第4話 なんで特Sランクになってるんですか
冒険者の街『アステル』。
初心者から熟練者までが集まる活気あるこの街の巨大な石造りの正門をくぐった瞬間から、俺は強烈な違和感に襲われていた。
いや、違和感どころではない。明確な異変だ。
「おい、あいつか……? 魔導掲示板で今一番バズってるっていう、謎の凄腕……」
「ああ、あのボロボロの装備。間違いない。スライム狩りの初心者を装って、実は『炎上軍』の武闘派幹部をワンパンで消し飛ばしたっていう謎の達人だ」
「マジかよ、あの装備で幹部クラスを? 底知れねえ……。俺たちの常識では測れない。あえて極限のハンデを背負って戦うとか、どんだけ強者の余裕なんだよ……!」
すれ違う冒険者たちが足を止め、チラチラとこちらを盗み見ながらひそひそと囁き合っている。
無数の畏敬の視線。
前世の俺なら、これだけ見知らぬ他人に注目されれば即座に発狂して、部屋のすみに戻って毛布を被って丸まっていたに違いない。今でも胃がキリキリと痛む思いだ。
「……なぁモック。なんで俺、こんなに街中からガン見されてるんだ? 俺、前世で何か犯罪でもしたか?」
『ウケる、まだ現実逃避してたんですかご主人。さっきアリアの脳筋娘が言ってたじゃないですか。昨日のトロール・ベルセルク討伐の瞬間、あの辺境の森の監視システムが作動して全世界の魔導掲示板にライブ配信されてたんですよ。今やご主人は、たった一晩でフォロワー数十万を抱える超大型新人インフルエンサーっすよw おめでとうご・ざ・い・ま・す!』
「笑い事じゃねえええ!」
モックの嘲笑するような言葉に、俺は手元のスマホ型魔導具――ギルドカードを恐る恐る確認した。
そこには、昨日の朝まで『0』だったフォロワー数の欄に、『324,501』というとんでもない数字が燦然と輝いていた。しかも、更新ボタンを押すたびに数百単位で増え続けている。通知のバイブレーションが鳴り止まない。
「嘘だろ……。ふざけんなよ……俺はただ、Fランクから地道にレベル上げして、仲間と絆を深めて、ちょっとずつ名声を高めていく泥臭い王道の物語をやりたかったのに……」
「レイ様! いらっしゃいましたか!」
絶望のどん底で膝から崩れ落ちそうになった俺の背中を、バン!と力強く叩いたのは、すっかり俺を「師匠」扱いしているSランク勇者、アリアだった。
朝日に照らされ、彼女の輝かしい笑顔の奥には、俺への絶対的な信頼というか、もはや取り憑かれたような盲信に近い思い込みが宿っている。
「アリア……お前、俺がそういうの嫌いというか、目立ちたくないって分かってるよな?」
「はい! レイ様が名声などというちっぽけなものに一切の興味を抱いていないことは重々承知しております! ですが、冒険者ギルドも流石にこの事態を看過できないようで。なんと、ギルドマスターが直々に、レイ様とお話ししたいと中でお待ちです!」
「なんでギルドマスターが出てくるんだよ!? 俺、初日だぞ!?」
アリアに背中をグイグイと押され、半ば強制的に冒険者ギルドの貴賓室へと連行される。
そこにドカッと偉そうに座っていたのは、歴戦の猛者といった風貌の、筋骨隆々で無数の傷跡を持つアステル支部ギルドマスターだった。
「おお! よくぞ来てくれた、謎の達人殿! いや、本名はレイ殿と呼ばせてもらおうか!」
「あの、俺は本当にただのレベル1でして……その、森での出来事も何かの間違いで……」
「ガッハッハ! またまたご冗談を! 魔導掲示板にアップされたあの映像、ワシも何度も穴が開くほど拝見したぞ! 幹部の必殺技を完全に無効化し、剣すら抜かずに概念ごと消滅させるあの神業! 紛れもなく、世界に数人といない超一流の絶技よ!」
ギルドマスターは分厚いオーク材の机をバンバンと叩いて大爆笑している。
