第76話 霧の世界
調査を終えてテントに戻ると夕食にする。今回の調査は一週間を目安にしているがその間は主に市販の携帯食料が食事となる。しっかりとした拠点が作れないからだからしょうがない。
お湯を沸かしてフリーズドライのような固形のスープを溶かしていく。
フリーズドライというかおそらく魔術で水を抜いて作っているだろうからただのドライだな。乾燥術式製法とでも言うべきだろうか。
フリーズしない分こちらの方が味は上な気がする。一度乾燥させたと言うような感じがしない。普通に作ったような鮮度が保たれているような味がしてうまい。
乾燥と湯戻しのために具材を細かくしているのだろう。食べ応えがないのが不満点と言えば不満点だがただのスープと考えれば十分なものだ。
乾パンのようなビスケットのような食感の携帯食も口の中は乾くが食感も味もなかなか良い。
期待はしていなかったがその分おいしく食べられた。普通の狩人も食生活は案外充実しているのかも知れない。
食後に果物の缶詰を食べる。
缶切りで二カ所穴を開けて片方からシロップを吸う。十分に水位が下がったら缶の残りの部分を開けてフォークで桃のような実を刺して口に運ぶ。
爽やかな酸味ときつめの甘さが疲れた肉体にはちょうど良い。缶詰にしてシロップに漬けているので香り豊かとは言えないが生の果物にはないおいしさがある。
こう言うのも悪くない。これを一週間と思うとちょっと飽きてきそうだが探せばもっと食事のバリエーションを確保できるだろう。
食べ終わると空気と水の複合魔術で空気中の水分を指に集めてフォークを拭う。水に汚れを溶け込ませるとテントの外にその水を弾いて捨てる。
ゴミを専用の袋に入れると早めに眠りに就く。
肉体が眠っている間にコアの方では魔術の構築に励むとする。
湿地で活動するために移動の効率化を目的とした魔術を開発して調査を早くする必要がある。
湿原内に拠点を構築できない以上ここに帰ってこなければならないからな。行き帰りで時間を食うから移動速度を上げていくしかない。
明け方まで魔術回路をいじっているとそれなりのものができた、、、はずだ。
後は実戦で使用しつつ改良していくしかない。
肉体が十分に回復すると目覚めさせて朝食を取りテントの外に出る。そこには予想していなかった光景が待っていた。
、、、なんじゃこりゃ
目の前には一面を霧で包まれた元湿原が広がっている。霧しか見えない。湿度的には霧が出てもおかしくないと思うがこの湿原、標高はそれほど高くない。
気温はそれほど低くなっていないのだがこれほど濃く霧に包まれるのだろうか?
魔力的な作用もあるのかも知れないが結論は調査を行ってからだ。
今はこの霧の中を調査してみるか、それとも霧が晴れるまで待つかだな。
、、、なんとなく入ってみたくなるな
危険はあるが好奇心に負けて入ってみることにした。
早速、新たな魔術を試してみることにするか。泥地に足を踏み入れて魔術を発動する。
―操泥術式、送流粘帯
自分の周辺、泥の表面部分に帯状に魔力を広げて粘性を高めていく。足が浮き上がっていくとそのまま泥の上を滑るように移動する。
一見外から見れば動く歩道に立っているように楽に見えるかも知れないがこの魔術を維持するにはそれなりに集中力が必要だ。
霧の中に入っていくとほとんど視界が効かなくなる。魔力視も霧が魔力を帯びているからか役に立たない。魔力の気配も霧に紛れてしまうな。この分だと電磁波とかも無理だろう。
幸いにして魔術で泥を操作しているから木の根とかは避けることが出来る。感覚が伝わってくるので、図らずも白杖のような機能になっている。
しばらく進んでいるが植物とかは発見できていない。視界が無いから当然ではある。
霧の中を探索することに意味はあるかもしれないとは思っている。しかし、このままでは無駄に魔力を消費しているだけになりそうだ。
方針を変えるか悩んでいるとあまり強くはないが妙な圧を感じた。
、、、何かいるな
どちらかというと下の方から感じる。
泥の中に広く魔力域を広げて探っていく。泥の表層部分を何かが泳いできているようだ。
どうするか?
