転生者、全員顔見知りでした
俺が「あの顔、どこかで見たことがある」と思い始めたのは、この世界に来て三年目のことだった。
王都の中央市場で商人として店を構え、毎日顔を合わせる客の中に、なんとも言えない既視感を覚える人間が何人かいた。
最初は気のせいだと思っていた。
異世界に転生してからというもの、前世の記憶は夢のように曖昧になることが多い。顔を覚えるのが得意だった俺でも、もう日本にいた頃の知人の顔はぼんやりとしか思い出せない。
だからきっと、似た顔の人がいるだけなんだろう。
そう自分に言い聞かせていた。
けれど、その日——転生者互助会の月例会に初めて参加した日、俺の中で引っかかっていた違和感が、一気に形を持った。
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転生者互助会。
その名の通り、異世界に転生してきた日本人たちが情報交換をする集まりだ。王都新聞の記者が発起人らしく、孤立しがちな転生者たちを繋げる活動をしているという。
「佐々木さん、初参加ですよね。ようこそ」
世話役らしい男性に案内されて、俺は酒場の奥の個室に通された。
すでに十人ほどが席についている。
その中の一人——茶色い髪の若い女性と目が合った瞬間、俺の心臓が跳ねた。
(この人……絶対に見たことがある)
彼女も俺を見て、一瞬目を見開いた。
「あの、失礼ですが……どこかでお会いしたことありませんか?」
俺が声をかけると、彼女は困ったように首を傾げた。
「私もそう思ったんです。でも、思い出せなくて……」
「俺は佐々木健一。前世は営業やってました」
「山田美咲です。大学生でした」
握手を交わしながら、俺は必死に記憶を探る。大学生。営業先で会った? いや、違う。もっと別の場所で——
「おや、新顔かな」
穏やかな声が割って入った。
白髪の老紳士が、杖をつきながらこちらに歩いてくる。
その顔を見た瞬間、俺の中で何かがカチリと嵌まった。
(この人も、見たことがある)
「田中誠といいます。こちらでは図書館の司書をしておりましてな」
老紳士は穏やかに微笑んだ。
「前世は定年退職して、のんびり過ごしておりました。まさかこんな形で第二の人生を送ることになるとは」
「田中さん……」
山田さんが、俺と同じ表情を浮かべていた。
「私も、田中さんのこと、見覚えがあるんです」
「ほう、そうですか。私も実は、お二人の顔に見覚えがあるのですよ」
三人で顔を見合わせる。
そのとき、個室の扉が勢いよく開いた。
「すみません、遅れました!」
駆け込んできたのは、十代後半くらいの少年だった。冒険者風の軽装で、腰に短剣を差している。
俺たち三人は、同時に息を呑んだ。
「……お前も、か」
少年——鈴木翔太は、俺たちの視線に気づいて足を止めた。
「え、なんですか? 俺、何かやりました?」
「いや、そうじゃなくて……」
俺は言葉を選びながら、慎重に尋ねた。
「お前、俺たちの顔に見覚えないか?」
翔太は目をしばたたかせ、俺たち三人の顔を順番に見た。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……ある、かも。なんか、初めて会った気がしないっていうか」
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四人でテーブルを囲み、俺たちは記憶を擦り合わせ始めた。
「お互いのことを知っているのに、いつ会ったか思い出せない。これって何なんでしょう」
山田さんが困惑した顔で言う。
「前世で会ったとしか思えないんですが、接点がまったく思い出せません」
「大学も違うし、仕事で会ったわけでもないですよね」
「俺は高校生だったんで、たぶん仕事関係じゃないです」
翔太が首を振る。
俺は腕を組んで考え込んだ。
営業マン、大学生、定年退職者、高校生。年齢も職業もバラバラ。共通点があるとすれば——
「……俺たち全員、転生者だ」
「それはそうですけど」
「いや、そうじゃなくて」
