ツァラトゥストラはかくも語らず
目が覚めると、もう昼過ぎだった。窓からはカーテン越しでも思わず目を閉じてしまうくらい眩しい陽射し。カーテンを空けると、気持ち悪くなるくらい良く晴れている。ただ真っ青な空、それと地平線に沿うように雲の塊が積み上がっている。入道雲だ。
ちきしょう、これじゃあまるで夏じゃねえか。
本棚は倒れたまま。中の本があちこちに散らばっている、落ちている目覚まし時計の針は微動だにしない。それもそのはずだ。二つある電池の片方が飛び出してしまっている。
あれだけ派手に倒したからなあ。しかし、蝿を追い掛けたあげく本棚をぶち倒した僕って、本当に異常なんだなぁ。
そう思うと、なんだか可笑しくなってきた。笑いが込み上げてくる。思わず顔がにやけてしまう。そしてとうとう、堪え切れず吹き出してしまった。一度笑い出してしまうとなかなか治まらなかった。何度も何度も、昨日の自分を思い出して笑った。 何となく学校を中退し、職にも就かずダラダラ日々を過ごしている僕が、唯一感情を剥き出しにして熱中するのは、蝿を退治する時だけだなんて、傑作だ。ギャハハハ。
笑いは思い返す度にやってきてなかなか去ってはくれなかった。
僕の人生なんてこんなものだろう。感動や悲劇なんてものとは全く無縁、色んな人から笑われ、蔑まれる喜劇そのもの。人は、あまりにも悲しいと、泣くのを通り越して笑いしか出てこないものなのか。そして、最後には感情すら風化して行くのだろう−−−なんて、ちゃちな哲学めいた事まで考えてしまう自分に気付くと、また一層笑いが込み上げてきた。
腹筋がツって苦しい。頬の筋肉も痛くなってきた。それでも笑いは途切れる事を知らない。一人で笑いのツボにハマり、しかも、その理由が自分の滑稽さによるもの。なんて、他人が今の僕を見たら何を思うのだろうか、もはや救いようがない。
そこまで思うと、急に冷めてきた。笑いが去っていくのが分かる。さっきまで悶絶していたのが嘘のようだ。
そうか、気持ちを冷めさせるには他人の目を気にすればいいのか。確かに他人の気持ちを考える、なんて、この上なくくだらない事だからな。
僕は窓から外を見た。空模様や気温はすっかり夏そのものだが、蝉の声が聞こえない。その様子は、どこかアンバランスに感じた。




