蝿
部屋中に散乱しているゴミ、脱ぎ捨てられたジーンズや下着、無数に転がっている空き瓶や缶、何かが腐って、饐えたような臭いが部屋中に広がっている。
その中でゴミに包まれるように僕は眠る。午前2時、こうも湿気が多いと体中がベトベトする。もう夏が来るのか、春はあっという間に過ぎて行った。
僕は目を開けた。暗闇の中をパソコンの明かりが照らしている。パソコンの電源は基本的に切らない。どうせ電気代を払うのは僕では無い。僕が心を許せるのはパソコンだけだ。
なかなか寝付け無かった。暑さや湿気のせいもあるのだろうが、おおかた奴のせいだ。
鈍い羽根の音、さっきから憎らしく飛び回っている、糞みたく馬鹿でかい蝿。なんでわざわざ僕の近くを飛ぶんだろう、窓を開けっ放しにしているのに、ちっとも出て行こうとしない、何度も何度も壁にぶつかり、嫌な音を立てている。頭悪いんじゃないだろうか。
蝿なんかいなくなっても誰も困りはしない。絶滅しちまえ、奴らなんか。糞ったれ、ぶち殺してやる。
僕は跳ねるように起き上がり、電気を付けた。薄い週刊誌を手にとり、クルクルと丸めていく。羽根の音のする方へ意識を集中させる。部屋の角の方で飛び回っている黒い塊を確認すると、息をひそめてゆっくり近づく。蝿が本棚へ止まる、その瞬間に、僕は一気に近づき、手に持っていた週刊誌を思い切り振り下ろした。
足元のゴミを踏み潰し、足の裏がベトベトになった。週刊誌が本棚に当たり、ものすごい音を立てながら本棚は倒れた。本はもちろん、本棚の上に乗っていた目覚まし時計やらCDやらが勢い良く飛び散った。週刊誌には蝿の痕跡らしきものは見当たらない。仕留める事は出来なかったらしい。
音に驚いたのか、母が部屋の様子を見に来た。その顔には恐れの色が見える。僕がヒステリーを起こして本棚をぶっ倒したのだ、とでも思っているのだろうか、馬鹿にすんな。
僕が母の問い掛けを無視し続けていると、何も言わず部屋から出て行った。気が付くと蝿はいなくなっていた。僕は電気を消し、布団に包まる。あっという間に眠る事ができた。
その日も僕は夢を見なかった。楽しみにしていたのに。最近夢を見ることが少なくなった気がする。