とりあえず木の上に避難して様子をうかがうことにする。息を殺し気配を消していると静かに何かが足下まで接近したことを感じる。
霧は少しは薄くなってきているがまだまだ視界は効かない。
なんとなく目を凝らせば影のようなものを捉えることは出来るようになってきたが相手の姿は見えないでいる。
相手もこちらを見失ったか、、、?
と思っていたら霧の中に細長いものがゆっくりと起き上がってくるのを確認する。
それはこちらに先端を向けているような気がする。
、、、まずい
魔力の高まりを感じて別の木に移ると、元いた場所に液体のようなものが叩きつけられる。
枝を根元から吹き飛ばしたようで枝が落下した大きな水音があたりに響く。
細長い形状、、、蛇か、ミミズか、、、
ミミズだったら嫌だな
そんなことを考えていると再び攻撃が襲ってくるが、また別の木に飛び移って難を逃れる。
おそらく泥水を魔術で圧縮して飛ばして来ているのだろう。ミミズを思い出すがなんとなく違うように感じる。
しかし、どうやってこちらを感知しているのだろうか?
泥の中で生きているなら視覚ではない、、、震動やにおいといったところか、、、
木の上にいたのでは埒が明かないな。泥に塗れることを覚悟するしかないようだ。
次の攻撃をかわすと同時に泥の上に降り立つ。
バシャッと音がして周囲に泥が跳ねる。
魔術で足がめり込むのを抑えたが服にはもろに飛び散ってしまっている。
まあ、そうなるよな、、、
覚悟はしたが萎えるものは萎える。気を取り直して攻撃のための魔術を構築する。
―操土術式、土耕爆砕
相手の大まかな位置に向かって魔力線を延ばして爆発させる。
ボンッという爆発音と共に泥水が弾けてこちらに飛んでくる。さらに汚れが広がるがもう無視だッ! 無視ッ!
敵は難なく避けたようだ。泥の中では俺の土魔術は瞬発力も威力もかなり低下してしまっている。
相手は俺から距離を取っているようだ。俺は泥の中に魔力域を広げて位置を探ろうとする。
、、、? 索敵がうまくいかない、、、
どうやら俺の魔力域をキャンセルしているようだ。そんなことも出来るのか。そこまで強い相手だと思わないが想像より巧みな相手だ。
だが大体の方向はわかる。その方向に向けて別の魔術を放つ。
―操水術式、水棘貫突
水面から何本もの水の棘が発生して泥の中に突き刺さっていく。
ある程度でも範囲攻撃ならっ!
だが手応えが無い。逆にこちらが伸ばしている水の棘に沿って泥の中から何かが飛び掛かってくる。
それがぶち当たってくると押し倒されてしまう。
起き上がろうとするが巻き付いてきて動きが封じられる。
振りほどこうとするがヌメヌメして力が入りにくい。こちらの力に合わせて柔軟に巻き突き具合を変化させて拘束を維持してくる。
ここで相手の姿がようやっと確認できた。
、、、ウナギかよ
デカいウナギだった。体長は3メートルは超えているか。太さは20センチはあるな。
体表のぬらぬらで俺の水魔術を弾いたのかもしれない。泥だけじゃなくおそらく水魔術も使えるはずだ。
締め付けはそこまで強くない。余裕を持ってどうやって仕留めるかを考えていると、巨大ウナギは魔力を高め出す。
この魔力は、、、まさか、、、
ウナギから電撃が放たれる。威力は今の俺にとってはそこまで強力なものじゃない。魔力で防御したら皮膚がピリピリする程度だ。
デンキウナギか、、、
アマゾンにいるやつとは見た目は違って普通のウナギといった感じだがこいつも筋肉で発電できるのだろうか? 後で亜空間で分析しよう。
せっかくなのでこちらも雷魔術で応戦するか。
魔力を練り上げると、術式を展開する。
―操雷術式、纏雷
相手の魔術を押し返すとウナギの体に電流が流れる。なるべく獲物を痛めないように心臓に魔術を集中して流すとウナギの体から力が抜けて拘束が解かれる。
仕留めたことを確認して亜空間にしまい込むといつの間にか霧が晴れていた。
気温にあまり変化は感じられないのだが何が原因なんだろう?
