第25話 武闘大会、棄権しようとしたら「師の謙虚さに感涙」と実況された
アステルの街を出発して数日。
俺たちは無事に(精神的にはボロボロになりながら)王都へと到着した。
王都の中心にそびえ立つ巨大なコロシアムでは、すでに『建国記念エキシビション武闘大会』の開催を祝う熱狂が渦巻いていた。
「すげえ人だ……俺、もう帰っていいかな」
「何を弱気なことを仰っているのですか、レイ様!ここはレイ様のお力を世界に示す最高の舞台!さあ、胸を張って控え室へ向かいましょう!」
「マスター、周囲の観念的な視線を遮断する『認識阻害結界』を展開しましょうか?愚民の視線など、マスターには不快なだけでしょう」
両脇をアリアとセラに固められながら、俺はドナドナと売られていく仔牛のような気分で闘技場の関係者入口へと引きずり込まれていった。
控え室に入ると、そこにはいかにも強そうな、傷だらけの屈強な戦士たちがひしめき合っていた。
「おい見ろよ……ありゃあ、Sランク勇者のアリア・シャインハートだぞ」
「隣の女……まさか、元魔将の『無冠の城壁』じゃねえか!?なんでこんな所に!?」
「ってことは、あの真ん中にいるヒョロい男が……噂の『アステルの英雄』か……!」
控え室中の視線が一斉に俺に突き刺さる。
アリアとセラという、作中最強クラスの女二人を従えている時点で、俺のハードルはすでに宇宙の果てまでブチ上がっている。
レベル1の初期装備(なまくら剣)という俺の姿は、彼らの目には『あえてハンデを背負った、底知れない強者の余裕』として映っているようだった。
——なんとかして逃げなければ。
俺は素早く状況を分析した。今なら、大会運営のスタッフに「急病につき棄権したい」と申し出れば、まだ辞退できるかもしれない。
「あの、すみません。本日、諸事情により棄権させていただきたいのですが……」
俺が大会スタッフに向かってそっと申し出た——その瞬間だった。
「な、なんと……!!」
スタッフが絶句し、その声が控え室の他の選手たちにまで届いてしまった。
「聞いたか……!アステルの英雄が、今この段階で棄権を申し出た!」
「つ、つまり……!自分が出場するだけで大会の価値が低下する。他の参加者が霞んでしまう——そんな強者として当然の配慮だとでも言うのか……!?」
「なんたる謙虚さ……!さすが、真の強者は自らを誇示しない……!!」
実況席からも、すかさず魔法音声が響き渡った。
『——おっと、ここで驚愕の情報が!アステルの英雄・レイ選手がなんと棄権を申し出たとの情報が入ってきました!自らの実力が他の参加者を委縮させることを慮る、その師ならではの謙虚さに、解説の私は感涙せずにはいられません……!!』
「なんでそうなるんだよ!!」
控え室全体から「おおおお……!」と感嘆のどよめきが上がり、中には涙を拭いている選手さえいる。
「レイ様、ご安心ください。あなたの謙虚なお気持ちは、私が責任を持って世に伝えます!」
「マスター。これだけ観測力が集まってしまっては、もはや棄権する方が難しい。出場した方がスムーズに終わりますよ」
アリアが感動した目で、セラが冷静に現状分析で、それぞれ俺の肩を叩いた。
「……棄権しようとしたら、棄権できなくなったんだが」
『うぉwご主人の「逃げます」が「謙虚な強者のポーズ」になってる件について、もはや誰も止められないっすねw』
モックのジト目がひときわ痛い。
俺は深い深いため息をつきながら、なまくら剣を握り直した。
……どうせ、一回戦で情けなく負ければいいだけだ。そうすれば全部終わる。
「レイ様、第一回戦の相手が決まりました。……『炎上配信者パーティー・バズラーズ』ですね」
アリアが見せてくれたトーナメント表には、いかにも胡散臭い名前が書かれていた。
「彼らは最近、手段を選ばない過激な戦法で『観測力』を荒稼ぎしている迷惑系冒険者です。対戦相手を侮辱し、観客を煽ることで自己強化を行う卑劣な連中……。レイ様、私が一瞬で塵にしてまいりましょうか?」
「いや、俺の試合だから俺が出るよ。……それにしても、炎上配信者か」
前世でネットに張り付いていた俺にとって、それは最も親しみのある(そして嫌悪すべき)人種だった。
なるほど、この世界の魔法システムは『注目度=魔力』。
だとすれば、炎上商法でヘイトを集めるのも、立派な魔力供給源になるというわけか。
『うぉwご主人、相手は厄介な炎上厨っすね!でもご主人なら、絶対に【冷笑】で完封できるっすよ!なんてったって、ご主人はネット弁慶のプロっすからね!』
「うるさいぞモック。……でもまあ、そういう相手なら、少しは気が楽かもな」
俺はため息をつきながら、出番を待つためベンチに座った。
……どうせ、適当に煽られて、適当に負けたふりをして帰ればいい。
炎上配信者相手なら、俺が情けなく負ける姿を喜んで配信してくれるだろう。そうすれば、俺の無駄に上がりすぎた名声も地に落ちて、また平和な下積み生活に戻れるかもしれない。
「よし……作戦は決まった。徹底的に無様に負けるぞ!」
俺の心の中に、一筋の希望の光が差し込んだ瞬間だった。
しかし、俺のそんな思惑など、横にいる二人のヒロイン(と、俺自身の厄介なスキル)の前では、あまりにも無力であることを、数十分後に思い知らされることになるのだった。




