葬式コーデ
もしお父さんが死んだら、喪服は仮装してな
私は父のこの遺言を守らなかった。
仮装じゃなくて「火葬」だったかもなんてことも思ったが、意味が通らないし「仮装」の方が父らしくはある。
そういう"悪ノリ"を好むタイプの父に、大阪生まれの母は呆れかえっていて、彼が病床に伏しているときですら「おもんない」と文句を言っていた。父はというと、普通に埼玉出身だ。
そう、父は「おもんない」のだ。というか、「おもんなくなった」。
今から十年以上前、とあるテレビ番組に出演した父は一躍有名人になった。
「アメージングコウジ」なんていう変な名前のピン芸人として、それはそれはウケたものだった。ちなみに、コウジというのは糀町という苗字から取っている。名前はシゲマサだ。
その芸名の通り、アメイジング・グレイスに合わせて短い替え歌を披露するという、こうやって説明するだけでもつまらなさがわかるようなネタだった。
「皆さま……本日のコンサートにお集まりいただき、誠にありがとうございます」
オモチャのマイクを握って、マイク特有のあのボソボソとした音質を口だけで再現しながら(なんで出来るの?)うやうやしく礼をするのだ。どこで買ったのかもわからない生地の薄い燕尾服に、なぜかマントも羽織ってそれをひるがえしながら歌いだす。
「それでは一曲目……『レジ袋奇跡』」
ア〜メ〜ジン グ〜レェイス〜
レジ袋〜の〜〜
底〜が〜ぬ〜けず〜
ま〜た助かった〜
「続きまして……『半額シール』」
ア〜メ〜ジン グ〜レェイス〜
刺身コーナーで〜
残った1個を〜
全員が見てる〜〜
「最後になります……『パーソナルコンピューター』」
ア〜メ〜ジン グ〜レェイス〜
更新止まらず〜〜
シャットダウンに〜〜
3日かかる〜〜〜
「次回は『アヴェ・マリア de 初盆スペシャル』にてお会いしましょう」
本当になんで流行ったんだろう。
いわゆる"日常あるある"をひたすら披露するという本当に、本当にありがちなネタで、アメージングコウジは一世を風靡した。ドッキリ番組に出たり、本当のステージで歌ったり、ベテランの漫才師に"ガチ"で怒られたり……。
もちろん、すぐにそのブームは去った。収入は笑っちゃうほどに減って、大黒柱は母になった。そのときすでに私は十六歳で、あれだけ中学校で「アメージング歌えよ」といじられていたのに、みんな父を忘れたのかってくらい話題に出さなくなった。
今じゃ、「すぐに消えた芸人」としてショート動画に挙げられるくらいだ。
そんな父が、病で亡くなった。
芸人活動とは全く関係ない、よく知られている病気に罹って。「糀町シゲマサ」として亡くなった。
亡くなる直前に放ったのが最初の言葉だった。母は泣きながら「おもんない」「おもんない」と繰り返していた。
普通に真っ黒な服を着て、普通に親族や関係者が集まって、告別式が始まった。私は一番前の列に母と並んで座る。
あまりにも粛々と、静寂で満たされながら進んでいる。その静かさは外の雨音が聞こえるほどで、そういえば地デジになる前は砂嵐でこんな音がしたよな、なんて考えていた。
父は、こんな風に見送られたかったのかな。
もちろん、父のネタは面白くない。それでもブームが終わった後は彼なりに仕事をしていたのだ。やがて地域のイベントや大学の文化祭などに呼ばれることもなくなって、この通り。
その地域のあるあるを調べたり、在籍している学生にインタビューしたりなんかして、真摯に笑いと向き合っていたはずなのに。
「続きまして、故人からのメッセージビデオをお送りいたします」
えっ?
司会の人が急にそう言うと、天井からスクリーンが垂れ下がってきた。
会場が薄暗くなって、スクリーンがぱっと白く映し出される。
隣の母も困惑していた。
父が、二本足で立っている。
痩せこけていて、体からチューブがひとつも繋がれていない。画面の右下に「※チューブは加工で消しています」と書いてあった。
病衣の上にマントを羽織り、マイクを構える。
ア〜メ〜ジン グ〜レェイス〜
香典袋が〜〜
誰のかわからず〜
親族ザワつく〜〜
ア〜メ〜ジン グ〜レェイス〜
骨を拾った〜〜
ピンセットうまく〜
使えずポロリ〜〜
ア〜メ〜ジン グ〜レェイス〜
BGMのCD〜
入れ間違えて〜
AKB流れた〜〜〜
ア〜メ〜ジン グ〜レェイス〜
父の通夜〜で〜
ピザ頼んだら〜
みんな超笑顔〜
ア〜メ〜ジン グ〜レェイス〜
遺影が〜なぜか〜
エフェクト〜ついて〜
キラキラしてる〜〜〜
お葬式で本当に「お葬式みたいな空気」になることってある??
母は呆然としていて(もちろん母だけではない)、顔を真っ赤にした。
すると、誰かがクスッと笑った。
それは波紋のように伝播して、周りから笑い声が聞こえ始める。「ごめんなさい、面白くて……」とみんな申し訳なさそうに笑みを湛えている。
画面上の父はまだネタを披露していた。
何かが決壊したかのように、母から涙が溢れた。つられて、私も視界が潤んでいく。
「おもんないっ……。シゲちゃん、おもんないねん……!」
ひとしきり笑った後、母がすっと立ち上がって会場を見渡した。
「皆さん、申し訳ないですがドンキへ行っていただけますか」
「仮装をしてきてほしいんです」
#2025南雲皋爆誕三題噺 参加作品
『不意打ち』 『あめ』 『笑う』
南雲さんお誕生日おめでとうございます!!
※作中に登場するお笑いネタ(歌の部分)にのみChatGPTを使用しています。