俺の顔はすっかり引きつっていた。だからあれはスキルの暴走で、ただ「草」って言っただけなんだってば。俺のステータス画面を見せてやりたい。
「あの、それで俺が今日わざわざ呼ばれたのは……?」
「うむ! 我が国のギルドの取り決めとして、冒険者のランクは『どれだけ民衆から注目され、”観測力”を集めているか』で決定される。これは知っておるな?」
「はい、まあ……噂には」
「お主の現在のフォロワー数は、たった一日で三十万オーバー。しかも、そのほとんどが熱狂的で純粋な『プラスの観測力』じゃ。炎上による一時的な数字とはワケが違う。この数字と実力を、Fランクなどという最底辺に置いておくわけにはいかん! よって、ギルド本部の特別権限により、レイ殿を飛び級で『特Sランク』に認定する!」
バンッ!と机の上に恭しく置かれたのは、プラチナの輝きを放ち、周囲の光を集めてキラキラと輝く、あまりにも悪趣味でド派手な『特Sランク』のギルドエンブレムだった。
「……は?」
「特Sランクは国に数人しかおらん、冒険者としての最高名誉じゃ! あのアリアですら今はまだただのSランクじゃからな。これを持っていれば、国中のどこへ行ってもVIP待遇間違いなしじゃし、税金は免除、国庫からの莫大な支援金も出るぞ!」
「いや、いらないです。俺、Fランクがいいです。一番下からコツコツやりたいんで」
俺は即座に突き返した。
王道ファンタジーの醍醐味は、スライムやゴブリンを倒して小銭を稼ぎ、少しずつ強くなり、ギルドの受付嬢に「おめでとうございます、Eランクに昇格ですね!」と言われるあの達成感にあるのだ。いきなり特Sランクなんて貰ってしまったら、俺の夢見た泥臭いファンタジー生活が一瞬で終わってしまう。強くてニューゲームにすらなっていない。全クリのセーブデータを渡されたようなものだ。
しかし、俺の斜に構えたデフォルトの三白眼と低音ボイスによる拒絶は、またもや最悪のアクシデントを引き起こした。
「……なんと」
ギルドマスターは、まるで伝説の聖人や賢者でも見るかのように息を呑んだ。
「地位も名誉も、特Sランクの特権すらも、一顧だにしないと言うのか……! ワシは、ワシは恥ずかしいぞ。お主のような真の強者を、ちっぽけな『ランク』などという俗物的な枠組みで縛り付けようとしておったとは……!」
「えっ、いや、違」
「さすがは我が師匠です! やはりレイ様の強さと誇りは、フォロワー数などという浅ましい数字や地位で測れるものではありません!」
アリアまで横から感動の涙を目に浮かべて参戦してくる。
お前ら、頼むから人の話を少しはまともに聞いてくれ。
「分かった! レイ殿の崇高な意志は尊重しよう! だが、システム上、どうしても特Sランクへの強制登録は解除できんのじゃ! どうか名義と、このメダルだけでも受け取ってくれ! この通りじゃ!」
何千人もの荒くれ者を束ねるギルドマスターが、まさかの土下座級の勢いで頭を下げてきた。
世界を救う勇者でも何でもない俺なんかに、お偉いさんが頭を下げるなんて。
「あー、もう……分かりましたよ。受け取りますから、頭を上げてください……」
俺がため息混じりにプラチナのエンブレムを受け取ると、ギルドマスターとアリアはパァァッと顔を輝かせた。
『うぉw、おめでとうございますご主人! 異世界転生二日目にして、権力も名誉もあっさりカンスト! 資金繰りの苦労もなし! これで働かなくても死ぬまで一生遊んで暮らせますやん! まさに勝ち組!』
モックの能天気で皮肉めいた声に、俺は絶望的な気分のまま心の中で言い返した。
ふざけんな。俺は一生懸命汗水たらして働きたいんだよ。下積み生活という一番美味い部分をすっ飛ばして特Sランクになんかさせられて、これから俺はどうやって泥臭い主人公ライフを送ればいいんだ……!
歓喜に沸くギルドマスター室の真ん中で、俺だけが一人、底知れぬ虚無感に包まれていた。




