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第5話 俺の地道な討伐依頼、五百人に見られてた

 翌朝。

 日の出と共に、俺はこっそりと宿屋を抜け出した。

 目指すは、まだ静まり返っているはずの冒険者ギルドの依頼掲示板。目的はただ一つ、誰にも見つかる前に一番地味で泥臭くて報酬の安いやる気のない底辺クエストを受注し、一人で静かに平原で汗を流すことだ。


 さすがに早朝なら人も少ないだろうという目論見は見事に当たり、ギルド内には徹夜明けの数人の冒険者が気怠そうに酒を飲んでいるだけだった。

 俺は足音を忍ばせ、掲示板の一番隅っこに貼られていた一番安い報酬の依頼書をひっぺがす。


『依頼:一角ウサギを五匹討伐。推奨ランク:F』


 よし、これだ。ファンタジー下積み生活の第一歩としては完璧だ。

 スライム狩りは昨日達成できなかったが、正確にはスライムを無視して幹部を消滅させてしまったが、ウサギ狩りなら安全かつ地道にレベル上げができるはずだ。

 俺は依頼書を握りしめ、あくびをしている受付嬢のカウンターへと向かった。


「あの、すみません。これ受注したいんですけど」

「はい、依頼書の確認を……――ひっ!?」


 受付嬢が俺の顔と、ギルドカードに刻まれた『特Sランク』のプラチナの文字を交互に見て、悲鳴のような裏返った声を出した。


「と、とと、特Sランクのレイ様!? な、なぜこのようなFランク駆け出しの雑用任務を!? レイ様であれば、王都周辺のエンシェントドラゴン討伐や、魔将クラスの暗殺といった国家機密任務が推奨されるのですが!」

「いや、俺はウサギがいいんです。どうしても、自力でウサギを五匹倒したいんです。お願いしますから、通してください」

「ひぃぃっ! わ、分かりましたっ! 達人には達人の、常人には測り知れない深いお考えがあってのことなのですね! ただちに手続きをいたします!」


 受付嬢が猛烈なタイピングの速さで震えながらスタンプを押し、俺は無事に一角ウサギ討伐依頼を受注することに成功した。

 ふう、と息を吐きながらギルドを出る。

 これでやっと、誰にも邪魔されない俺だけの王道主人公ライフが始まる。泥まみれになりながらウサギと格闘し、「くっ、なんて素早さだ……一筋縄ではいかない。だが、俺は負けないっ!」と熱いセリフを吐くのだ。


 胸を躍らせながらギルドの重い木製扉を開けた――その瞬間だった。


「お待ちしておりました、師匠!」


 ギルド前の広場に、凄まじい大音量の声が響き渡った。

 純白の鎧を着込んだアリアが、朝日を背にして満面の笑みで待ち構えていた。

 そして絶望的なことに、彼女の背後には、街中の冒険者と早起きの野次馬、さらには手持ちの魔導具で撮影を行っている配信者風の連中が、何百人という規模で群れを成して待機していたのだ。


「レイ様ぁぁっ! こっち向いてください!」

「あの炎上軍の幹部を『草』の一言で空間もろとも消し飛ばした伝説の男!」

「アリア殿が師匠と呼ぶ超大型新人だぞ! 今日はどんな神業を見せてくれるんだ!」


 広場が巨大フェス会場のような熱狂に包まれていた。

 俺は完全にフリーズした。思考が停止した。


「ア、アリア……これ、どういうことだ……?」

「はい! 師匠の底知れないオーラから、早朝から修行に向かわれると読み、ぜひ私にも付き従わせていただこうかと! そして皆様は、師匠の崇高な戦いから何かを学び取りたいと集まった、熱心なフォロワーの皆様です!」


 アリアが目を輝かせて胸を張る。

 ふざけるな。俺は一人でウサギを追いかけ回して汗を流したいだけなんだ。数百人のギャラリーを引き連れてウサギ狩りに行くレベル1が、この世界のどこにいるんだよ。


『うぉw、流石ご主人。隠密行動をとろうとしたら、逆に大衆の期待を煽る結果になっちゃいましたね。視聴者数、既に昨日以上の勢いでリアルタイムで爆上がりしてますよw バズりまくりっすね』


