第89話 フラニス教授 x 魔術講座①
当日、約束の時間よりちょっと早めにリオンの下を訪れる。
扉をノックすると中から返事が返ってくる。
「開いているよ 」
ここら辺の対応は双子の兄妹と言ってもだいぶ異なるな。妹の方はせっかちすぎる。
扉を開けて中に入るとやはり机に向かって何かを書いている。
それなりに忙しい立場だよな。
あらためて感謝を感じているとリオンが口を開く。
「ちょっと書き上げたいことがあるからこのまま失礼するよ。もうすぐ担当の教授がここに来るからその人の案内で授業に言ってくれるかい? 僕が案内すべきなんだろうけど手が離せなくてね 」
「問題ない。感謝する 」
簡単な遣り取りを済ませると部屋に誰かが来たようだ。タイミング的に担当の教授だろう。
ドアがノックされリオンが応答すると中に入ってくる。
「失礼します 」
入ってきたのは女性だった。てっきり習うのは鉄魔術だから男性を想像していたのだが間違いだったようだ。
とりわけ目を引くのが長くてウェーブがかかった灰色の髪だ。虹彩の色も灰色をしている。魔力変異だな。けっこうな使い手のようだ。
身長は165センチメートルぐらいか。こちらでは高くも低くもないだろう。おっとりした顔立ちをしている。目は悪くないはずなんだが、なぜか丸いメガネを掛けていてそれがおっとりした顔立ちに合っている。ファッションなのか何かの機能があるのか、はたまた心理的なものなのか。
体格はゆったりした教授用のローブを着ているためわかりづらいが一つだけはっきりとわかることがある。胸の辺りが豊かであると主張している。
、、、持ち主にはそのつもりがないかもしれないが
「レイン、紹介するね。こちらはフラニス・シス・キルトゼリア。今回の授業を担当する先生だね 」
確か東に行った海岸の辺りにキリアンという都市があったはず。その辺りの出身かな? ゼフゼリアでないのは少し意外だったな。魔術の腕以外にも評価基準があるのだろうな。
リオンからの紹介の後、フラニス教授からあらためて紹介がある。
「紹介に上がりました、フラニスと申します。気軽にフランとお呼びください 」
「ご教授いただく身ですからそうもいきません。フラン先生と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか? 」
リオンが何か言いたそうにしているが無視することにする。リオン先生って感じじゃないだろう。
「そのほうが呼びやすければそう呼んでいただいてかまいません。ご高名な狩猟者の方にそう呼んでいただけて光栄です 」
ご高名ってどういうことなんだ? 誰かが吹聴しているんじゃないだろうか。学者界隈なら双子の兄妹が怪しいな。
「私の紹介がまだでしたね。レイン・シス・ゼフレルドです。レインとお呼びください 」
「では、レインさんと呼ばせていただきますね 」
「はい、よろしくお願いします。先生 」
しゃべり方もおっとりしているな。優しいお姉さんといった雰囲気だ。あんまり教師といった感じは受けないがどんな授業をするのだろう?
