第234話 レイン X オリバー①
部屋に入り学生の先導で中を進んでいく。奥にもう一部屋有りそこの机の向こう側に部屋の主が静かに座っていた。
「先生、お見えになられました 」
「ああ、ありがとう。あなたがレインさんですね。なんでも凄腕の狩猟者でおられるとか… お会い出来て光栄です 」
席から立ち上がりこちらに握手を求めてくる。とりあえずは友好的に対応してくれるようだ。時間を割くことになるからそんなに丁寧な扱いにはならないと思っていたのだが、、、だいぶ感じのいい人だな
握手に応じて手を握り返し自己紹介を済ます。
オリバー教授の髪色と目の色は濃いめの灰色をしている。魔力変異をしているようだ。魔力量もかなり多い。賢者と言うぐらいだからいろいろな魔術が使えるのだろう。研究でも実績を残しているに違いない。なによりリーンやリオンの同類と思えばなにかしらの趣味を持っていそうだ。
面白い話が出来ればいいんだが…
迷惑にならない範囲で話を振ってみるか
そんなことを考えているとオリバー先生から話を進めてくる。
「レインさんが仕留めた魔物を確認したくて来られたと伺っています。こちらでお預かりしていますよ。今、案内しますね 」
「ええ、お願いします 」
部屋から移動して広い倉庫みたいなところにやって来た。標本棚が並んでいる区画を通り過ぎていくと壁で仕切られた場所がある。広い部屋の隅に小屋があるような構造をしている。
その中に入ると冷蔵室になっているようで気温がグンと下がる。魔力があるから寒くはないがそれでも気温が低いことは感じる。ここまで顕著に寒暖差を感じたことがないから新鮮だな。ここまでの変化でも体の負担とかほとんどないのが不思議な感じがする。ジュジュも不思議そうに当たりをキョロキョロと見回している。
下級程度の魔物だから念のために冷蔵してあるのだろう。
冷蔵室に感動しているとオリバー教授が端の方にしまってあった検体を引っ張り出してきて中央付近にある台の上に乗せてくれた。
「触るならこの手袋を使ってください 」
「ありがとうございます。使わせて頂きます 」
教授から使い捨ての薄いゴム手袋をもらったので、それを嵌めると標本に手を触れつつ観察していく。
こいつを見るのは四日ぶりぐらいか、、、
感動の再会って感じがするな…
…いや、そうでもないな… 勘違いだ。そんな思い入れはない
あの時は暗い中でしか見ていなかったがこうして明るいところで至近距離からまじまじ見るとより一層コイツの異質さが際立ってくるように感じられる。
なんて言うか生き物としてのバランスを欠いているようにも思える。人間のような手をしていながら長くて鋭い鉤爪がついている。器用ではあるんだろう。実際にマンホールの蓋とか開けていたし梯子も登れていた、、、
だがこの手では人間みたいに道具を使うのは無理だろうし、この口の形状ではアイツがやっていたみたいに人間の言葉を真似するなんてことも無理そうだ。
なんだろう…? 戦闘能力を上げようとして他から特徴を引っ張ってきて無理矢理搭載したような歪さがある。アイツと同じ種類の魔物だと思うんだが別の方向に変異を遂げたと言うことか? しかし、言い方は悪いがこいつは知能が低下している感じがある。正統な変化じゃないような気がする。
元が同じだと仮定してアイツと比較すると違和感があるな。原始的になっているというか後退しているというか… こいつが竜種ぐらい育っているならまだしもな… まあ、考えたところでわからないが…
しかし、この標本、形が綺麗に揃っているな、、、もっとバラバラに切り刻まれているかと思ったが、、、
周りに置いてある標本はより形が整っているものもあれば細かくなっているものもある。なんか違いがあるんだろうか? 少し聞いてみるか、、、
「この標本… あまり切り刻まれてないですね。 なにか理由でもあるんですか? 」
「しばらくはそのままの形で置いておくことにしているんです。また警察に戻すことになるかも知れませんから。魔術を使えば本格的に解剖しなくても多くのことがわかります。細胞組織まで調べるのは後でも出来ますし 」