 モックの呑気な冷笑実況を聞きながら、俺は冷や汗を流していた。

 しかし、今さら「やっぱりやめます。恥ずかしいんで帰ります」とは言えない。俺の前世から染み付いた三白眼の素顔が、勝手に『ふっ、ギャラリーなど気にも留めない』という達人の余裕を醸し出してしまうからだ。


 結果。

 俺は数百人の熱狂的な大名行列のもと、拡声器のような声援を背に受けながら街の外にある平原へとやってきた。


「見ろ、標的は初心者の狩場によくいる最弱、一角ウサギだ!」

「特Sランクの達人が、なぜあんな最弱の魔物を相手にするんだ……?」

「バカ野郎、刮目しろ! きっと我々の想像を絶する極意や、何か深い理由を見せてくださるに違いない!」


 ギャラリーが息を呑んで見守る中、俺は冷や汗ダラダラでボロボロの鉄剣を構えた。

 目の前には、ぴょんぴょんと無邪気に跳ねる愛らしい一角ウサギが一匹。

 俺は覚悟を決めた。ここでカッコ悪くてもいい。必死に不様な剣を振って泥臭く戦う姿を見せれば、こいつらも「なんだ、ただの弱い初心者じゃないか。幹部を倒したのも何かのマグレだろ」と呆れて帰ってくれるはずだ。


「いくぞ、ウサギ! 俺の初陣だ! はあああああっ!」


 俺は全力で駆け出し、大上段から剣を振り下ろした。

 しかし、俺のステータスは完全なレベル1。素早い一角ウサギに当たるはずもなく、ウサギはヒョイッと横に避けた。

 それどころか、勢い余った俺は足を見事にもつれさせ、平原の泥水の中へと派手に、清々しいほどぶざまにすっ転んだ。


「ぐわっ……! ぺっ、泥が……」


 無惨に地面を這いつくばる俺。

 完全に終わった。これで俺のメッキは剥がれた。みんな大笑いして、俺を偽物だと罵って帰っていくに違いない。

 そう思って振り向いた俺の耳に飛び込んできたのは――


「うおおおおおおおっ!! すげえええええ!!」

「なんという慈愛!! あえて初撃を空振りし、自ら泥を被ることで、弱き命に逃げる猶予を与えたのだ!」

「しかもあの転び方、完全に無駄な力みが一切ない受け身の極意! 全身の力を極限まで抜いた達人にしかできない自然体の境地だ!」

「私には分かりました……! 師匠は身をもって私に『真の強者こそ、いかなる立場の者にも等しく地を這う泥臭さを忘れてはならない』と教えてくださっているのですね……!」


 信じられないような大歓声と、感動の涙を流すアリアの姿だった。

 何百人もの彼らから放たれる圧倒的なプラスの『観測力』が、黄金の光のオーラとなって平原一帯を包み込んでいく。


 その光景に一番怯えていたのは、他でもない一角ウサギだった。

 何百人もの人間から一斉に放たれる狂気じみた熱狂とプレッシャーの波動に当てられ、ウサギは白目を剥いて、その場にプツンと気絶してしまったのだ。


「おお! 殺気一つ放たず、ただそこにある『王者の覇気』だけで魔物を気絶させたぞ!」

「剣すら振るわぬ平和の体現者! これこそが特Sランクの実力! レイ様万歳!」


 割れんばかりの拍手と歓声が平原に轟く。


 俺は泥まみれの顔を両手で覆い、心の中で血の涙を流していた。

 違う、俺は本当にただ空振りしてすっ転んだだけなんだ。

 なんでウサギを一匹気絶させただけで、伝説の偉人みたいなことになってんだよ! だれか俺の平凡で泥臭い冒険者ライフを返してくれえええっ!


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