第97話 X 暴虐なるもの
こちらは“守継”を引き抜いて正眼に構えると相手の攻撃に備える。
数拍の間の後、竜は動き出す。
後ろ足で地面を蹴ると一瞬で目の前に来きて前足を振り下ろしてくる。
速ぇなっ…
―ズシッ!
刃で受け止めると押し潰されそうな圧力と共に体がバラバラになりそうな衝撃が全身を駆け巡る。
…ッ、 オラァッ!
裂帛の気合いを入れて押し返すと回復術をかけつつ魔術を発動させる。
―弾性操水術式、水撃刃
背中の水槽から水をすべて取り出すと刃に纏わせる。
竜は逆の手で横薙ぎに払って爪で引き裂こうとしてくる。
それに合わせて半歩前に出て迫り来る掌に向けて刀を振り抜く。
― 一式水撃・
インパクトの瞬間に刀の動きから遅れてゴムのように伸びていた水塊が戻り同時に打ち付ける。
そして更に、
―衝撃術式、激震衝
衝突の瞬間に刃と水塊から衝撃波が走り竜の腕を弾き飛ばす。
俺の側にも衝撃は返ってくる。
その大部分を水塊で受け止めてグンッと弾力性に富んだ水が逆方向に揺れながら飛ばされていく。
弾かれた竜の腕は弧を描いて上から再び襲いかかってくる。
俺は刀をすくい上げるようにしてそれを迎え撃つ。
― 一式水撃・激震衝
同じように竜の腕は弾き飛ばされる。
竜は一瞬硬直した後、怒りが頂点に達したのか両腕を無茶苦茶に振り回して襲いかかってくる。
それを同じ技を繰り返して弾いていく。
衝撃を相殺しきれずに体に負荷が蓄積していくが気にしていられない。
弾きながらじりじりと前進していくと竜はゆっくりとだが体勢が崩れていって攻撃の重さがわずかだが軽くなっていく。
少しは楽になったがいつか体勢を整えてくるかもな。それまでにリーンが持ち直してくれればいいんだが。
#
(す、、、すごいっ! )
リーンは目の前で繰り広げられる光景に圧倒されていた。
これほど近くで魔物と戦っている所を見た経験はなかったがこれほどのものだとは想像だにしていなかった。
相手は見るからに強大な竜種だ。大きさもさることながら膨大な魔力が荒れ狂うように吹き付けてきて明確な殺意が伝わってくる。
到底、人間なんかがかなう相手じゃない。そう思ってしまった。恐怖で身がすくむのも無理からぬことであった。
だが、目の前ではちっぽけな人間が竜種の前に立ち塞がり攻撃を凌いでいる。
そして、驚愕すべき事実にさらに目が見開かれる。
(ま、まさか、、、)
激しい攻防の間にもレインはゆっくりとだが前進している。逆に竜は後退を余儀なくされている。
(レインが押しているっ!? )
人間が単独で竜に競り勝っている。その現実を目の当たりにして思う。
(レインとならこの状況を切り抜けられる )
そう思えたら自分がやるべき事が明確に見えてくる。
歯車がかみ合ったように思考が回り出す。
訓練で身につけた魔術がいくつも脳裏に浮かぶと最適な回答を選び出す。
(風弾系魔術、、、)
威力が高い魔術を更に底上げして魔力を練り上げると打てる体勢が整う。後は魔術を実行する最適な瞬間を見極めるだけだ。
竜の動きを冷静に見つめて機会をうかがう。後ろから見ていると目線や首の動きから相手の意図がなんとなく掴めてくる。
それはレインがどう動くのかが魔力を通じて伝わってくることも関係しているのかもしれない。
リーンは竜が大きく動きだす前触れ、首を前方に振る動作を察知する。レインに両手で攻撃を仕掛けてくる。
そこを機会と捉えて魔術を発動させる。
―撃風戦槌
圧縮された大量の空気の固まりが高速で打ち出される。
不可視の砲撃が竜に迫る。
#
相手の攻撃を往なしている内に魔術の精度が向上してきて負担が軽くなる。
体は楽になってきているが問題も生じてくる。
どんどん前に出てきてしまっている。相手は押されていて体勢が崩れている形だ。
相手はいらだっていて単調な攻撃に固執しているが、そろそろ立て直そうとして何か仕掛けてくるはず。
その場に留まっていたいがリズムに乗ってきているのでそれを崩すとマズい。
そう思っていると突然、両手同時に攻撃を仕掛けてくる。
二方向からかっ、、、
二つの軌道を読んで先に片方を弾くと、それによって弾かれた水塊がもう片方にぶち当たり弾き飛ばす。
どうだ!?
