第229話 オリバー x 感知
名乗りを受けて検査官バイスは話を進めていく。
「オリバー先生ですね。優れた研究結果を残されている方だとか・・・ 寡聞にして存じ上げなくて申し訳ありません 」
「狭い研究者の間では賢者などと過大な評価を受けていますが普通の人間ですから… 気軽にオリバーと呼んでください 」
「そんな、、、いえ、わかりました。では、オリバーさんと呼ばせて頂きます 」
「はい、結構です 」
そんな遣り取りですっかり緊張がほぐれたバイスはまず検死台の上に乗せられた魔物の死体に案内する。
「これが例の魔物です。なるべく形は残してありますが… 」
一部切除した場所はあるもののほとんど元の形を保っている死体を見てオリバーは驚きを隠さず声を上げる。
「これは… なんとまあ珍しい魔物ですね。長年いろいろなものを見てきましたがこんな風に変異をしたものは初めて見ますよ 」
「見ただけで変異だと解るんですか!? 」
「はい、、、こんな風にいろいろな生き物の特徴が混ざるのは変異だけに見られる傾向ですね。もっとも下級程度の魔物でここまで変異を起こすのは珍しいですが・・・ 」
「そうですか… 」
その後もバイスはオリバーに自分たちが行った検査の詳細を伝えていき引き継ぎ業務を続けていく。それはオリバーを納得させるものであったようで終始相槌を打ちながらにこやかに聞いていた。
「以上ですべてなのですが… 」
一通り説明が終わる。そのことにオリバーは満足したようでバイスにねぎらいの言葉と引継の受理を告げる。
「はい、過不足ない素晴らしい仕事でした。あとは私の仕事ですね。任せておいてください 」
「本当ですか… 良かった。それでは私は通常業務に戻らせて頂きます。後をよろしくお願いします 」
「ええ、お疲れ様でした 」
バイスは特に問題なく引き継ぎが終わったことに安堵すると早々に検査室を出て行った。
後に残るオリバーは部屋の中央の台に横たわる魔物の死体を見つめる。その表情は先ほどまでのにこやかなものとは一変して、感情の抜け落ちたような平坦な顔つきになっていた。
髪色と目の色は魔力変異により灰色をしている。短めに切りそろえられた髪を左右に分けて下ろした髪型でこざっぱりした印象を受ける。顔立ちは整っているがこれといって目立つような特徴がなく印象は薄い。身長も高くもなければ低くもない平均的な体つきをしている。魔力変異がなければ何処にでもいそうな人物という評価に終わるだろう。
年齢は百五十才を超えるが外見は未だに若々しく青年に見える。生まれつき負っていた魔石障害を克服した結果だった。障害を乗り越えた特典としてたぐいまれなる魔術の才能を獲得することになった彼は研究の分野で華々しい活躍をすることになり若くして賢者とまで呼ばれるようになった。
アッシェバーンにある大学では学長を務めるまでになったが一期でその任を他者に譲り、以後自分の研究に没頭するために一介の研究者であることを貫いている。
いつまでも結婚をしないのは研究に集中するためだと周囲からは見なされており、実際それを聞かれれば彼もその通りの答えを返す。研究熱心で無欲な人物であると彼のことを知る人々から評価されていた。
そんな申し分ない経歴の持ち主である彼だが魔物を見つめる顔が突然、無表情から不機嫌を露わにする。
「まさか制御不能になるとはな、こいつだけ単独行動をするなんて・・・改造をし過ぎたということか、、、あれを素体にするならこれ以上は無理だな 」
これまでの柔らかい物腰とは一転して冷酷な物言いになる。こちらが素であるのか傲慢さがにじみ出ている。周りに人がいなければ取り繕う必要がないと考えているのだろう。
部屋に一人なので誰に遠慮することもなく独り言を続ける。
「やはり戦闘経験を積ませていくのが一番無難ではある、、、人為的な変異より自然に変異をさせることが重要か、、、だが人工変異と自然変異になんの違いがある? 自然変異でも下手に引き起こせば制御不能になるか、、、? 」
考え事をするときに口に出すのは彼の癖なのかも知れない。そのまま思索を続けながらブツブツと言葉を発し続ける。視線は死体に向けられたままだが彼の目はどこか別の場所を向いている。
そんな彼の後ろから声をかける者がいた。
「研究は順調そうだねぇ… 」
鈴の音のような澄んだ少年の声だった。どこか人を揶揄うような調子を含んだ声。他に誰もいないはずの部屋の中で突然声をかけられて一瞬心臓が跳ねる。
しかし、声をかけてきた人物が誰か悟ると自分を落ちつかせにかかる。今のオリバーなら不機嫌を通り越して激怒してもおかしくないと思われたが逆に落ち着くと仮面を付け直す。
「ええ、、研究は順調そのものですよ。エストル郷 」
内心の動揺を悟られないようにゆっくりと振り返り突然の来訪者に向き直る。エストルはオリバーの研究にとって言わば後援者のような役回りだ。無下には出来ない。自然と紳士的な対応にもなる。
「そうかい? それは何よりだよ、オリバー君 」
「私の名前を覚えてくださっているのですか、、、」
「大学で聞いてきたからね。少し苦労したよ 」
「ああ、それで・・・ 」
「久しぶりだったからすっかり忘れていてね。百年ぶりぐらいだったかな? 」
「五十年程度だと思いますが正確には私も覚えていませんね。お久しぶりです。お変わりないようで… 」
エストルの姿が当時とまったく変わっていないことに違和感を覚えつつも、まあ、そうかと納得もしている。やはり普通の人間ではないと改めて確認した。
「うん、久しぶり。君は少し変わったね。まあ、それもそうか… 」
