第212話 依頼 x 護衛
朝になると昨日と同様に魔術を使う気配を感じて目が覚める。ファムは今日も魔術の実験を行っているようだ。
五十万桁ぐらいまで計算していたような気がするが覚えていない。
なんか気になったのでまた行ってみることにした。再び海岸に行くと昨日と同じ場所にいる。一心不乱に魔術を詠唱して放ち続けている。
少し離れた場所で見ているとこちらに気付いたのか実験を中断して歩み寄ってくる。
「レイン、おはようございます 」
「おはよう、ファム 」
ファムはこちらに何か言いたそうな雰囲気がある。中断して歩み寄ってきたことからもそれはうかがえる。なんか言いにくそうな雰囲気もあるな、、、
「、、、ちょっと話があるんだけどいいかな? 」
「もちろんいいぞ。こんなところで立ち話もなんだからまたあの店に行こうか。もちろん俺のおごりだ 」
「えっ、いいの!?、、あっ、いやっ、やめておきます 」
「遠慮はしなくていい。それなりに稼いでいるしファムに対しておごりたい気持ちもある 」
「で、でも、、、」
「いいから行くぞ。話があるんだろう? 」
このままでは埒が明かないと感じた俺は同意を得ることなく踵を返してジュジュと二人であの店に向けて歩き出す。
「あっ、待って 」
ファムは置いていかれまいと小走りでこちらに着いてきた。やがて俺の隣に並ぶと文句を言ってくる。
「もうっ、ちょっと強引だよ 」
「すまないな。こうでもしないと話が進まないと思ってな 」
それ以上ファムは文句を言ってこなかった。強引なリードは嫌いではないのか単純にあの店で食事が出来るのが嬉しいのか良くわからないが怒っていないようなのでとりあえず良しとしよう。
横に並んで歩いていく。身長は俺の方がちょっと高いぐらいか。こちらに来てからの知り合いで俺より背が低い人はあんまりいないんだよな。まあ、気にしても仕方がないが。身長がどうこうって言う価値観はこちらにはあんまりないようだ。幸いなことにな、、、
店に到着すると偶然にも昨日と同じ席に案内される。同じように座ると注文を決めるのだがファムは俺と同じようなモーニングセットを頼んだようだ。昨日と同じパフェを勧めて見たのだが遠慮したらしい。そこら辺に育ちの良さを感じる。
注文をして料理が運ばれてくるまでの間、ファムから話を聞いてみる。
「それで話というのはなんだろうか? 」
「ええと、、、レインって結構有名な人なの? 」
いきなり質問から始まってしまった。有名とはどういうことだろうな? それなりの活躍はしてきたつもりだがこんな所まで届くようなことじゃないはず、、、
「すまないがそう思った理由を聞かせて貰えるか? 」
「昨日レインと会ったことをお父さんに言ったんだけれどレインのことを知ってるみたいだったんだよね。それで、、、」
「ファムの父さんが、、、? なんだろうな、、、ファムの父さんは何をしている人なんだろうか? 」
狩人関係とか行政関係ならわからなくもない。ヴィルフォートで起きたことが伝わったんだろうか? いや、速すぎな気もするが、、、
「学者をしているんだけど、、、」
学者か、、、ああ、なるほどな…
リーンやリオンの顔が頭に浮かんでくる。確かに学会の関連なら俺の情報をどこかで目にしていても不思議ではないか、、、案外、リーンが書いた論文とかに俺のことが書かれていたのかも知れない。
「それなら何となく分かるな。依頼をしたいとかそう言うことなんだろうか? 」
「さあ? そこまでは、、、ただ会ってみたいとしか聞いてないよ。どうなのかな? 」
「まあ、別にどんな用事だろうといいか。会うことにしよう 」
「本当に? 良かった、、、それじゃあ伝えておくね 」
どんな用事でもって言うのは嘘だな。学術的な話や調査依頼ならともかく、ひょっとすると娘にこれ以上近づくなとか言う話もあり得ないことじゃない、、、考えすぎか?
