第12話 絶対に自陣を破られない女
「ふざけるな! たかが一人の幹部の結界など、我々の力で叩き割ってくれるわッ!総員、構え!一斉射撃開始!!」
騎士団長が血を吐くような号令をかけ、百五十人の精鋭騎士が一斉に強力な魔法や魔導弓を放った。
炎の嵐、氷の槍、雷の矢、無数の中級・上級攻撃魔法が、空を覆うほどのすさまじい弾幕となって空中に浮かぶセラ・ヴォイドへと殺到する。
特Sランク冒険者が揃う王国騎士団の飽和攻撃だ。これほどの火力を集中させられれば、並の魔族や巨大魔獣であれば数秒で跡形もなく消し飛ぶだろう。
だが。
――カキィィンッ!! パキィィィンッ!!!
すべての攻撃は、セラから十メートルほど離れた空間に展開された見えない壁に弾かれ、チリ一つ残さず霧散してしまった。
爆発の閃光すらも結界の内側へは届かず、表面を滑るようにして消滅していく。
「な、なんだと!?」
「我々の全力の魔法が……傷一つ、いや揺らぎ一つ起こせないというのか!?」
「無駄よ。私の【無限結界】は、世界へのあらゆる干渉を問答無用で遮断する絶対の盾。どんな強力な魔法も、どんな物理攻撃も、決して私には届かない。諦めなさい」
セラの事務的で無感情な宣告。
彼女は指一本動かしていない。ただ宙に浮き、結界の維持に努めているだけだ。
騎士団による第二射、第三射の追撃も全て虚空の壁で弾かれ、ダメージはおろか魔力すら一切通っている気配がない。
「下がってください、団長!騎士団の皆様の魔力を温存してください!私の全開の光の聖剣なら、どんな邪悪な障壁も切り裂いてみせます……!」
アリアが前に躍り出た。
彼女の身の丈ほどもある聖剣が、太陽の光を集めてまばゆく輝き始める。Sランク勇者としての彼女の全魔力と、周囲の騎士団たちからの信頼という『プラスの観測力』を一つに束ねた、紛れもない必殺の一撃。
「『聖なる輝きの覇剣』ッ!!!」
轟音と共に、極太の光のレーザーが真っ直ぐにセラを直撃――したかに見えた。
周囲が純白の光に包まれ、誰もが結界の崩壊を確信した。
しかし、眩い光が次第に収まり、視界が晴れた後。そこには、煤一つついていない、今までと全く同じ無表情のセラの姿があった。
結界には、かすり傷一つついていない。
「嘘……私の最大出力の聖剣が、かすりもしないなんて……そんな、馬鹿な……!」
アリアが絶望に顔を青ざめさせ、ガクリと膝をついた。
俺は彼女の後ろで、あまりのチート結界の理不尽さに全身の血の気が引いていた。
いやいやいや、なんだあの理不尽バリア。攻撃力最強の勇者の必殺技を無傷で受け止めるとか、ファンタジー世界のパワーバランスが完全に崩壊してるだろ。ゲームだったら絶対クソゲー呼ばわりされるレベルの強制負けイベントだ。
あんなの絶対に勝てない。俺が木の棒でスライムを叩いてレベル上げするとか、そんなスケールの騒ぎじゃない。
「これが絶望よ、アステルの民。この結界から出ることは誰にもできない。このまま外からの物資を絶たれた結界の中に閉じ込められたまま、恐怖と飢餓に震えながら朽ち果てるがいいわ」
セラは静かに宣言し、空中で結界の出力を維持し始めた。
圧倒的な防壁を前に、アステルの街は完全な籠城戦、いや、一方的な包囲戦へと追い込まれることになった。
* * *
それから三日が経過した。
街の正門から続く平原の空には、依然として黒髪の少女、炎上軍第三幹部のセラ・ヴォイドが、ただ無表情で宙に浮き続けていた。
「くそっ、また弾かれた!魔力切れだ!ポーションを持って来い!」
「魔法陣からの合同砲撃もダメだ!どんな大質量魔法を叩き込んでも、傷一つ、揺らぎ一つ起きないぞ!どうなっているんだあいつは!」
王国騎士団は交代制で不眠不休の攻撃を続けていた。
数百人による一斉魔法射撃。大型の魔導砲による砲撃。精鋭たちによる空からの突撃魔法斬り。
思いつく限りのあらゆる手段が講じられたが、全ては彼女の周囲に展開された見えない壁――【無限結界】の前では虚無に過ぎなかった。
波打ち際で巨大な岩を叩く波のように、俺たちの攻撃は空しく砕け散るだけだ。限界を超えた騎士たちが次々と倒れ、治療院へと運ばれていく。
「はあ、はあ……っ。まだよ、まだアステルの光は消させない……!」
アリアも額に大粒の汗を浮かべ、肩で激しく息をしている。休むことなく剣を振るい続けた彼女の手は、すでに限界を迎えて震えていた。
この三日間で何度最大出力の聖剣を振り下ろしたか分からない。だが、彼女の放つ神聖な一撃すらも、セラの結界の前にただ虚しく弾き返されるだけだった。
「無駄な努力ご苦労様。私の結界は絶対に破れない。おとなしく抗うのをやめて降伏し、お前たちのその負の観測力を炎上軍に捧げなさい。そうすれば、苦しまずに済むわ」
セラは上空から限界を迎えた騎士たちを見下ろし、事務的な冷たい声で言い放つ。
この三日間、彼女はただの一度も攻撃魔法を放っていない。ただじっと結界の中にとどまり、防衛し続けているだけだ。
しかし、その「絶対に手を出せない」という不可侵の絶対性が、ジワジワとアステルの人々の心を折り、精神を深く疲弊させていた。
物理的な物流が完全に止まり、街の食糧はじりじりと減少を始めている。先の見えない幽閉生活に、街のあちこちで暴動や買い占めが起き、パニックと絶望という名の『負の観測力』がどんどんと蓄積され始めていた。
炎上軍の目論見通り、アステルは内側から崩壊を迎えようとしていたのである。