唐突な質問だったがオリバー教授は別の標本を観察しながら答えてくれた。もういくつか質問してみよう、、、
「教授はこの魔物についてどう思いますか? 」
「どう、と言いますと、、、? 」
「この魔物、猿の魔物でしょうか? 魔力変異でこうなっていると思うんですけどね、、変なんですよ 」
「、、、そうですね。私もそう思います 」
「私もいろいろな魔物と戦ってきて、、、それこそ竜種やそれに比肩する魔物の相手も何度かやってきて、魔力変異を目の当たりにすることもあったんですけどね、、、」
「それはすごいですね、、、 」
「変異には一定の合理性とか適応性とかがあるように思うんですよ、、、環境やその時の状況に合わせて変化したりとかですね。俺が見た中で一番凄い変異だとその場に合わせて変異させた後、元に戻るんです
たぶん変化にもいろいろな型があってその時々で使い分けることが出来ると私は考えています。凄いと思いませんか? 」
「、、、ええ、すごいと思います 」
「それを考えるとこれは何を思ってこんな風に変異したんでしょうね? するならするでもっと別の形に変異すればいいのに、、、必然性がないというか失敗しているというか、、こう、下手くそなんですよね 」
「――………ええ 」
、、、なんだが食いつきが悪いな
その後も、標本を調べながら疑問をぶつけていく。しかし、俺の質問に最低限の答えを返して来るだけで話には食いついてこない。相槌を打つだけだ。
いや、まあ、それが正しいんだろうけど…
俺が知っている研究者はもっと自分の知っていることとかについて嬉々として話したいものだと思っていたのだが。まあ、みんながみんなそうではないか…
待てよ、、、単純に迷惑しているってこともありえるか? 本当は今、都合が悪いんじゃなかろうか? だとしたら悪いな、、、早々に切り上げるか?
だが、投げた玉が悪かったという可能性もある。ここは一つとっておきの玉を投げてみるとしよう、、、
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オリバーの元をこの標本を求めて誰かが訪ねてくるのは二度目になる。一度目は前日のこと。警察を名乗り実際に警察の制服を着て警察証を持つ誰がどう見ても警察にしか見えない二人組だ。
しかし、実体はもっと後ろ暗い組織の人間だろうという確信があった。おそらく帝国から来た諜報組織だと考えている。
調査の目的は都市部に現れた魔物をもう一度確認するためだというものだった。それは本当の話だろう。魔物のことだけでなくオリバー自身のことについてもいろいろと聞かれたが核心に触れるようなことはついぞ聞かれることがなかった。
多少怪しいと思われているのかも知れないがそれは参考人程度の話であって少なくとも容疑者としては浮かんでいないと見積もっている。
今日、同じ理由で人が訪ねてくると連絡があったときは二度手間を嫌って断ろうと思っていた。しかし、それが狩人だと聞くと頭を電流が走ったような感覚が襲う。
逃げ出した失敗作を仕留めたのは狩人だったと聞く。魔境で訓練に出していた群れのうち隊長級が帰ってこなかったのは狩人に仕留められたからだろう。狩人が訪ねてくると聞いてそれらの出来事が繋がる。
確証はないがすべて同一人物であると確信に至った。
もしこれを断ったなら自分に疑いの目を向けてくるかも知れないという危惧が生まれる。相手がどのような情報を得て、どの程度核心に迫っているのかわからないことが判断を狂わせる。じっとりと何かが体に纏わり付いてくるような、嫌な感覚がある。
しかし、所詮は狩人だ。捜査の専門家ではない。警察組織やその裏にいる帝国と比較すれば個人でしかない。警察が掴んでいないものを掴んでいるとは思えなかった。
丁重に対応してぼろさえ出さなければ満足して帰るだろうと高をくくって心の平静を保つ。会うことを決めて大学の事務員に予定を伝えると対応する準備を開始して今に至る。