竜は後ろに大きくのけぞる。
ほっとしたのも束の間、そのまま体を後ろに向かってひねると全身のバネを利用して太い尻尾を勢いよく横になぎ払ってくる。
チッ、、、受けるか
そう思ったが止める。
うなり声を上げて迫ってくる尻尾を感じつつその時を待つ。
―ドッッッッ…!!
耳をつんざくような破裂音と共に竜の巨体は後方に吹き飛ばされる。
リーンの援護射撃だ。
ようやくエンジンがかかってきたようだな。
「待たせたかしら? 」
後ろから声をかけられる。
それに対して後ろ手に気にするなの手信号を送ると声をかける。
「攻撃を凌ぎながら後退するぞ。援護を頼む 」
「わかった。任せて!」
力強い返事が返ってくる。もう大丈夫だな。
竜の方は起き上がると怒りの咆吼を放つ。
大気がビリビリと震える。
地面まで震えている。
だがそれでビビったりはしない。
やってやろうじゃないか。リーンの協力がある今なら十分に勝負になるだろう。
いいなっ。楽しくなってきた
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起き上がった竜はこちらにドスドスと走り寄ってくる。
後ろに下がりながら魔術を形成していき、衝突の瞬間に迎え撃つ。
リーンの土魔術が分厚い土壁を隆起させると、それに正面から衝突する。
壁を突き破ってきた竜の頭に向かって振り下ろした水塊を叩きつける。
―弾性操水術式、水撃波槌
―ドムッッ!
頭への直撃を受けて多少はひるんだらしい。前進を止めることに成功する。
リーンが魔術を解いて壁が完全に崩れるとそれを飛び越えて前足での振り下ろしが飛んでくる。
俺もリーンも後ろに飛んで避けると俺は相手が手を引くと同時に前に出て逆側の前足に斬撃をたたき込む。
―ガキィッ
鳥の足みたいな甲殻に阻まれて水を纏った刃が弾かれる。
弾かれながら後ろに下がると相手から噛みつきが飛んでくるがリーンの放った風弾系魔術により軌道が逸らされる。
最初に放った魔術より威力はだいぶ落ちるがそれでいい。
ダメージを与えるのが目的じゃない。行動を阻害するためのものだ。
相手との距離を開けすぎないように後退していく。
竜の攻撃は前足でのひっかきや噛みつきなどに限られる。たまに尻尾での横薙ぎや回転してからの振り下ろしが来るが避けたり、リーンの援護射撃で防いだりしている。
砲兵は戦場の女神だったかな? そんな言葉の意味を実感する。
攻撃を去なしながら後退を続けてけっこうたっただろうか?
相手をいらだたせつつ行動の制限は出来ている。
光が見えてきた。このままこいつの追跡圏の外に出るっ!
「よしっ! あと一息! 」
そう思いリーンにも声をかけて鼓舞する。
そんな矢先だった。
突然、竜がこちらの動きに追従しなくなる。後ろに下がってもその場に留まり続ける。
諦めたのか?
そう思いつつも本能は警鐘を鳴らしている。
事実、竜からは依然として強力な圧を感じている。
再び、にらみ合いが始まる。
怒りをぶつけて押し潰してくるような魔力は感じられない。
代わりにこちらを確実に殺すという静かに刺すような圧を感じる。
不愉快な侵入者から侮れない敵に格上げされたのかも知れない。
怒りの感情を抱くというのは相手を見下す行為でもある。自分が上だという思い込み。慢心であり油断。それがなくなった今、こちらも一層の覚悟を決めなければならない。
不意に竜がこちらから距離を取るように大きく後ろに跳ぶ。
前屈みの姿勢を取り魔力を練り上げる。角と後ろ足に特に魔力の増大を感じる。
あらゆるものを突き破っていくような突進が来ると確信する。
確実に二人同時に仕留める。そんな意思を感じる。
一度に込める魔力の上限にはまだ余裕があるように思う。避ければそこから更なる追撃が襲ってきて確実に死ぬ。
俺は水撃刃を解除して“守継”を鞘にしまい、後ろ手にガススプレッダーを留め具から外してリーンに渡す。
受け取ったリーンは俺の意図を理解したようだ。大規模魔術の準備に入る。
同時に俺もヤツの突進を受け止める盾の作成を開始する。
―鉄・樹、二属性複合魔術
確実に受け切る。そのつもりで魔力を練り上げていく。
―靭性操鉄・樹木強化術式、
ヤツもこちらの意図を理解したのだろう。正面から受けるつもりだとわかると更に魔力を上昇させていく。
こちらもそれに合わせて出力を上げていく。残りの魔力を使い切る。そんなつもりで上昇させる。
なんとなく相手が笑っている気がする。俺の気のせいだろうか?
