幼女と俺のでーと
「おにいちゃ~ん」
げげっ?!!!!!
ユーナたんに良い夢を見せてやろうと彼女を寝かしつけた俺は外に出ようとして妹のユカにつかまってしまった。この子、聡いから苦手なんだよなぁ。
「今日こそお兄ちゃんの正体を掴んでやる」
そういって俺の服の裾を引っ張るユカ。
その割には目がキラキラしているぞ。貴様。
「ええと、今度は何の話だよ」
「あれあれ。ちょっと変わった黒魔術で友達がこまる話の続き」
いい趣味してやがる。
てくてくと連れだって歩く俺たち。
夜風が心地よく、足元のあぜ道に時々よたつくユカの手を取ってやる。
「ニシシ」
ユカは腹黒い笑みを崩さない。
季節の変わり目は村の匂いも変わる。
ユカが下手くそな歌を歌いだす。
「相変わらず上達しないな」
「お兄ちゃんの歌も酷いよ」
むうう。
村の夜道は意外と明るい。
天空に輝く『輪』と月と星の明かりが結構なものだからだ。
要するに普通はコケない。
いや、女の子だからコケるときはコケルだろうがユカに関してはユーナたんほど粗忽じゃない。
「お兄ちゃんってどっからくるの? お姉ちゃんの友達? お姉ちゃんの恋人?」
「知らん。知らん。知らん。ユーナなんて他人だ」
「お兄ちゃんがいるときお姉ちゃんが消えちゃうけど何処にいるの?
お姉ちゃんがお兄ちゃんがいる間の事を覚えていないのはお兄ちゃんのせい?」
「トイレじゃね? あと寝ぼけているとか」
幼女の頬がふくれて探偵気取りで俺を指さす。
「ぜったいちがうもん! 使った様子ないし! ひょっとしてお兄ちゃん誘拐犯?
あとお姉ちゃんを眠らせてこどもにいえないことしていたらアルダス君が酷いよ」
ふとした不用心から妹に発見されて以来、俺は時々この子の悪戯に付き合わされたりしている。
多くは夜中なのでさっさとお引き取り願っているのだが。
「今日も水門の整備?」
星明りの元、俺の手つきを見ながら幼女は楽しそうにしている。
「ユカ。そこの工具とれ」
「あいよっ!」
助手気取りなんだよなぁ。まったく。
「この水門、良くできているよね」
「増水するとこっちの補助の水車が回って自動的に閉まるし、元の水の高さになったら各村に水が行くように出来ているな」
ファンタジーには似合わないほど精密にできているが、それ故に整備が難しくまた技術的にみるべきものがあると都の役人がたまーに視察に来るくらいだ。
「これはね。神様たちが作ってくれたんだよ」
「へぇ」
あの神様たちって伝説では300年以上前の人たちらしいけどな。
「面識あるの? 神様と知り合い? 流石妖精さんだね。妖精さんの割にはぶさいくだけど」
「どうやらお尻をぺんぺんされたいようですね。ユカちゃんは」
「せくはらー。せくはらだ~。このお兄さんへんたいです~」
ああ。面倒な子だ。
なんでこんな施設の整備が出来るのかは疑問だがあの神様たち、俺を小間使いか何かにするつもりだったんだろうか? 余計な転生チート特典である。
「あ、今度こっそり『シンバット爺さん』の怪我を治しておいてよ」
あの馬さん歳だしなぁ。でももうちょっと働いてもらわないと。
「しかし、あいつ『働きたくない』って言ってるぞ」
「お兄ちゃんお馬さんの言葉解るんだ?! あの御爺ちゃん馬、いつもそんな感じだよね」
「昔は英雄を背に載せて活躍したらしいぞ。延々と自慢話を聞かされた」
「人に歴史ありって言うけど馬もそうなんだね。二束三文でうちの村に来たのに」
「あの爺さん馬、若い時は気が荒かったらしいからな。自分に合わない乗り手は皆蹴飛ばし、厩に閉じ込められたら厩を破壊しと暴れに暴れたそうだ」
「今は穏やかで子供の人気者だけどねぇ」
水門の整備は終わりッと。じゃ、シンバット爺さん処に行くか。
「あんまサボって子供と遊んでいると馬肉にすっぞと伝えておかないと」
「あはは」
あれでも村の荷物を運んで街まで往復してくれる貴重な脚なのだ。彼は。
ユカはちょこちょこと短い脚を動かして俺の服の裾を掴む。
キラキラと輝く目で俺を見つめて。
「おんぶ」
またか。またなのか。
「わーい。たかいたかい。たかいたかい~」
うううう。
「はしれはしれはしれ~」
夜中に騒ぐな。まったく。
「俺はシンバット爺さんじゃないぞ」
「じゃ、おっちゃん」
こらあ?!
「お兄ちゃん、お姉ちゃんの恋人とかじゃないなら、お父さんの生まれ変わり?」
「どうしてそうなる」
「だって優しいし」
うーん。でも違う。
「どうして村の人たちの事全部知っていて、村のみんなの為に働いてくれるの? 妖精さんだから? あたしのほかのひとはお兄ちゃんの事知らないよ? お母さんだけじゃなくてお姉ちゃんだって信じていないもん」
「どうだろうなぁ」
まぁ見られても記憶を消してしまうからだが、何故かこの子の記憶は消せないらしい。妹を想うユーナの意識が働くのだろうか。
思案しながら空を見つめていたら。お。流れ星が三つ。
「おねーちゃんが泣き止みますように。
おねーちゃんのばかが治りますように。
おねーちゃんのまぬけが治りますように」
一応お前は知らないようだが、ユカ。
ユーナは此の事自体は記憶にないとはいえ潜在意識には残っているから後で折檻されっぞ。
そんなことを思いながらこの姉想いの小さな娘の幸せを祈る俺であった。