第239話 市民の戦い
(別視点)
その日、ミゲルは仕事が早く終わったので早々に自宅に戻っていた。
運送業を生業にしていて、普段ならもっと遅くまで働いているはずだった。しかし、先日起こった魔物騒動の影響から夜間の外出に制限がかかり仕事を控えなければならなくなったのだ。
早く帰宅出来るのはいいがその分、収入は減ってしまう。この都市の家賃相場はそれなりに高い。収入が減ってしまうことに一抹の不安がある。
気晴らしをしようと友人を誘って飲みにでも行きたいところだが飲み屋も営業時間を短縮している。多少は飲めなくもないが良いところで中断させられることになるだろう。飲みに行く気にもなれないでいた。
皮肉なことにそれで支出が抑えられることになっているのだが。
行方不明事件でも仕事に制限がかかっていた。最近はその影響も薄れてきていたところにまた制限がかかるようになりムシャクシャしてくる。
とは言え自分に出来ることは何もない。警察に任せておくしかないのだ。
(魔物が現れたなら俺がたたき切ってやるんだけどな… )
部屋の隅に置いてある自分の愛用していた剣に視線をやるとそういう気持ちが湧いてきた。
魔物の脅威が久しくなかったアッシェバーンでも護身用で家に武器を置いてある家は多い。持ち歩くまではしないが一般人でも定期的に避難訓練に参加するなどで注意喚起はなされている。
だが、ミゲルが所有している剣は護身用のものではない。彼は元狩人だった。狩人をしていたときに使用していた、自分の手に馴染んだものであった。
高等学校を卒業してから三年ほど狩人として活動していた。三ツ星まで昇格することが出来たが才能がなかったのだろうか、そこから上がることが出来ずに期限を迎えることになった。
やめてから一年ほど今の仕事を続けているが未練があるのか未だに剣を手放せないでいる。護身用ならもっと安いものでいい。これを売って差額を生活費に回すことも考えたが終ぞ出来ないでいた。まだ体が戦いを覚えていることも影響しているのかも知れない。剣を手に取って握ると即座に肉体は戦える状態に移行する。
(くさくさ考えていても駄目だな )
そろそろ夕飯の準備をしようかと台所に動こうとしたときだった。突然、街中に警報が鳴り響く。
(なんだ…!? 訓練か? )
最初はいつもの試験放送かと思ったが警報は鳴り止むことなく続いていく。こんな時間に流すことにも違和感がある。極めつけは都市全体を得体の知れない緊張感が覆っているように感じたことだ。狩人時代に培った勘が教えてくれる。
(魔物だ、、、)
弾かれるように動き戸棚を開けるとたいして量のない吊してある衣類の中から昔使っていた狩り着を引っ張り出すと急ぎ着替え始める。
(捨てなくて良かった )
そう思いながら袖を通していき上を着終わる頃に警察の音声による放送が流れる。
―魔物警報を発令… 魔物警報を発令…
―これは訓練ではない… 繰り返す… これは訓練ではない…
無機質な放送に緊迫感が一気に高まる。着替え終わると愛用の剣を携えて外に飛び出していく。久しぶりに剣を振るうことになる。否応なしに緊張と興奮が高まり心臓が早鐘を打つ。
住んでいる集合住宅に接する狭い道路にはちらほらと避難所に向かう人が見える。
その流れに従って大通りに行ってみるとそこには既に人の流れが出来ていた。誘導を行っている警官の指示に従って特に流れが乱れることなく避難行動は進んでいる。
流れの中には武器を携帯している人が何人も見られるが、みな戦いの心得がなさそうだった。他の多くの人々と同様に不安げな顔をしている。だが、いざとなったら家族や友人を守るために剣を持って戦おうという気概は感じる。
人波から目線を外すと道路の脇にはちらほらと武装をした人物達が見えた。武器を携えている姿が堂に入っている。ミゲルと同じように戦いの経験を持つ者達だろう。そこに加わるようにして避難者の列から距離をとる。
中にはミゲルよりも強者であると思われる人物が少なからずいた。中級以上の狩猟者だった者だろう。年季の入った面構えをしている。
現役の狩猟者とおぼしき者もいる。たまたま境界線から街に戻っていたのだろう。一際鋭い視線を周囲に配っている。
ミゲルは彼らを見て心強さを感じた。しかし、それと同時に場の空気に含まれる不穏は色濃さを増していく。
(これは… まるで魔境だな… )
狩人時代、特になりたての頃に魔境に足を踏み出したときの感覚に似ていると思った。無意識のうちに剣の柄に手が伸びる。周囲にいる猛者達も同様に構えを取る。中には剣を抜き放つ者もいた。
暗視強化と魔力視を調整していく。街灯の光で明るさはある程度確保されているが戦闘を十全に行うには足りない。乱戦になる予感も相まって慎重に準備を行う。
誘導を行っている警官の他に、周辺を警備していた警官達がいる。その者達がこちらに駆けてくるのが見える。ミゲルが今いる場所は大通りが交差するようにして少し広くなっている。ここが主戦場の一つになる。そんな空気が漂う。
―パンッ!
