水妖
〈いゝ皮肉小春日和の月曜日 涙次〉
【ⅰ】
「東日本超心理學研究所」と云ふ、民間の篤志の團體から呼び出しが掛かり、じろさんは仙台迄出張した。
代表・町木正實氏と面談。町木「いきなりですが、貴方がたは『水妖』と對決した事、ありますか?」-じろさん「水の魔物なら、先日、例の* 楳ノ谷汀さんに取り憑いた『みづがめ』の【魔】、と云ふのを退治た事、あつたつけな」-「津波の被害でPTSDを負つた、一人の女性、救つて慾しいのです。彼女は全ての水に恐怖心を持つてゐるのです。コップ一杯の水にも、恐れ慄くと云ふ‐」-「東日本大震災、ですかな?」-「左様。家族全てを亡くし、震災後も長きに亙り仮設住宅生活を余儀なくされた方、なのですが」-「報酬は?」-「私どもの母體となつてゐる、企業から出ます。それはさて置き、彼女、しつこい新興宗教の誘ひにも悩ませられてゐます。その方の救濟もお願ひしたい」
* 當該シリーズ第111・112話參照。
【ⅱ】
「水妖か。じろさんと俺、それと『龍』が必要となるだらうから、フル、3人で現場に行かう。テオ以下はお留守番だ」とカンテラ。急ぎ岩手県宮古市迄行く事に。
その女性、假にAさん、として置かう- の談話。「家が津波で海水に没したんです。わたし、夢中で海面向けてもがきました。丁度宅の三階にゐたお蔭で助かつたやうなものです。下の階にゐた家族全員、助からなかつた...」-じろさん「その事を今でも夢に見る、と?」-「夢だけならいゝのですが、寢ても醒めても、今住んでゐるところで、ラップ音て云ふんですか、が五月蠅い程聞こえ、困つて『超心理學研究所』に泣きついたと云ふ譯です」-カンテラ「なる程。このケース、亡くなつたご家族が成佛なさつてゐるかゞキイです。失禮ながら貴女の夢に潜入する。宜しいか?」-「この苦しみから逃れる為なら、何なりと」
【ⅲ】
カンテラと「龍」、それに「龍」のマスターである牧野が、Aさんの夢に潜り込んだ。*「龍」は牧野の云ひ付け通り、夢に出て來る海水を全て呑み干した。Aさんと亡き家族との對面。「お母さん、わたしたち皆、手厚い供養に感謝してゐるわ」と故・娘さん。だうやら家族逹は成佛出來たやうだ。これで、Aさんの水に對する恐怖は消えた。然して、ラップ音がする、と云ふのは面妖である。これは、町木が云ふ「新興宗教團體」が、マッチポンプ的に引き起こした現象なのではないか-
*「龍」も「水妖」の一種。
※※※※
〈透き通るものが張り詰め僕を塞ぐ小春の惠み冬の靑空 平手みき〉
【ⅳ】
さてその「新興宗教團體」。「聖マリアンナ記念騎士團」と云ふ。神原建志と云ふ男が始めたものだ。東京の* 薩田祥夫に問ひ合はせしたのだが、生憎そんな團體を(聖マリアンナ記念、と名乘つてゐても)教會側は認めてゐない、と云ふ。彼ら「騎士團」は、東日本大震災で心の傷を負つた人逹に巧みに付け込み、暴利を貪つてゐる。ラップ音は、その演出の一つだ。これにより、亡き人の靈がこの世を彷徨つてゐる、と云ふ感情を人々に植え付ける。
* 當該シリーズ第97話參照。
【ⅴ】
じろさん、カンテラ、奴らがAさん宅に現れるのを待つた。程なくして連中は現れた。「Aさん、今日は始祖殿直々のご訪問です。いゝ加減、私どもを受け入れて下さいよ」-この手口に、何人の震災被害者逹が引つ掛かつた事か。
「今日はAさんはゐないよ」-「き、貴様、カンテラ」お供の雜魚どもは皆じろさんが片付けた。「騎士團が泣いて呆れらあ。騎士道精神は何処へやつた?」-「ぐぬゝ、一騎討ちだ!」-神原は槍を構へたが(形ばかりは「騎士」なのである)所詮、カンテラに敵ふ者ではない。「しええええええいつ!!」。槍を掻ひ潜つたカンテラの突きが冴えた...
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〈こゝぢやなく冬は何処かで牙を剥く 涙次〉
【ⅵ】
「これでやうやくわたしの震災は終はつたのね」。Aさん涙、涙、である。
報酬は約束通り、「超心理學研究所」より出た。3人分の出張代金も含めて、莫大なカネが動く。町木正實、その名は覺えて置かう、とカンテラは思つた。お仕舞ひ。
PS: このエピソオド、實在の人物、團體とは一切関係ありません。作者。




