1話 初めての異世界?
晴子
進学する高校が決まり、学校が休みに入って数週間。
地元藤沢では梅の花が咲き春の近さを感じている。
真冬のキャンプでテントの中でぬくぬくするのも好きだけど、やっぱり外で焚き火をして過ごすのが好きだ。
星を見ながら焚き火をするのが、なんだか特別な時間に思える。
今回は父と2人でガンダーレ真鶴というキャンプ場に向かっている。
父が言うにはかなり変わったキャンプ場らしい。
まず、車が入れないと言う。
なので手で荷物を運ぶ必要があり、しかもかなりの急斜面。
更にはトロッコを使える可能性がなんとか…トロッコって???ラピュタで出てきたやつだっけ?
父はこういう事を小出しで意味深に言う。
ホントめんどくさい。
そもそも何故そんなキャンプ場に行くのか。
もっと快適なキャンプ場沢山あるのに。
父は最近車を変えた。
私と弟の塾やサッカーの送迎がほぼ無くなったので、趣味に走った感じだ。
7人乗りのワゴン車から中古の少し古い軽自動車ジムニーへ。
リフトアップしてあって車体に不似合いな大きなタイヤを履いている。
悪路走破性が凄い車だと父が自慢していた。
今回初めてキャンプで使用する。狭いし荷物もあまり積めない。正直家族的には前のワゴン車の方が快適だった。
しばらく海沿いを走っていると結構な渋滞にハマってしまった。
スマホで調べると海沿いの道で大きな事故が起きているようなので、少し遠回りだが箱根を経由して行く事になった。
箱根の山を登り始めて少しすると車内が曇ってきた。
急に肌寒さを感じる。
標高が上がるにつれ、様子が変わってきた。
フロントガラスに白い粒が当たる。
「雪?」
「そうみたいだなぁ。」
父は呑気に言う。
景色は次第に雪景色になっていく。
更に霧が立ちこめ視界が悪くなった。遠くの景色は全く見えない。
「ジムニー買って良かったなぁ。四駆だし、スタッドレス履いてるから全然平気だ」
と満足気にいつも通り運転している。
普段なら絶景が見えるワインディングが続く。
今日は白い雪景色だけしか見えない。これはこれでキレイだけど。
霧と雪で視界が悪い中、遠くに魔王城のような建物がうっすら見える。
私のレベルで魔王と対峙するのはまだ早いはずだ。
装備もまだまだ初期装備だし。
こういう場合の父親は大体すぐに負けてしまう。
そんな絶対に声には出せない事を想像したりする。
「このまま走ってたら異世界に行けそうだな。……」
オッサンがガチでワクワクしているように見える。
まぁ、私も似たような事思ってたけど。
魔王の城の横を通る時に、なんてことは無いドライブインの廃墟だと父親が説明してくれた。
その先にある十国峠のドライブインで少し休憩をする事にした。
数年ぶりに雪に触りたいと思ったのだ。
車を降りると、足元で「キュッ」と音がした。
スニーカーの底で雪を踏みしめる。今日はサンダルじゃなくて良かった。
寒い。コートが欲しくなる。
素手で触った雪は、思ったよりふわりとしていて皮膚に染み込むように冷たかった。
「さっきまで春だったのにな」
私がポツリと呟いた。
「なんか娘が詩的な事言い出したぞ。…これが思春期か。思春期。そういうのは彼氏とやれよ。彼氏と」
「面倒くさ。」
彼氏がいたら父親とキャンプなんかしてない。
私は手のひらサイズの雪だるまを作って写真を撮った。
中々映える写真だったので、友達のLINEグループに送った。
このキャンプで体感した冬はここでおしまいだった。
峠を降り始めるとあっさりと雪は無くなった。
異世界には行けなかったけど、数時間の間に冬と春を体験出来た。
父が今年の冬は雪中キャンプだな!と嬉しそうに言っていた。