突如として破裂音が鳴り響く。周囲に白煙が上がり視界を覆い尽くしていく。
―パンッ・・・・・・パンッ・・・・・・
更に間隔を開けて何度も破裂音が響き渡る。反響や大きさから言ってここ以外でも起きているようだ。一帯にばら撒かれているのかも知れない。
魔力波で人間の位置関係は把握出来る。同士討ちの心配はないがこれで魔物の位置を特定しづらくなった。だが、問題は別のところにある。
(煙玉? 魔物がか? )
ミゲルは魔物が道具を使うなど聞いたこともなかった。人間が使ったようにも思えた。パニックを起こして使ってしまったのか、それとも人間がこの騒動を起こしているのか、、、?
自分の考えに動揺して注意が散漫になる。気付くのが遅れた。煙の中から黒っぽい塊が飛び出て迫ってくる。
(しまっ… )
金属のように光を反射するものが閃く。死が頭をよぎった。
―ザンッ・・・
一瞬、斬られたかと思ったがそれは魔物の方だったようだ。近くにいた誰かが切り伏せたらしい。
「気をつけろ… 来るぞ 」
自分を助けてくれた誰かの冷静な声にハッと我に返ると剣を握り直して構えを取る。周りでは既に戦闘が始まっていて剣戟の音がそこかしこから響いてくる。
ミゲルも次々と白煙の中から飛びかかってくる小柄な魔物に対して無我夢中で剣を振るっていく。
必死に戦いながらもわかってくることがある。魔物は猿系の魔物のようだ。猿を見たことはないが概形は図鑑で知っていた。どういうわけか兜や鎧を装備し棍棒や短剣で武装している。
そこまで強い魔物ではないようだが防具に阻まれて致命傷を与えられない事もある。切り伏せても起き上がって再び襲いかかって来ることもあるのが厄介だ。人間のように武器で攻撃してくるのもやりにくい。
それでも直ぐさま対応する。首などの守られていない箇所を狙って倒すやり方に切り替えて効率を上げていく。
気がつくと、いつの間にか顔も知らない誰かと背中をつき合わせて戦っていた。前方だけに集中して切り伏せていく。防ぎきれなかった攻撃により体の所々に血の跡が見られるが回復術で治して崩れるのを防げている。
全体の状況はわからないが警察の対応によって避難民はある程度上手く逃がすことが出来ているようだ。一時的に悲鳴が聞こえていたり混乱はあったようだが数分が過ぎた今ではそれも聞こえない。
警察だけでなく市民達も奮起して立ち上がった結果なのだろうか?
状況は好転しているという前向きな兆候を信じて剣を振るい続けるがそこに新たな脅威がやってくる。
巨大な魔物の気配が接近してくるのをミゲルは感じた。自分では勝負にならない。そんな力の差を感じる。
薄くなりつつある白煙の中から巨大な魔物が姿を現した。ミゲルは知らないがオリバーにより隊長級と分類される個体である。人間のように二本の足で直立している。
鎧を纏い血のついた長剣を持つその姿は異様さに加え頭部の位置の高さから実際よりも大きく感じる。
逃げたいと思いはするがまだまだ小型の猿たちが襲いかかってくるのでその場を動けないでいる。
(くそっ、どうする… )
相手はこちらに狙いを定めたようでまっすぐに近づいてくる。覚悟を決めて逆にこっちから攻撃を仕掛けようかとも思う。背中を合わせて戦っているもう一人も同じようなことを考えているようで伝わってくる魔力から覚悟の高まりを感じる。
後は呼吸を合わせて二人同時に動き出すだけだ。片方だけだともう一方の背中が空く。
状況を見ながら動きを合わせようとしたその時だった。隊長級の前に一人の警官が飛び出てきて剣を交え始める。
(すごいっ! )
ミゲルからするとその警官は相当な実力者に見える。体格も魔力も劣るが巧な剣さばきで相手の斬撃を去なしていく。このまま押し切れるのではないかという希望が出てくる。
だが依然として状況は厳しい。小型の魔物はどれほどの数が存在しているかわからないほどに後から後から湧いてくる。隊長級と戦っている警官の方にも横から迫りつつあった。
(させるかっ! )
二人同時に動いて警官の背中を守るように位置取りをする。
今、警官に倒れられたなら一気に瓦解してしまう。もし小型を一匹でも向かわせたなら、辛うじて保たれていた均衡が崩れるのは火を見るより明らかだろう。
そんな危機感に突き動かされて二人は示し合わせたわけでもなく連携して動き出すと必死に剣を振るって目の前に押し寄せてくる敵を倒していく。