俺は言葉を選びながら続けた。
「転生っていうのは、要するに一度死んでるってことだろ。俺たちが前世で会ったとしたら、それは——」
そこまで言って、俺は自分の記憶を探った。
あの日のことを。
満員電車。朝のラッシュ。スマホで株価をチェックしていた俺。
そして、突然の衝撃。
「——電車だ」
俺の声は、自分でも驚くほど掠れていた。
「俺、電車事故で死んだんだ。山の手線の脱線事故。覚えてる」
沈黙が落ちた。
田中さんが、静かに口を開いた。
「……私も、電車でした。朝刊を読んでいたら、急に車体が傾いて」
「私も」
山田さんが震える声で言った。
「スマホで友達にLINEしてたら、いきなり……」
「俺も電車っす」
翔太が青ざめた顔で続ける。
「音楽聴いてて、気づいたら真っ白い部屋にいて、女神様がいて……」
四人の視線が交差した。
俺の頭の中で、ぼんやりとした映像が形を取り始める。
満員電車。俺の斜め前に座っていた老紳士——新聞を読んでいた。
吊り革につかまっていた女子大生——スマホの画面を見つめていた。
ドア付近に立っていた高校生——イヤホンのコードが耳から垂れていた。
「……同じ車両だったんだ」
俺は呟いた。
「俺たち、同じ車両に乗ってた。だから顔を覚えてたんだ」
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その日から、俺たちは何度も集まって記憶を突き合わせた。
田中さんが図書館で見つけてきた新聞の切り抜き——といっても異世界の図書館に日本の新聞があるはずもなく、彼の記憶を頼りに再構成したものだが——によると、あの事故は「N線S駅付近脱線事故」と呼ばれているらしい。
「死者二十三名」
田中さんが静かに言った。
「乗客と運転士を含めて、二十三名が亡くなった」
「それって、俺たち以外にも転生者がいるってことですか」
翔太が身を乗り出す。
「可能性はありますね。同じ車両にいた人が、同じ世界に転生しているなら」
山田さんは考え込みながら続けた。
「でも、なんで同じ世界なんでしょう。偶然にしては出来すぎてませんか?」
「……ツクヨ様に聞いてみるしかないな」
俺は言った。
ツクヨ——転生を司る女神。俺たち全員が、転生の際に彼女と会っている。
「俺が転生したとき、ツクヨ様は何か言ってたか?」
「うーん……『お好きな世界をお選びください』って言われて、なんとなく中世ファンタジーっぽいのを選んだ記憶はあるんですけど」
翔太が首を捻る。
「同じです。私も選択肢を見せられて、この世界を選びました」
山田さんも頷く。
「私もですな。まあ、この歳で冒険は無理ですから、のんびり暮らせそうなこの世界を」
田中さんが微笑む。
「……選択肢が同じだった可能性は?」
俺は推測を口にした。
「同じ事故で死んだ人間だけに表示される、限定的な選択肢があったとしたら。俺たち全員が同じ世界を選んだのは、偶然じゃなくて必然だったのかもしれない」
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その夜、俺は店を閉めた後で、一人で夜空を見上げていた。
この世界の星座は、日本で見たものとは違う。最初は寂しかったが、三年も経てば慣れるものだ。
「佐々木さん」
振り返ると、山田さんが立っていた。
「眠れなくて、散歩してたら明かりが見えたので」
「ああ、俺も考え事してた」
二人で並んで、星を眺める。
「……ツクヨ様のこと、調べてみたんです」
山田さんがぽつりと言った。
「この世界の神話とか、図書館の文献とか。そうしたら、面白いことがわかって」
「なんだ?」
「ツクヨ様って、縁結びの神様でもあるらしいんです。人と人の縁を繋ぐ——特に、強い縁を持つ人同士を引き合わせる力があるって」
俺は山田さんの横顔を見た。
「……俺たちに、強い縁があったってことか?」
「分かりません。でも、同じ電車に乗り合わせて、同じ瞬間に死んで、同じ世界に来た。それって、すごく強い縁じゃないですか?」
山田さんは少し笑った。
