第215話 ルシウス邸の茶会② x 護衛依頼開始
ヒトの妊娠についての話が一段落付いてくると軽い話題で親睦を深めていく。好きな食べ物とか今までにいったことのある場所についてとか他愛ない話をしていくが三人とも魔術については精通しているから必然的に魔術の話に行き着いてしまう。
「詠唱についての研究はもともとルシウスがやっていたことなのか、、、」
「いかにも、吾輩が昔やっていたことにまだ小さかったファムが興味を示してな、、、その頃は見切りを付けていて別のことを中心に研究を行っていたのでファムに引き継いでもらった形だな
最初は詠唱によって自己魔力を分離魔力に効率よく変換するための実験だったのだが徐々に魔術の構築に移行していった。そんな時にそれを見ていたファムが真似をし出したのだ 」
呪文を唱えて魔術を使用する姿がカッコいいとか子供心に思ってしまったんだろうな。中二病とか言うんだったか、、、でも、実際に魔術を打てるし効果はあるからそうとは言えないかな?
ファムの方を見ると少し恥ずかしそうにしてうつむき気味になっていた。多少そう言う自覚はあるのかも知れない。いや、もしかしたら父親の真似をしていると言うところを恥ずかしがっているだけとか、、、
まあ、そこには触れないのがマナーというもの、、、
「詠唱は魔力の分離にも使えるんだな。どんな風に詠唱を使うんだ? 」
「うむ、そうだな。実際にやってみせるとしよう。空術を使うから見ておいてくれ 」
ルシウスはそう言うとテーブルの上に右手を差し出して掌を上に向ける。そして、そこに魔力を集中させると真剣な顔で詠唱を開始した。
「妖精さん妖精さん… 我がてのひらは其方の踊り場… 我が意の儘に踊るは風の舞い… 」
おお… 分離がスムーズだし変換効率は相当高いな。詠唱をした分、時間はかかるけど効果があるんじゃないだろうか。詠唱をしなかった場合と比較しなければ解らないがそれをしたところで本人のさじ加減みたいなところがある。どの道解らないだろう。
俺がそう思った一番の根拠は変換しすぎて制御を失いかけているところにある。魔術の制御は自己魔力で行うからそれが少なすぎると制御を失って暴走する。
普通は無意識に制御がかかってなかなかそこまで行けないはずだが苦もなくギリギリまでいっている。これには才能とか関係ないはずだから詠唱の効果と見なしてもいいんじゃないだろうか、、、
詠唱にはリミッターを外す効果があるのかも知れない。ルシウスが普段からリミッターを外しているとも思えないし慣れというわけでもなさそうだ。
「見事なものだな… 一息にそこまで分離させるとは、、制御を失いかけている 」
「そこまでわかるか、、、今回はいささか効き過ぎた感がある。魔術の段階でこうなってしまうと少々危険だな 」
「魔術の詠唱ではその分、制御を意識した文面になると言うことか、、、魔術式の説明や解説のようになっていくのは合理的なことなんだろうな 」
「いかにも、、、やはりレイン殿は話せるクチだな。どうだろうか? これを機に学問の世界に重きを置いては、、、」
この手の誘いは久しぶりだな、、、興味が無いと言ったら嘘になるが俺の本来の目的とは合致しない。遠回りになりそうだ。今はいいだろう。急がば回れとも言うけれど、、、
「今は狩人の仕事が性に合っているんだ。五十年後や百年後にどうなっているかは分からないがな、、、」
「そうであるか、、、レイン殿なら滅多なことは起きないと思うが命あっての未来だ。重々承知とは思うが命は大切にな 」
「そうだな。別に死にたいとは思っていない、、、ただ、どうなるか分からないだけだ 」
それでその話は打ち切りになる。そこからまた詠唱についての話になっていくが俺の頭には何かが引っかかっていた。それを抱えたまま話を続けていく。
「詠唱は精神的なものに作用すると思うんだがルシウスは魔力精神感応論についても詳しいんだろうか? 」
「そこまで詳しくは無いが魔術について研究したことのあるものなら大抵かじったことがあるものだ。お察しの通り吾輩が詠唱に注目したのは魔力精神感応論に基づいてのことだ
しかし、研究を進めるうちに魔力がと言うよりは魔石と精神、もっと言うと脳機能との関係性が重要なのだと考えるようになった 」
「魔力精神感応論という表題がそもそも間違っているというか実体と乖離している可能性があると言うことだな、、、」
「それ自体はまだ否定されたものではないが研究としては次の段階に移るべきだとは思う。脳・魔石関係論とでも言うべきかな、、、
しかし、脳も魔石も未知の部分が多すぎる。それぞれ別に研究していったのちに合流していくのが正しい研究の発展段階のような気がしている
数ある論説の一つとして心に留めておくぐらいならいいが本格的に研究するには早すぎるであろうな、、、」
「そういうものか、、、」
研究者でもわからん話になったので俺もなおのことわからんようになってしまった。もっと実用的な話をしよう。
「魔術を人から習ったことがあるのだがそのときに魔力を分離するには自分以外の生き物を想像するのがいいと教わった事がある。ルシウスは妖精と唱えていたな、、、そこに何か意味はあるのか? 」
「妖精や精霊と言ったお伽話に出てくる概念は遙か昔に吾輩達の祖先が自然を観察した結果として生み出されたものという
今となっては幻想でしかないのだがもともとは科学的な知見であり当時の信仰心などと結びついて生まれたものと解釈している
魔力が自然に由来するものであり心のありようと関係するならば遙か昔の信仰心に寄り添えばより深く繋がれると吾輩は考えたのだ 」
「なるほどな、自然信仰的な考えに則った訳か 」
「いかにも、、、それに吾輩は研究者ではあるがこの手の幻想的な話は大好きでね 」
、、、いろいろ理屈を言っていたがどちらかと言えば趣味なんじゃないだろうか
、、、ん? ああ、そうか
「ルシウス、一つ聞いていいか? 」
「かまわないが、、、」
「フラニス教授という女性の学者を知らないだろうか? レイゼルト王国の学者だ。髪色と目の色が魔力変異で灰色になっているひとだ。丸くて大きな眼鏡をかけていたかも知れない 」
「フラニス、、、おおっ、フラニス教授かっ。確かに以前どこかの学会で会ったことがある 」
やはりそうか、、、妖精おじさんはルシウスで間違いないようだ。フランは立派なヒゲを生やしているとも言っていた。
隣の国同士だし繋がりはあってもおかしくないが世間は意外に狭いのだと感じさせてくれるな。
「フラニス教授からルシウスのことなんじゃないかと思える人物の話をチラッと聞いたことがあってな。まさかそうなんじゃないかと思ったがあっていたようだな 」
「いかにもそのようだな、、、ここで出会えたのも強ち偶然ではないのやも知れぬ。神の導きとはこういう事をいうのだろうな、、、」
その後も少し魔術についての話をしてお暇することになった。
ルシウスの意図はただ単純に仕事の前に親睦を深めておこうという単純なものではないのだろう。もしもウィリアム教授を殺害した何者かがここに来ていて監視をしているなら俺の存在を見せておくことは良い牽制になる。
それで、お茶会の合間にも時折周囲に視線を配っていた。あの茂みが怪しいな~とか、あの木陰に潜んでいそうとか言った目線を送ったからもしそこに人がいたなら目が合ったように感じたかな?
