きがあるやもしれん」
聞けばトゥリお婆ちゃんのこのお話の結幕は気に食わなかったそうです。
「絶対二人は幸せに暮らしている」ってお婆ちゃんのお婆ちゃんに食いついたそうで。
「では。この村が興された時のお話をしましょうか」
「はいはいはい! 六人の神様がいらっしゃって氷の魔神を滅ぼした! 」ずきん。何故か胸が痛みます。トゥリお婆ちゃんの話すお話はなんでも好きですがその話だけはあまり好きではないのですよね。何故でしょう。
「それはもう少し後ですよ」「あのね! あのね! 」
何度も何度も聞いているので子供たちの中にもトゥリお婆ちゃんの真似が出来る子がちらほら。ユカなんて上手なんですよ。
「氷の魔神は異世界からやってきて、六人の神様と激しく戦いました。
その瞳は隠れている子供を捕え、その耳は遥か彼方の小鹿の心臓の音を聞き取り、その翼は音より早く、拳は岩を砕いて、瞳からは破壊の光を放ったと言います」
ユカが呟く話は私の好きな部分ですが、六人の神様に倒されるくだりは好きではありません。
異世界ってどんな世界だったのでしょう。故郷のお母さんとかお父さんとか別れて魔物として倒されるなんて悲しすぎるじゃないですか。
幼き日の私が泣きながらそう言うと昔のアルダス君は肩を抱いて慰めてくれていましたっけ。
あの頃のアルダス君は私より大きかったのです。今では信じられませんけど。