地面に転がる魔物の死体を蹴り飛ばして新たに迫る魔物にぶつけ、動きが止まったところを切りつけて倒す。新たに横をすり抜けていこうとする相手に薙ぎ払いをかけて地面に倒すと上からのし掛かるように剣先を突き刺して始末する。
ミゲルは自分でも驚くような動きで魔物を倒していく。狩人をやめた一年前、おそらく自分の全盛期ですらここまでは動けなかっただろう。
あの時分にここまで出来ていれば中級に上がることが出来たのではないかという思いがむくむくと首をもたげてきてしまう。
(もっと集中しろ… )
雑念を振り切って戦いに集中し剣を振るっているといつの間にか警官の後ろを預かる人員が増えていた。同じように考えた者達が連携を取り始めているということだろう。
大型の魔物は他にも沢山いるようで戦場の至る所で同じような戦いが繰り広げられている。視界に映っているわけでもないがミゲルにはなぜだかそれがわかった。
敵の数は多いが今は膠着状態を保てている。このまま耐えていれば警察の増援が来て形勢は一気にこちらに傾くだろう。そう信じて剣を振るい続ける。
しかし、その後ろで均衡は崩れようとしていた。
「ぐっ…… 」
大型と渡り合っていた警官がうめき声を上げる。大腿部を深く切りつけられ少なくない量の出血を強いられる。溢れ出た血液は制服を濡らし道路に赤い染みができていた。
回復術で直ぐに傷口を塞いで出血を抑える。戦いを続けることは可能だ。だが、傷を負う前のように十全に戦うことは出来ないだろう。もう長くは保たないと思われる。
危機的な状況を理解してミゲルの意識は急激に冷めてきていた。感じられていた戦場の息吹も感じられなくなる。いつの間にか共に戦っていた仲間も何人か倒れ数が減っている。
そこに、さらなる脅威がせまる。
大型が一匹、ミゲル達が戦っている場所にゆっくりと歩いてきていた。返り血を浴びていて身につけた鎧が所々赤く染まっている。手に持った剣には血糊がべったりと付着している。別の場所で戦っていた個体が新たな獲物を求めてやって来たのだ。
(もう、ここまでか、、、)
その姿をみたミゲルの心を諦めが支配していく。だが、完全に心が折れたわけでもなかった。後ろ向きの中の前向きさとでも言おうか。ただ殺されるぐらいならせめて一矢報いてやろうと言う気にもなる。
不思議なことにそう意識を切り替えた途端に心が何も感じなくなった。絶望も希望も、恐怖も勇気も。何かがストンと抜け落ちるような感覚があった。何故か全身に力が漲ってくる。
衝動に突き動かされるように地面を蹴る。自分より強大な敵に向かって一直線に突き進みながらもどこか冷静に状況を分析している自分がいる。
おそらく勝つことはできないだろう。
相手の斬撃を掻い潜って足を切断する。機動力を奪いつつ注意を引きつけて時間を稼ぐ。すぐに方針はまとまった。そのことだけに意識を集中して体を動かしていく。
途中、小型の魔物が飛びかかってきたが冷静に見極めて切り伏せると勢いそのままに駆ける。相手の間合いが迫る。初撃を躱すことが出来なければそのまま死ぬことになるだろう。それを理解してなお正面から相手を見据える。
魔物は迫り来るミゲルに対して剣を振り上げて構えを取った。こちらもまた残酷なまでに冷静に殺意を用意している。
構えられた剣がミゲルに振り下ろされようとしたその時…
―ボッ……
当たりを一瞬、照らし出すような閃光が走った。同時に空気が破裂するような音が鳴り魔物の胸に穴が空く。即死だろう。魔石が地面に転がる。
(えっ・・・?)
ミゲルには何が起きたのかわからなかった。突然目の前の魔物から魔力圧が消失してゆっくりと地面に倒れ伏した。背中に穴が空いている。
周囲を見渡すとさっきまで動いていたはずの魔物達が一匹残らずいなくなっている。警官が相手にしていた大型の魔物も路上に倒れ込んでピクリともしない。
少し離れた場所から建物の隙間を縫ってチカチカと閃光が見えるとその度に魔物の気配が消えていくのが辛うじて感じられた。
(光が魔物を倒しているのか? )
良くわからなかったが自分は助かったのだと理解した。周辺から魔物が一掃されてここでの戦いは終わりを迎えるだろう。
ホッとして地面に倒れそうになったが、静かになった戦場に倒れている者のうめき声が聞こえるようになると今度は生存者の救助をしなければならないことに思い当たる。
ミゲルは疲労した体を引きずるようにして生存者を探しに行った。




