まだ存在していなかった一行
何でも書ける気がしていた。
けれど、思いつくことなど、驚くほど狭い場所を巡っているだけだった。
押し込まれた知識は、地中の石のように沈んでいる。
掘り起こそうとしても、指先に触れるのは輪郭だけで、形までは掴めない。
好きでもないことを書こうとすると、文字はすぐに乾く。
だから私は、目に入ったものや、耳に触れたもの、
その日に心の表面をかすめた感覚だけを書いているのだと思っていた。
だが、どうやら違う。
どれだけ精巧に物語を設計しても、
書き始めた瞬間、それは静かに逸れていく。
最初に決めた終着点には、決して辿り着かない。
代わりに、別の何かが生まれ始める。
それは考えていたものではなく、
書いている最中にだけ発生するものだった。
文字を置いた、その直後。
次の一行が、まだ存在していなかった場所から、滲み出てくる。
たとえば、終盤で主人公が覚醒する物語。
そういう形を望んでいたはずなのに、
文字はそこへ向かわない。
王道に沿おうとするたび、
見えないところで別の流れが生まれ、
物語は、答えのない方へと傾いていく。
カタルシスのある物語を書きたい。
幾度もそう思っている。
読み終えたあと、世界の歪みがわずかに戻るような物語を。
けれど、そこへ向かおうとした瞬間、
文字は動かなくなる。
そのとき、ようやく気付いた。
考えても、何も生まれていない。
私にとって思考とは、頭の中にあるものではなかった。
文字になった瞬間にだけ、それは初めて存在を持つ。
思考とは文字起こしだ。
頭の中に浮かぶ言葉は、形を持たない。
ただ濁ったまま、沈んでいる。
文字にすると、輪郭が生まれる。
そしてその輪郭は、次の輪郭を呼び寄せる。
この文章も、最初はただの断片だった。
意味を持たない行が、無秩序に並んでいただけだった。
だが、並べられた文字同士が触れ合うとき、
そこに予期しない接続が生まれる。
その瞬間、
まだ存在していなかったはずの一行が、ふっと現れる。考える前に文字に起こされていく。
それは、私が考えたものではない。
文字が、次の文字を呼び寄せた結果だ。
私はただ、それを見ている。
そして、その瞬間を待っている。
頭の中ではなく、
文字の上でだけ、思考は呼吸を始める。
次の一行が、まだ何もない場所から、
生まれ落ちてくる、その瞬間のために。




