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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

彼女は何を考えたのだろう

作者: 山吹 シルル
掲載日:2025/11/09

一時間半ちょっとで作った駄作です。

文字数も少ないし時代考証とかもできてないしで、ガチ歴史オタクの方々は御気をつけください。

(本当に……なんて役を引き受けてしまったのだ……)

 其の時、私は小舟の上に居た。

 隣に竿の先に着けた扇を立てて。

 目の前の私の方に弓を引く男の顔を睨みつけて。


「もう、日が暮れてしまうな」

 誰かが、そう呟いた。

 此処は、屋島を一望できる海に浮かぶ舟の上だ。

 ——いや、正確には、屋島に陣取る源氏を一望できる、だったか。

 その言葉につられ、私は水平線に浮かぶ光の方に目を向けた。

 夕日が沈んでいく。

 少しずつ、少しずつ。

 その下に存在する水平線の一部に柿色の薄い膜ができている。

 これ以上ない美しく、幻想的な光景だ。

 隣に居る女房仲間もそれに感銘を受け、「まぁ……」「美しい光景ね……」と呟いている。

 私も見惚れ続けていると、不意に隣から「玉虫(たまむし)殿も見惚れていらっしゃる」との声が聞こえた。

 其の言葉に思わず「何か?」と責めるように呟いてしまった私は人の心も読めない馬鹿だろう。

 ——まぁ、いつも、美しいものなどこれっぽっちも興味ない、よく分からぬ女で貫いてきているから、仕方がない。

 周りの女房のクスクスと笑う声が聞こえる。

 其の反応にはむっとするものがあるが、嫌悪されるよりかは良いだろう。

 嘲笑、かもしれないが。


 私は女——女房だ。

 其のため、舟の奥まった場所に居るわけだが、外に居る兵士たちの会話などが聞こえてくる。

 舟をまたいで会話をする声ならば尚更だ。

「全く、源氏は野蛮な武士共の集まりと聞くが、戦は大したものだ」

「そうだろう。何せ、向こうにはあの戦の天才の源義経(みなもとのよしつね)がいるのだしな」

 源義経——聞いたことがある。

 (きよ)(もり)様が昔、捕らえていたところを御見逃しになった源頼朝(みなもとのよりとも)の弟ね。

 清盛様の御見逃しになった恩を忘れ、仇で返すとは——本当の恩知らずとはこのことでしょう。

「——なぁ、少し源氏を試してみないか」

 其の言葉が、私の耳を掠めた。

 試す?

「どうやって?」

 私の思考を代弁してくれてありがとう。外の兵士。

「弓の力を試してみるのだ。一見困難そうなところに小舟を浮かべ、扇でも的にして、此を射落としてみよとでも挑発しておけば、源氏は必ず乗っかる。失敗すれば、我等は源氏を嘲笑うことができるし、仮に成功しても其の腕を称えれば、平氏(我等)は敵味方関係なく見事な技を称えることができる潔さがあると源氏に見せしめることができる」

「それは面白い。そうだ、隣に女房でも立てておけば——」

「傑作だ。もしその女房に矢が当たれば、我等が源氏を攻める口実もできるわけだからな」

 何を考えておるのだ、正真正銘の莫迦ではないのか?

 そのようなことをしている暇があるならばさっさと策でも立てればよいものを……

 隣の女房達にも「聞いた?」「えー、私は嫌よ」などと呟いている。

 私以外にも聞いている者は居たらしい。


 暫く時が経った。

 夕日が水平線に半分ほど沈んだ頃、一人の兵士が私たちの居る舟の中に入ってきた。

 五十代くらいだろうか。

 そして、その兵士から紡がれた其の言葉に、中は沈黙に包まれた。

「単刀直入に命ずる。この内の一人、小舟に乗り換えよ」

 えー……あの挑発の話、本当にやるのか……

 想像の通り、その中に居た女は全員顔を隠し、一人たりとも名乗り上げようとしない。

 まぁ、私もやりたくはないから同じようにしていたが。

 暫くして痺れを切らした兵士が、適当に選んだであろう、私の腕を引っ張り上げた。

 そして、脅すような低い声で命ずる。

「平氏の威信のためだ。やってくれるな」

 私は、大の男にここまでして脅されたことが無い。

 そのため、恐怖でいつもの虚勢が引っ込んでしまったのだろう。

「……はい」

 そう答えたのが運のつきだった。


 そして今、私は自分の選択に全力で後悔している。

 自分の隣の上を見れば、扇。

 前を見れば、海の中に歩を進めた馬に乗り、此方に向かって弓を引く源氏の武士。

 後ろを見れば、ただ広がる海。

 正直に言って、逃げ出したかった。

 此方に弓を引く源氏の武士は扇を狙っているが、私に当たる可能性は充分にある。

 そうすれば、待っているのは死だろう。

 いや、仮に死ななくとも、傷で苦しみ続け、これから生き地獄を味わう羽目になる可能性もある。

 私も、まだまだやりたいことがあったのになぁ……

 ——よし、この世に未練を残しても何もならない。

 死ぬときは死ぬ。運のつきだっただけだ。

 そう諦観し、静かに目を閉じた。

 丁度その時だった。

 其の武士が放った矢が、甲高く唸り、此方に迫った。

 ヒイイイイイイイッ! フッ!


 その音は一瞬だった。

 音が止んだ。

 其の音の代わりに、一瞬の間が開き、人々の歓声と、何かを手でたたく音が耳に入った。

 恐る恐る目を開けると、私の身体にはどこにも穴が開いていなかった。

 その代わりに、射られた扇が海に落ち、浮かんだり沈んだりを繰り返していた。

 暫く呆然とその場に突っ立った。

 やがて、これまでの恐怖、緊張、そして今を生きていることの安堵で、身体が膝から崩れ落ちた。

 良かった。

 本当に生きていて良かった。

 泣きだしそうにもなったが、これ以上は平氏の威信に関わりそうだから全力で我慢した。

 すると、扇が立っていた場所に、あの命令してきた兵士が立った。

 何が始まるのか?

 そう考えていたら、突然其の兵士は舞い始めた。

(……は?)

 何をやっているのだ、此の男は。

 遠くに離れているとはいえ、舞うなど弓矢の格好の的になりかねん。

 ましてやあの源氏の武士はあの距離からさっきの扇に届いた。

 命が惜しければそんな馬鹿みたいなことをやらないだろうに……


 そう考えた時、また源氏の兵士が弓を構えた。

 ヒョウウウウウウウッ! フッ!

 案の定、其の音と共に、私の隣で舞っていた兵士は海へと真っ逆さまに落ちた。

 しかも御丁寧に、頸の骨を狙って射たらしい。

 平氏の方は沈黙が訪れ、源氏の方はさらに沸いた。

 私は、初めて人が死ぬ様をこの目で見たため、若干の恐怖心を感じた。

 しかし若干で終わったのは、この展開を半ば予想していたからだ。

 きっとこの男こそ正真正銘の大莫迦者だ。


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