「それでは私たちは授業に向かいますね 」
「後はよろしくお願いします、フラン教授。レインは授業が終わったらまたこちらに来てくれるかな? 」
「ああ、了解した 」
リオンの部屋を辞してフラン先生に案内されながら教室に向かう。
しかし、この先生。リオンにどうやら好意を寄せているようだな。本人は悟られないようにしているしリオンも気がついていないだろう。狩人だから気付けたわずかな気配だ。第三者目線で見ていたことも大きい。俺じゃなきゃ見逃していたな。
少年に恋するお姉さん、危うい。地球だったら事案になりそうだがリオンはあれでいて今年で35歳になるらしい。成人した立派な大人だ。どうなっても犯罪にはならないだろう。
そもそもこちらにそう言う感覚があるのかは未だに不明だ。日本でも江戸時代とか13,14で結婚とかあっただろうしな。スルーしておいた方が無難だ。
「こちらが教室です。今日から一週間同じ時間にこちらの教室で実技講習を行いますので覚えておいてください 」
「わかりました 」
促されて中に入ると二回ぶち抜きの階段状の教室だった。結構広いな。大部分の席は埋まっている。50人ぐらいはいるかな。
「適当に空いている席に座ってください 」
空いているのが一番後ろの席しかないので通路の階段を上がって一番上の段までいく。
すべての机は二人がけになっていて相席になる。隣に座るのは岩人の青年だ。
岩人は種族的に鉄魔術に適性を得やすい。となりの人以外にもちらほらと岩人の姿は見える。
ほかには老年にさしかかっている人が多いみたいだ。肉体が衰えてくるとそれと変わるように魔術の適性が強くなることがあるらしい。何かしらで適性を見いだした人が新たな挑戦をしにきているのかも知れない。
お陰で俺だけ浮くなんて事はなさそうだ。
席に着くとフラン先生が授業を開始する。最初は簡単な座学から始めるらしい。
「魔力は物体に影響を与える事が出来ますが、その影響は大きく分けると二つに分類できます。自分自身に作用する影響と他のものに作用する影響です 」
狩猟免許講習でオードから習ったことと共通点がある。前者は一般的に魔術とは言わないってやつだ。
「自分自身に作用する魔力は生まれつき誰でも使えるものですが他のものに作用させるには適性が必要です。適性はいくつかの段階に分けられますが最初の段階は触れているものに魔力を流すことが出来るかどうかです。やってみますので見ててください 」
フラン先生は教壇の上に置かれた円い鉄の棒を手に取ると魔力を流しだす。滑らかに魔力が行き渡っていくのが見える。
「これが出来たら次の段階です。この鉄の棒を自信の肉体の延長として捉えて肉体に近い扱いをできるようにするというところです。今からやってみますがわかりにくいのでしっかりと目に魔力を込めて観察してみてください 」
魔力視を意識して見ていると鉄の棒が硬化しているのがわかる。わずかに細くなっているのがわかるのは俺の能力が上がっているからだろう。
「今は鉄分子の結合を強化して硬度を上げている状態です。次は逆をやってみますね 」
今度は分子同士を反発させる。柔らかくなっているようだ。ほんのわずかに膨張している。爆発させるまでは流石に無理だろうけど。理論上はこのやり方でも収縮と膨張を繰り返せば温度を上げることが出来るがそこまでの周波数をだすのは難しいな。
「魔力の密度が低下したのがわかるかと思います。ああ、今はわからなくても自分で出来るようになればわかるようになってきますので大丈夫ですよ 」
この教室にいる人たちは魔術の習熟度がまちまちなんだろう。いつ適性が目覚めるかわからないからな。教える側としてはやりにくいのかも知れない。
「そして次の段階にいくといよいよ魔術と呼ばれる領域に入っていきます。自分の肉体の延長と捉えていたものを切り離して別の存在として魔力を流し込むんです。これは外側からでは知覚できないものですがやってみますね 」
そう言うとフラン先生は魔力の込め方を変えてくる。知覚できないといっていたがなんとなくわかるな。魔力の流れが変わったというか、、、。具体的に言語化は出来ないな。表現が難しい。わかっていないとも言えるが。
「この次の段階が魔術にとっての本筋です。魔力の性質を変化させていきますね。鉄魔術が使えない人には魔力が減っているように見えますがそれは魔力視だけにおいてのことです。魔力全体に注意を払えば総量は変化していないことが感じ取れるはずです。ではやってみますね 」
