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第9話 こんなベタな罠、前世で腐るほど見たわ

 石造りのボス部屋に、ドス黒い瘴気と三つ首の魔犬――地獄の業火を纏った上位魔獣ケルベロスの獰猛な唸り声がこだましていた。

 初心者ダンジョンの最奥だというのに、どうしてこんなバケモノが湧いているのか。

 答えは明白だ。『炎上軍』が若き初心者の芽を摘むために、悪質な「初心者狩り」のトラップを仕掛けていたのだ。


「グルルルルル……ッ」

「おいおい、冗談だろ……」


 俺は腰を抜かしそうになるのを必死で堪え、手汗で滑りそうな鉄剣を震える両手でギュッと握り直した。

 レベル1のステータスでは、ケルベロスの垂らすマグマのよだれが床を溶かす熱気だけで、顔の皮膚が焼け焦げそうなくらいにヒリヒリしている。

 背後の入り口は、黒い炎の壁によって完全に塞がれてしまった。

 アリアたちを待機させたのは完全に裏目に出た。誰にも邪魔されずにスライムと戦いたかったという俺の浅はかな願望が、自らを完全な密室のデスマッチへと追い込んでしまったのだ。


「来るなら来い……! 俺は一歩も引かないぞ!」


 俺の声は完全に上ずっていた。

 ケルベロスは、その巨大な三つの首を同時に動かし、獲物をいたぶるような残忍な光を瞳に浮かべた。

 奴が床を蹴ろうと後脚に力を込めたその瞬間、魔法陣がさらに眩く発光し、頭上から赤い炎の雨が降り注いできた。

 炎の矢、落石、そして出口を封鎖する火炎の壁。

 これは、前世のRPGやクソゲーで親の顔より見た「初心者殺しの初見殺しトラップ」の典型的なコンボだ。


「っ……!」


 俺は反射的に逃げようとしたが、炎の矢と魔犬の突進に完全に逃げ場を塞がれていた。

 どこへ動いても死ぬ。回避不能の全方位攻撃だ。

 俺の心臓は警鐘を鳴らし、絶望感が脳を支配しようとした。


 ――その時だった。

 死の恐怖で完全に固まったはずの俺の口角が、またしてもピクリと、そして俺の意志をガン無視して、ニィィィッと嘲るような三日月型に吊り上がったのだ。


 神様から与えられた呪いのユニークスキル【冷笑】。

 周囲の状況が「痛々しい」「見ていて恥ずかしい」と判断した瞬間、あるいは俺自身の恐怖や焦りすらも「必死すぎて見苦しい」と冷笑することで、一切の感情を強制シャットダウンさせる理不尽スキルだ。


「……ふっ」


 俺の口から漏れたのは、恐怖の悲鳴ではなく、呆れ果てたような薄ら笑いだった。


「閉じ込めトラップからの全方位炎魔法に、高レベル魔獣の突進コンボねえ。こんな前時代的でベタな初見殺しトラップ、前世のクソゲーで腐るほど見たわ」

「……ガ?」


 ケルベロスが一瞬、信じられないものを見たかのように動きを止めた。

 俺の三白眼は見下すように細められ、絶対零度の冷徹な声が洞窟内に響き渡る。


「作り手の底が知れるな。こんな陳腐なギミックでドヤ顔してる『炎上軍』の連中、おつむのレベルが低すぎて引くわ。テンプレながぞって何が楽しいの? 少しは頭使ってクリエイティブになれよ」


 瞬間。

 ピキッ、パキンッ!


 部屋全体を覆っていた『炎上軍の罠としての威厳』と、初心者狩りという『残忍な恐怖の文脈』が、俺の放ったメタ的なダメ出しと嘲笑によって概念レベルで完全に粉砕された。

 「ベタで陳腐だ」と看破されたことで、罠の仕組みを支えていた『負の観測力』が意味を失い、自壊を始めたのだ。


 バリィィィィンッ!!


 降り注いでいた炎の矢は空中で弾け飛び、出口を塞いでいた火炎の壁は風が吹いたかのように一瞬で鎮火した。

 ケルベロスの纏っていた地獄の業火すらも、バケツで水を被ったようにシュゥゥッとしぼんでいく。


「キャイィィィン!?」


 恐怖の化身だったはずのケルベロスが、まるで怒られた子犬のように尻尾を巻き、キュゥンと情けない鳴き声を上げた。

 「自分たちの悪辣なトラップが、ただの陳腐で恥ずかしい古典的手法である」と冷笑されたことで、存在意義である『観測力』を完全に奪われてしまったのだ。

 ケルベロスはブルブルと震えると、魔界へのゲートを自ら開き、「もう帰りたい」と言わんばかりの勢いで逃げ帰っていった。

 ポンッ、と軽い音と共にゲートが閉じ、後には静寂と平穏な石造りの部屋だけが残された。


「……嘘だろ」


 俺はただ、持っていた鉄剣を一度も振るうことなく立ち尽くしていた。

 トラップは解除され、ボスは逃亡した。俺に経験値は入っていない。

 俺は額に少しだけ滲んだ冷や汗を拭いながら、激しく頭を抱えた。


 なんでだよ! なんでただマジレスでダメ出ししただけで、ダンジョンのギミックごと崩壊すんだよ! 炎上軍はどうなってんだ、そんなメンタル弱くてよく世界征服なんて企んでるな!

 俺はただ、ギリギリの恐怖の中で泥臭く足掻きたかっただけなのに!


『うぉw、流石ご主人。敵の精魂込めたデス・トラップを「ベタすぎて引くわ」の一言で全否定して強制解除。炎上軍のクソギミック制作者のメンタルをへし折る、魔王顔負けの冷酷無比なレスバトル。完全に盤外戦術っすね、痺れます!』


 モックの呑気な実況を聞きながら。

 俺の王道ファンタジーの夢は、今回も無残に砕け散るのだった。


 なお、この日の恐ろしい事実が一つある。

 このダンジョンで「炎上軍の仕掛けたトラップが、一人の冒険者の言葉一言で崩壊した」という衝撃の報告が、ギルドを通じて世界中の魔導掲示板を駆け巡ることになる。

 さらなる炎上の風向が、俺に向かって吹いていた。

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