まあ、今はとにかく体の汚れを落としたい。
全身泥に塗れた状態、しかも服の中にも泥が入り込んでいる。背嚢も泥まみれだ。
とりあえす清発を一回掛けてみる。それなりに落ちたがまだまだ染みついている。汚れに集中してさらに二回ほど掛けてようやくきれいになる。
背嚢の中を確認すると泥も水も入ってないようだ。染みてなくて良かった。
今日はこれ以上森林地帯を探索する気にならないな。早いところ中心部の湖に向かうとしよう。
木の上に飛び乗り新たに開発した魔術を発動する。
―操樹術式、弾弓跳躍
枝をゴムのようにしならせて反発力で弾丸のように水平に飛び、再び別の枝を蹴って次々に飛んでいく。
途中で幹の方に対象を移してさらにスピードを上げて進んでいく。
十分ぐらい掛けて森林地帯を抜けて泥地の上に葦のような植物が生い茂る場所に出る。地面は柔らかいが足が沈み込むほどではない。
植物の背は高くなく湖が見渡せる。
なんか不思議な感じがするな、、、
周囲から感じる圧力からいってせいぜい中層ぐらいなのだが妙な胸騒ぎを感じる。
周辺は隠れる場所がなく大型で強力な魔物がいそうな感じでもない。
なんでだろうな?
周辺を調べつつ湖の方に近づいていく。
近づくにつれ泥の中に含まれる枯れ草の割合が多くなり歩きやすくなる。
湖の縁に到着して中を覗いて見ると水はかなり澄んでいる。湖の底は泥ではなく枯れた草が積み上がって底を形成しているようだ。
草の隙間とかに小さな魚なんかの生き物が生息しているのかも知れない。
視線を浅瀬から湖の深いところに向けるとなんとなく圧を強く感じる気がする。
湖の中心部、底の方に何かあるかもしれない。
水の中に足を踏み入れてみる。
枯れ草に足を取られてなかなかに歩きづらいな。
水魔術で水面の上を歩けないかやってみる。するとゼリーの上を歩くような感触でかなり歩きづらいのだがなんとか歩くことが出来た。
魔力消費は結構なものだけど、、、
長々とはやってられない。急いで中心の方に歩いて行き、急激に深さが増して底が見えなくなる場所までくる。
、、、やはり底の方になにかあるな
深い部分に意識を向けると自分が感じていた予想に確信めいたものが出てくる。
魔力消費が気になったので岸に引き返して考えてみる。
おそらく湖の底のあたり、深い部分は文字通り深層になっている。
かなり強力な魔物が生息しているのではないだろうか。
浅くなるにつれて魔力濃度が下がっていき生息する魔物も弱くなっていく。
草地帯にあまり魔物がいないのはそういうことが関係しているのかも知れないな。
湖の中を調べてみたいのだがどうするべきか?
水魔術と空気魔術を駆使すれば水中での活動はある程度可能だと思うのだが消費魔力がとんでもないことになりそうだ。さらには水中で自由に戦う事なんてできそうにない。
これは水中用の偵察体を作る必要があるのではないだろうか。考えるとちょっとわくわくしてきたな。今日の睡眠時に作成してみよう。
魔力回復も兼ねて昼食にするか、、、
背嚢から携帯食を取り出すと包み紙を開けようとして手が止まる。
粉々に砕けてる、、、
ウナギに巻き付かれたとき砕かれてしまったようだ。やはり厄介な相手だった。
他に人はいないと思うが周りを見回して確認すると亜空間に入れて修復してみる。
ちょっと難しいかなと思ったが案外あっさりと復元できた。コアの性能が上がってきているな。ちょっとしたことの方がそれを実感できる。
ついでにウナギを分析してみたが体の構造は普通だったな。
ものの数分で少々味気ない昼食を終えるとこれからのことを考える。
湖の中を調べたいがそれなりの準備がいる。ここは湖の周辺か森の中を調査するしかないが森の中はあまりやる気が出ないな。
やはり湖の周辺しかないか。
魔力が回復するまで休憩した後、湖の周辺を回るように歩き出す。
ほとんどが葦とかススキのような植物ばかりでこれと言って目を惹くものは無い。
魔物の気配を探りながらどんどん歩を進めていくと探知に何か引っかかった。
息を潜めているような微かな気配だ。
俺の方も呼吸や心拍を落として気配を消していき、より神経を研ぎ澄ます。
気配の方に接近していくと気配が複数、それも結構な数がまとまっている事に気づく。
あと5メートルほどの距離に来ると草むらの中に相手の姿を確認することができた。
、、、蛙だな