魔力視では先生が言っていたように魔力が減っていってるように見える。魔力の性質が変化していって魔力視のチューニングから外れていってると言うことだろう。
コアや魔石眼だとどの波長の魔力でも見えるんだが肉眼だと合わせる必要がある。そして、自分が使えない性質だと合わせることが出来ない。割と最近までそれがわかってなかったんだよな。コアでやれていたことを当然のものと捉えてしまっていた。
目に頼らず魔力の気配を辿ろうとすると確かに量の変化は大きくないように思う。知らない性質の魔力はわかりにくい感じではあるけれど。先生はだいぶ分かり易くやってくれているな。
「性質変化をさせる前の魔力を方向性の決まっていない魔力とか純粋魔力とか、他には無属性魔力、無変換魔力とか呼んだりします。ここでは無属性魔力と呼びますね
変化後の魔力を属性魔力とか特質魔力とか変質魔力とか呼びます。ここでは属性魔力と呼ぶことにします 」
いろいろ呼び方があってややこしいな。それぞれの呼び方に微妙に異なる意味がありそうだが今はいいと言うことだろう。
「無属性魔力を属性魔力へすべて変換することは不可能と言われています。この段階に至ったときに問題となるのがどれだけの魔力を変換できるかということですが、これを変換効率と言って百分率で表します。算出することは簡単ではありませんが 」
やはりここでも計ることが問題になっているようだ。
「魔術を修得するときはどの系統であれ変換効率を上げていく訓練が必要になります
コツを掴んでいけば効率をある程度まで上げていくのは難しいことではないので変換が出来たなら魔術を発動できるのは確定的です
ではその次、魔術の発動を実演してみますね 」
手の中にある鉄の棒を強く握り込める魔力を増やしていく。急に魔力が減少したかと思えば魔術が発動した結果が現れる。円柱形がみるみるうちに細く長くなっていく。長さ30センチメートルが倍の60センチメートルぐらいになるとそこで停止する。
「これが魔術です。今の魔術は構成としては簡単なものです。より複雑な構成にしていけばこのような魔術を使うことも可能になります 」
彼女は再び魔力を込めていく。先ほどよりだいぶ魔力量は多い。構成も緻密で繊細なものに感じる。
これは面白いものが見られそうだな、、、
期待を込めて魔力が込められた鉄の棒を見ているとまるで粘土のようにグニャリと変形していく。
平たく鋭くなっていき複雑な模様が描かれると彼女の手の中に細身で美麗なレリーフがあしらわれた両刃の剣が現れる。手を覆うようなガードまで形成されている。手で見えないが握りの部分も細かく成形されているのだろう。
これはいいものだ。是非ともマスターしたいところだ。亜空間があれば同様のことは出来るが逆を言えば亜空間がなくても同じ事が出来ると言うことだ。
予想はしていたがこの世界の技術の底力を見た感じだ。車の修理とか簡単にできてしまうな。先生だからここまで出来るのかもしれないが。
「このように自在に魔術を使えるようになるには才能と気の遠くなるような研鑽が必要ですが適性があるならば可能性はあります。まずは最初の段階、鉄に魔力を通すところから初めて行きましょう 」
手頃な大きさの鉄片が配られると実技が始まる。
俺はそれを手に取ると魔力を流してみる。
それなりに流れはするが自由自在とはいかない。初めて向かい合う物体ではなかなか自分の延長とすることは出来ない。
流したり引っ込めたりを繰り返して自分の魔力と馴染ませながら自身の肉体の一部になるようにイメージしていく。
魔力が血液だとして物体を魔力が流れる経路は血管だろうか。物体内にも流れやすいところ、流れにくいところがありムラがある。
そう言うところが生き物っぽい。
心臓の鼓動、血流、魔力の拍動。それらを同期させると自分の魔力が流れているところがすべて自分の肉体のように感じてくる。
初心に返るのも大切だな。ここまで丁寧にやるのはいつぶりだろうか? 再発見をしたような高揚を感じている。魔石が心臓にくっついていることの意味を噛みしめる。
気がついたら完全に手の中の鉄片が自分のものになっている。
収縮と膨張を繰り返してみる。自分の心臓のリズムに合わせて収縮、膨張、収縮、膨張、、、、トクントクントクントクン、、、
手から伝わる体温とは違う熱を持ってくる。
やはりこの方法でも発熱させることができるな。使い道は限られるだろうけど。
考えていると後ろから声を掛けられる。