#
レインからガススプレッダーを受け取ったリーンはそれに魔力を流すと使い方を理解する。
釦を押して留め金を解除すると握りを引いてガスを噴出させる。
シュアアアァ
(空気、メタンの複合魔術、爆裂系術式、、、、)
空気とメタンを混合してまとめていく。
シュゴオオオオォ
ガス管内の液化メタンも制御して噴出の勢いを増していき、すべてを一撃で使い切ると決める。
術の完成まで焦る必要はない。
リーンには何故かあの竜がこちらの準備が整う事を待っているように感じられた。
#
お互いが体勢を整え合うとその間を糸が張り詰めたような緊張が支配する。
俺は相手のわずかな動きも見逃さないように集中する。
時間が凍り付いたような空間を静寂が支配していく。
・・・糸が、切れる
―鋼線縒編硬樹結界
竜の突進より魔術の発動の方がわずかに速い。
四本のワイヤーは空中を複雑な軌道を描いて森の木の間を巻き付きながら進んでいく。
巻き付いた樹木を強化して結界が完成すると同時に竜が衝突する。
突進を受け止めて鋼線が引き延ばされて行く間にも硬さと粘りを制御して包み込むように力を逃がしていく。
受け止めっ、、、切れねぇっ、、
竜は速度を落としながらも眼前に迫ってくる。木の幹に鋼線が食い込んで樹皮を弾けさせる。
咄嗟に竜の角を両手で掴むと足を踏ん張る。
ここで止める
コアから全身に魔力を行き渡らせると魔術をさらに強化する。
同時に身体強化と土壌の強化を行い肉体でも突進の勢いを受け止めていく。
衝撃を地面に逃がしつつ筋肉と骨で力を受け止める。
足が地面にめり込んでいき体ごと後退させられていく。
それでも俺は竜の動きを止めつつある。
やがてリーンの目の前で止まる。
その瞬間、
「極大化連鎖爆裂層撃風!!!」
リーンの叫びと共に爆発が起こり竜の巨体がふわっと浮き上がる。
後を追うように連続して爆発が起こっていく。
爆発は徐々に大きさを増していき竜の体をロケットのように加速させていく。
爆発の火炎の中、竜は押し戻されるように森の木々と共に森の奥、渓谷の入り口の方に吹き飛ばされていく。
ワイヤーは爆発と同時にパージしていた。俺はヤツが吹き飛ばされていく様を最後まで見送ることなく回れ右してリーンを小脇に抱きかかえると拠点に向かって走り出す。
走りながらリーンを背負う形に直して速度を上げていく。
遠ざかりつつある背中を追うように竜の遠い叫び声が聞こえる。
吹き飛ばすことが目的の魔術だったがそれでもそれなりの威力にはなっていたはずだ。あの爆発でもたいしたダメージにはなってないらしい。
追いかけてくるとは思わないがさっさと離れよう。
コアから魔石に魔力を移して回復しつつ走って行く。
しばらく走った後、追ってくるような気配がなかったので立ち止まるとリーンを下ろす。
「立てるか? 」
「うん、、へいき 」
だいぶ疲弊しているようだがしっかりと立てている。魔力については俺より余裕がありそうだ。
「ここまで来れば大丈夫そうね 」
「ああ、そうっ、、、っ!」
「? レイン? 」
リーンを抱きかかえて横っ飛びに跳ぶと地面を転がる。元居た場所を何かがものすごい勢いで通り過ぎる風切り音がした。
チッ、、こんな時に別の魔物かよ
嫌なタイミングで襲ってくるものだが文句を言ってもしょうがない。
戦うとしますかね
起き上がってリーンを立たせる。
しっかし、強えな
厄介な相手だよまったく、、、




