運命は扉をたたく
吸い込まれるようにキラキラ美しい二つの眼差しが、可奈子の目の前にあった。
「…おはよう、可奈子」
「………」
男は朝日を浴びたベッドの中で、眩しそうに可奈子に微笑む。
可奈子は、顔が真っ赤になってもう一度布団をかぶった。
この男とは、もちろん可奈子の夫・藤城宏明である。
二人は結婚初夜をあかし、目を覚ました。
※数ヵ月前※
プロポーズをし、断る可奈子の腕を強引に藤城は掴んだ。
「きゃっ、何すんの…」
藤城はいきなり可奈子の頬にふれ、可奈子を見つめた。
そして…ふっと近づいたー。
(え、え、え…)
藤城の唇が可奈子に近づく…
(え、キスされる…)
そう思って可奈子は、咄嗟のことで目を つむり身を引いて固まった。
急接近した二人の肌が触れるほんの数センチ前で、藤城は動きを止めた。
そして、さっと可奈子の口元をかわすと可奈子の耳元に唇を寄せた。そして、そっと呟いた…
「…君には何もしない…たとえ一緒にベッド入ろうと…」
キスされると思った可奈子は、そう言われて赤面する。しかし、何が起こったのかまだよくわからない…一体コイツは何を考えてるんだ…?
男は続ける。
「君は必ず僕の提案をのむさ。」
可奈子は、ドキリと心臓がなった。
藤城は、サッと可奈子から離れると自分の荷物と伝票を持って立ち去った。
「プロポーズしたんだ。今日は、僕が支払いますよ。」
とかなんとか、爽やかな笑顔を無駄に振り撒いて…
可奈子は、しばらく茫然自失でその場に固まっていた。
しかし…
ワナワナと怒りが込み上げてきた。
「なんなんだよーあいつわー!!!ぜっーーったい、結婚なんてするかー!!!」
可奈子は、人目をはばからずキーキーわめいたので、周りは不審がった。
しばらくして周りの冷たい目線に気づき可奈子はハッとして、そそくさと店を後にした。
(くそっ…絶対結婚なんかするか…)
その頃、店をでて後方に可奈子の雄叫びを聞いた藤城は、ククっと笑いながら何処かへ電話をしていた。
藤城は、そのまま可奈子の会社に戻ることはなく、いつの間にかインターン生の名簿から名前が消えていた。
その日の晩、新しい日記にあらゆる不満を書き込み、誰がお前と結婚なんてするかと悪態を吐きながら可奈子は眠りについた。
次の日、可奈子のところへ一通の手紙が送られてくる。
白く、立派な封筒だ。手紙には可愛い小さな薔薇のシールがはってある。
差出人を見ると、【藍田幸子】とある。幸子は、可奈子の高校時代の大親友だ。
学生の頃は、よく可奈子の実家である京都から幸子は、可奈子の一人暮らしのアパートによく遊びにきた。
二人とも昔から所謂コイバナなどから無縁で、ひたすらお互いの趣味の話や将来の夢や部活のことなどを話し合った。
可奈子が腐女子であることも知っていた。幸子は、腐女子ではなかったが漫画が好きで、よく同人誌を書いたりしていたので話はあった。
幸子は、同人誌では飽きたらず、自分でストーリーを設計しオリジナルの漫画を書くようになった。高校をでて、地元の京都で就職しその後も本格的に制作を続けていた。
幸子の描く漫画は、初めては異世界トリップやファンタジーだったが、就職をしたころから作風が変わっていった。
女の子なら誰もが憧れる、素敵な恋愛を描くようになった。そこにはイケメンの王子様やピンチの時にあわてふためく可愛らしいヒロインが登場した。
私は初め、幸子のそのようなベタな恋愛漫画を見て、とても意外に思った。
可奈子といるときはまったく恋愛の話もしないし、幸子に好きな人がいるなんて聞いたことがなかったからだ。
幸子は22歳の時に有名な少女漫画雑誌で、見事大賞を受賞した。今でもその雑誌では幸子の連載が途絶えたことはないというから、すごい人気だ。
私も大学をでて就職し、幸子は漫画の連載で忙しくなってしまい年々疎遠になってしまった。
そして、ここ1、2年は連絡をとっていなかった。(なんだろう?)
封筒を開く。
そこには、嬉しそうに微笑む幸子と優しそうにそんな幸子を見つめる男性が手を繋いだ写真、そして、そんな二人の結婚式の招待状が入っていた。