事前にすべて確認した。問題はないはずだった。しかし、実際に会ってみるとオリバーの予想を大きく超えていた。
実力のある狩人であるとは思っていたがここまで力のある人物とまでは予想出来なかった。魔力は抑えてられているが感じられる部分からでもその底知れなさは理解出来る。
(これ程の実力者だったとは… )
自分が知る上級狩猟者を基準に上限を見積もっていたが甘かったようだ。隊長級であれば熟練の中級狩猟者が二人もいれば対処ができる。そのことも相手を低く見積もった要因になった。
そして、連れている従魔も恐ろしく強い。オリバーの見立てでは上級下位ぐらいの魔力量だと判断したが魔力量よりも備わっている身体能力に脅威を感じる。魔物を発見されたのはこの従魔の能力に因るところが大きいと推測した。
総合的に見てこの狩人がここで関わってきたのは偶然ではないように思える。もしかすると裏に何らかの組織が関わっているのかも知れないという危惧も生じる。帝国の差し金だとしても不思議ではない。
内心の動揺を抑えて接してみると想像と異なって礼儀正しく物腰柔らかい人物だった。言葉遣いも狩人とは思えないほど丁寧で敵意を感じさせないばかりかこちらを探ってくるような気配もない。昨日来た捜査官と比較すれば脳天気にも感じられた。
(考えすぎだったか… )
それが後々オリバーを苦しめることになる。
最初は相手の態度における裏のなさにほっと一息付いたものだがこの調子が続いていくと徐々に本当は裏があるのではないかと疑心暗鬼に囚われることになった。
(狩人なら狩人らしくすればいいものを… )
こちらの動揺を誘うために態と丁寧に振る舞っているようにも思える。何かを掴んでいることを余裕の態度で示しているのではないかと疑いを持つようになった。猜疑心から客観的に見て友好的な振る舞いすら慇懃無礼にも見えてくる。にこやかな表情が鼻につく。
それでも内心を表情にも魔力にも表すことなく応対していく。魔力の扱いに駆けては百年以上の研鑽がある。その程度のことは容易に出来るだけの実力を持っている。伊達に賢者の称号を受けているわけではなかった。
冷蔵室に案内して相手が求める標本を提示してやると一息つける。標本に集中してくれればこちらへの注意も疎かになるだろう。それを調べたところでどうせ自分に繋がるようなものは何も出てくることはない。そう考えると心理的に余裕が出てくる。
念のために他の標本を整理するフリをして得体の知れない狩人から顔を背けておく。うっかり顔に表れてしまったときのための予防措置としてだ。最大限の警戒を払っておく。
狩人は標本を見ながらもオリバーに話しかけてきた。その内容は自分の功績を自慢するような内容であったが妙に学術的な内容を含んでいる。
(本当に狩人なのか? )
そんな疑問が頭をもたげてくる。狩人は仮の身分で本当は工作員ではないのかと改めて考えてみる。
そんな時に謎の男から実験体に対しての最終的な評価が下される。
「―下手くそなんですよね 」
それを聞いてオリバーは内心イラッときていた。確かに実験体は自分でも認める失敗作ではある。しかし、自分でそう思っていたとしても他人から指摘されるとでは話は別だ。うるさいっ、という言葉が出かけたが堪える。
自分が作り出したものであることを見抜いていて態と挑発をしているのではないかと考え冷静になろうとする。
更に、相手が何も知らなかった場合も考慮する。何も知らないんだ。悪気があって言っているわけではない。許してやろうとも考える。
二方面からの道筋で自分を納得させると落ち着いて返事を返す。多少間が開いてしまったが大きな違和感を抱くことはないだろう。
実際、男から何か言ってくることはなかった。乗り切ったと思った。だが…
そう思った矢先、男から予想もしなかった言葉が飛び出てくる。
「ああ、そうだ… オリバー先生は昔、従魔の研究をされていたんでしたね 」
「! 」
(何故それを知っているっ! )