「今日はどのようなご用件でいらしたのですか? 」
「うんっそうそう、それが重要だね。うすうすわかっていると思うけど今回僕が来たのは進捗の確認程度のことじゃない。そろそろ祭りを始めたいんだよ… 準備は出来ているかい? 」
「完璧とまでは言いませんがご期待に添える程度には完成しております 」
「いいね! それじゃあ近いうちに始めてくれていいよ。いつ始めるかは君に任せることにする。僕は高みの見物としゃれ込むことにするね 」
「お任せください。万全の状態に調整してから開始することにします。一週間後には開始出来るかと存じます 」
「楽しみだなぁ 」
近いうちにここで起きる地獄絵図を頭に思い浮かべてにっこりと無邪気な笑みを浮かべる。外側から観ただけなら友人と観劇の約束を取り付けて喜んでいるようにも見えただろう。
「ああ、そうだ… 」
そこで少年は何かに気付いたかのようにポケットをまさぐると緑色の塊を取りだしてオリバーに投げて寄越す。
「これあげるよっ 」
「おっと、、、」
投げられた物を空中で掴んで確認するとそれはアルゴルの魔石だった。オリバーにとっては見慣れた物だ。最初にエストルと出会い契約を交わした時、驚くほど大量に受け取ったことを今でも鮮明に覚えている。
彼が今行っている研究にとって無くてはならないものだ。百年近く毎日のように使い続けていて使い方は熟知している。今でも十分以上手元に残っているので今更数が増えたところでさほど喜ぶような物でもないが多くて困るようなものでもない。
「ありがとうございます。大切に使わせて頂きますね 」
「礼なんて別にいいよ。僕にとってはこんなものはいくらでも用意できる程度でしかないからね 」
「それでもですよ 」
「そうかい? まあ、君のそう言うところは嫌いじゃないよ。ああ、もう一つ確認したいことがあったんだった。これが終わったら次は隣の国で祭りをやるつもりだよ。そっちの方は大丈夫かな? 」
「はい、そちらも十分なものが完成しております。どちらかと言えばあちらの方が大きな花火が上がるかと思います 」
「それはいいね、僕は楽しみは取っておく性分なんだ 」
再び脳裏に破壊を思い浮かべるとにっこりと笑う。先ほどよりも強く顔を歪ませた笑いだ。美しい笑みではあるが本性をわずかに垣間見せる笑顔であった。
「少し話しすぎたかな。それじゃあ僕は行くね。後はよろしく 」
上機嫌になるとここでの用は済んだとばかりにオリバーにおいとまを告げると返事を待つことなく踵を返し扉に向かっていく。
「はい、尽力させて頂きます 」
オリバーの言葉を背中に受けて扉を開けると廊下に消えていった。その後を追うようにオリバーが扉を開けて廊下の左右を確認してもその姿はなく行方を眩ませる。
(あの方の相手は心臓に良くないですね… )
扉を閉めて心の中で呟くと良くまとめられた検査報告書に目を通し、学院にある彼の研究室に検体を送るように手配を完了させる。彼にとってこれは失敗作に過ぎないが貴重な標本ではある。真面目に調べようとは思わないが蒐集しておこうと考えていた。
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魔境の調査を開始して三日が経過した。端的に言うと成果は出ていない。表層を中心に限られた範囲を探索すると言ってもやはり魔境は広い。俺とジュジュの索敵術なら結構な広範囲をカバー出来るはずなんだが、、、
二日目からは手分けして探索していたんだがそれでも全域は無理だった。ここ最近は何も起きていないそうなのでその元凶であるものがそもそもいなくなっているとも考えられる。そうなると調査自体が無意味な物になってしまう。
いや、まあ、それはそれでいいんだけれど、、、
スパッと解決したい俺としては早々に何かしらを見つけたい。どうしたものかと情報を整理して考える。そうしていると頭に何か引っかかるものがある。
、、、時間か
いなくなった時間帯は不明ではあるがひょっとすると暗くなってからの時間帯で起きていたんじゃないだろうか? 今は初級狩人達は早めに狩りを終えているとかいっている。それが功を奏していると言うこともあり得る。
魔物の仕業だとしたら夜行性に近い生態をしているのかも知れない。俺の脳裏にはいつぞやのコウモリの魔物の姿が浮かんでいる。
夜に調査することにしようか、、、
人間が夜の闇を克服することは難しいが魔力を駆使すればなんとかいけるはずだ。ジュジュもいることだしな、、、いまさら表層にいるような魔物に後れを取ることもないな。
方針を決めるとギルド職員に伝えて早速夜の森に入っていく。念のためにジュジュと一緒に行動することにした。
歩きながら夜の森の空気を吸い込みその雰囲気に浸る。
静かだな・・・
こういったことは久しぶりな気がする。ジュジュもどことなくテンションが高い。いつもと違うことを新鮮に感じているのだろう。
暗視を強化しつつ索敵術で領域を広げながらうろうろと当てもなく彷徨っていく。
時刻は深夜十二時を回っただろうか? 特に何事もなく時間だけが過ぎる。途中から暗視強化はやめて索敵術だけにした。魔物に遭遇しないうちから視覚を用意してもむしろ邪魔になるような気がしたからだ。
更に数時間ほど夜の魔境を移動しているとジュジュから報告が入る。
《・・・・》
《そうか… 近づいて様子を見よう 》
複数の魔物の気配を感じたという。群れを作るような魔物なのか? オオカミかと思ったがどうやら違うらしい。気配に違和感を感じているらしくなんとなく歯切れの悪さのようなものを感じる。
それはむしろ期待出来るな…