犯人からしてみればこれで迂闊に動くことは出来ないだろう。まあ、帰りにも周辺を探ってみたが特に怪しい人物なんていなかったのだが、、、
そして次の日、いよいよルシウス教授の依頼を熟す日となる。
夜が明けて少し日が昇ったところでホテルを出る。向かう場所は学院だ。学院から近い場所にあるのでそこで集まってから魔境にいく予定になっている。
駐車場にトライクを止めて集合場所に歩いていく。学院と魔境の間にある高い塀に設けられた門が一つある。その前が集合する場所だ。
俺の前に誰か先に来ているようだ。この魔力はルシウスだな
集合時間にはまだだいぶ早いのだがそういう性分なんだろうか? 俺が早く来ることを見越してのことだったりしてな、、、
「おはよう、早いな 」
「うむ、おはよう。目が冴えてしまってな。早く来すぎてしまった 」
目が冴えてってところは本当のようでルシウスはずいぶんと魔力に満ちあふれている。この調査を楽しみにしているようだ。
調査目標は魔境の植生、昆虫や鳥などの生息数といったもので環境調査みたいなものなんだろう。そう言ったものから魔境の深化具合がわからないかとかデータを分析していくらしい。
ルシウスと話ながら待っていると順々に人が集まってくる。ルシウスの研究室に勤める研究員達だ。年齢構成はバラバラで二十代から百才超えまで多岐にわたる。全員徒人であるらしい。ルシウスを除く七人のうち五人は時間になるだいぶ前に到着した。
出発予定時刻が迫ってくると時間直前になって一人が到着する。
「おはよう、リカルド。君にしてはずいぶんと遅い時間だね 」
普段はもっと早く来るような人物なのだろう。仲間内から疑問混じりの声がかけられる。
「おはようございます。研究室に忘れ物をしていることに途中で気付きまして、、、取りにいっていたんです 」
そんな遣り取りの後、出発時刻を迎えるが最後の一人は時間内にはやってこなかった。そのまま五分ほど待っているとこちらに駆け足で向かってくる人影が見えた。どうやら最後の一人がやってきたらしい。けっこう背が低めの小柄な人物だった。
「すすっすいませんっ。遅れましたっ! 」
「遅ぇぞっ、ヘイワーズ! 六分の遅刻だっ! 」
慌てた様子で平謝りするヘイワーズに怒りをぶつけるのは確かランツって言う名前だったと思う。目つきがちょっと鋭くてしゃべり方が荒い不良みたいな印象を受けるが時間にはきっちりしているようだ。謝まり続けるヘイワーズになおも怒りをぶつけようとする。そんなランツに静止の声がかかる。
「そのぐらいにしてあげてください。今ここで説教しているのも時間の無駄でしょう。先生、早く調査に向かうことにしましょう 」
「うむっ、そうであるな 」
リカルドがルシウスに先に進むことを提案すると直ぐに承諾してその場は収まることになった。
連れだって門前まで移動する。そこには魔物の侵入を防ぐために重厚な扉が設置されている。
魔鉄で出来ているな、それもまあまあ質の良いやつ
ルシウスが鍵を開けて重い扉を軽々と開けていく。そうして全員が魔境に出ると今度はリカルドが扉を閉めて鍵をかける。何人かは鍵を持っているようだ。
魔物に襲われて散り散りになったときに誰かが門に戻ってきて開け閉め出来るようにという配慮なんだろう。対処出来ないような魔物に襲われることは想定していないと思うが万一のときの気休め程度には何かをしておきたいと言うことかな?
そこからは二班に分かれて調査をしていく。
ルシウスと三人の研究員、そしてジュジュで一班。残りと俺で一班を作る。ルシウスは戦闘も出来るし他のメンバーも多少はやれるそうなのでジュジュを付けることで補う形とした。
俺のいる班はリカルドが多少出来るぐらいで、ランツとヘイワーズ、そしてもう一人、スオムというやや大柄な男は戦闘があまり得意ではないそうで俺が護衛に付くこととなった。
森の地図を見ながら移動していき表層にたどり着くといよいよ調査が始まる。