「前世では一言も話したことなかったのに、今こうして話してるのって、不思議ですよね」
「……確かにな」
俺も笑った。
あの日、俺たちは同じ車両にいた。でも、誰とも目を合わせず、誰とも言葉を交わさなかった。
満員電車の中で、俺たちは完全な他人だった。
それが今、こうして名前を呼び合い、記憶を分かち合い、同じ星を見上げている。
「偶然だったとしても」
俺は言った。
「今こうして繋がってるのは、偶然じゃないと思う」
山田さんが俺を見上げた。
「同じ事故で死んだから仲間、っていうのは変かもしれないけど。でも、この世界で俺たちが出会ったのは、きっと意味があるんだ」
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翌週の互助会で、俺たちは四人で正式にグループを作ることにした。
名前は「七号車の会」。
俺たちが乗っていた車両の番号だ。田中さんがうっすら覚えていたのを、みんなで検証した結果だ。
「他にも同じ事故の転生者がいるかもしれない」
田中さんが言った。
「見つけたら、声をかけてみましょう。仲間は多い方がいい」
「俺、冒険でいろんな町に行くんで、探してみます」
翔太が張り切って言う。
「私は転生者相談所に情報提供しておきます。同じ事故の人がいたら、繋いでもらえるように」
山田さんも続いた。
俺は三人の顔を見回した。
前世では、電車の中ですれ違っただけの他人。
今は、この世界でたった四人だけの、運命共同体。
「……なあ、一つだけ確認させてくれ」
俺は照れくさそうに切り出した。
「前世で最後に見た光景、覚えてるか?」
三人は顔を見合わせた。
「窓の外が、すごい勢いで流れてたのは覚えてます」
翔太が言った。
「私は、手に持ってたスマホが飛んでいくのが見えました」
山田さんが続ける。
「私は——新聞の株式欄でしたな。最後まで読もうとしていた」
田中さんが苦笑する。
俺は頷いた。
「俺は、隣に立ってた人の背中だ。スーツの皺を見てた。それが最後の記憶」
沈黙が落ちた。
でも、重い沈黙じゃなかった。
「……あの瞬間、俺たちは確かに同じ場所にいたんだな」
俺は言った。
「それだけは、確かなんだ」
---
帰り道、俺は一人で歩きながら考えていた。
あの事故がなければ、俺たちは一生出会わなかった。
電車ですれ違うだけの、完全な他人として人生を終えていた。
でも今、俺たちは名前を知っている。
過去を分かち合っている。
未来を一緒に歩こうとしている。
(これが、縁ってやつか)
ツクヨ様が俺たちを同じ世界に送った理由は、たぶん永遠に分からない。
神様の気まぐれかもしれないし、何か深い意図があるのかもしれない。
でも、理由なんてどうでもよかった。
大事なのは、俺たちがここにいること。
あの七号車で、隣り合わせだった四人が、今こうして繋がっていること。
「——ただいま」
誰もいない店に向かって、俺は呟いた。
この世界に来て三年。
初めて、「帰る場所がある」と思えた気がした。
---
翌朝、店を開けると、いつもより早い時間に客が来た。
山田さんと翔太と田中さんが、揃って店の前に立っている。
「朝飯、一緒に食わないかと思って」
翔太が笑った。
「この店、美味しいって評判だったんで」
「……お前ら」
俺は呆れたように笑った。
でも、嬉しかった。
たまらなく、嬉しかった。
「いらっしゃい。今日のおすすめは、故郷の味を再現した味噌汁だ」
「味噌汁! めっちゃ懐かしい!」
「おお、それは楽しみですな」
「私、味噌汁大好きなんです」
四人で店に入る。
窓から朝日が差し込んで、テーブルを照らした。
あの日と同じ朝の光。
でも、隣にいるのは、もう見知らぬ他人じゃない。
「いただきます」
声を揃えて言って、俺たちは笑った。
転生者、全員顔見知り。
そう、俺たちは最初から知り合いだったんだ。
ただ、気づくのに三年かかっただけで。
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