「ああ、そうだ。会ってくれるならこれを渡すように言われてたんだ 」
ファムは鞄から封筒を取り出すとテーブル越しに寄越してくる。それを受け取るとちょうど注文したものが運ばれてきたので食べることにする。
ちょっとした雑談を交わしながら食べていき食べ終わるとファムは直ぐに自宅に戻っていった。父親に俺が承諾したことを伝えに行くらしい。
封筒を開けて中を確認すると会見場所と時間が書かれた紙が入っていた。いろいろと丁寧に挨拶文とか書かれていた。俺が承諾しなかったら無駄になるというのに丁寧なことだ。
会計を済ませてからホテルに戻りこの後の予定を考える。ファムの父親とは午後三時の予定だから時間が空く。とりあえず海辺の街に来ているから海に来てみた。
イルガムロとの戦いを経たことでここの狩猟ギルドで何か獲物がいないか確認しようかとも思ったがそう都合良くは行かないと思い直してのことだ。
海岸に着くと海の中に膝下まで入り水術を使用していく。今後、海で戦うようなことがあるならば海水も自在に操れるようになっておきたい。
ジュジュの方を見るとやはり海に入るのを嫌がっているようで始めは入ろうとはしなかった。しかし、俺が訓練しているところを後ろから眺めているとやる気になってきたのか入ってきて魔術を練習するようになる。
絡帯を繋げて魔力の流れや性質などの情報を共有していくとジュジュもだんだんとこつが掴めてきたのか簡単な魔術なら使えるようになる。
そうなるとせっかくビーチに来ているので遊びたくなってくる。まだ水温は冷たいが俺達なら平気だ。最初は波打ち際で追いかけっこをしているだけだったが徐々に魔術を使用した遊びになってくる。
ジュジュが放つ水弾や高圧水流を避けたり受け流したり喰らったりして海水に慣れ親しんでいってもらう。途中で攻守交代して俺が水の触手を放ち捕まえようとすると今度はそれをジュジュが躱したり猫パンチで吹き飛ばしたりして水術への基本的な対処を学ばせていく。
そうこうしているうちに時間は過ぎていき昼食を取るのも忘れて遊んでしまっていた。ファムの父親との約束もあるので切り上げることにする。
海から上がって体を乾かすために清発を行っていくのだが思いのほか海水は落ちにくかった。塩分が残ってしまう感じがするので何回も行う羽目になった。そのおかげでこつは掴めるようになりサッパリさせることは出来た。
初夏ぐらいからこちらでもビーチを楽しむ習慣があるようだが水着があるのはこのためなんだろうか? アニスはビキニタイプを着ていたな。あれは良いものだ。
まあ、単純に旧文明の名残かも知れないが考えるほどに分からなくなるな。水術はみんなが使えるわけでもないから泳ぎやすい恰好の需要があったとしてもおかしくないが魔物がいるから気軽に海や川に入ることは出来ないし需要が無いとも言える。
俺が知らないだけでこの世界にはビーチがまだまだあるんだろうか? 海には入らないが砂浜で遊ぶために水着があるという可能性もあるのか、パリピな感じ
、、、考えるだけ無駄だな
少し小腹が空いたのでジュジュにはジャーキーをあげて俺は携帯食料をつまみホテルに戻る。そして、トライクに乗ると約束の場所まで走らせる。
白亜の家々を通り過ぎていきちょっと郊外に出ると道の途中から大きめの建物が見えてくる。そこはリーン達がいたような学院の建物だった。
受付で用件を伝えると案内をしてくれる。移動がてら話をしてみるといろいろと教えてくれた。
ここサーブルはトリオス王国でも有数の学術都市であるらしい。ここ以外にも大きな学院はいくつかあり、ファムが通っているような学校も多数存在するのだそう。ここ南部はとりわけ厄介な魔境が少なく比較的安全で気候がいいのが理由だとか。
しかし、それでも魔物はやはり恐ろしいのか警備は厳重だな。郊外の立地で魔境が近いのだがそれでも過剰なぐらい厳しい警戒態勢を取っている。警備員の姿は見えないが探っている気配を感じる。ちょっと懐かしいな…
癖になっているんだ… 学院に来た時、周囲を警戒するのが
「失礼します 」
案内の人がドアをノックして中を確認してくれるがどうやら中には誰もいないらしい。その場合の対処は事前に決められているのか中に通してくれる。
「椅子にかけてお待ちください。直に来るかと思います 」
ドアを閉めて立ち去っていくと一人部屋に残される。立っていても仕方がないのでいつものようにソファにかけて待つことにする。ジュジュは一応俺の足元の床に座る形にさせておく。
部屋を見回すと本棚に本がぎっしりと並べられた学者の部屋って感じの部屋だ。調度品はけっこう新しめな感じがする。建物全体からも古さはあまり感じない。設立からそこまで立っていないんだろうか、、、
観察にも飽きてきてジュジュを撫でたりコミュニケーションを取っていたところ部屋の外から大きめの魔力反応が近づいてくる。ドアがノックされて俺がそれに応じるとファムの父親とおぼしき人物が部屋に入ってくる。
身長はかなり高く筋肉質でゴツゴツとしている。学者と言うより歴戦の戦士と行った風貌だ。髪色は黒っぽい紫色で目はそれよりやや明るめの紫。魔力の大きさもあり魔力変異だと思う。長めの髪をオールバックにしてヒゲをいわゆるカイゼル髭に整えている。眼光は鋭く切れ長目の目をしている。
なんか威圧感があるな・・・
これ以上娘に近づくようなら力ずくで排除する、とか言ってきてもまったく違和感がない見た目をしている。まあ、そう思うのは失礼なんだろう。偏見は良くない、、、
「お待たせしたようですまないな。別の用件が少々長引いてしまった 」
開口一番、謝罪をしてきてくれる。どうやら普通に話せる人のようだ。やはり偏見は良くない。
「時間通りです。気にする必要はないですよ 」
一応、まだ初対面だから丁寧な感じで話しておこう。狩人対応に変えるかは今後の展開次第だな、、、
「気遣い痛み入る 」
そう言うと相手は対面のソファに腰掛ける。まずは自己紹介からだな。
「吾輩はルシウス・アーゼルト。ファムの父親でこのルステルス学院で教授の任を預かっている。気軽にルシウスと呼んで頂きたい 」
吾輩…
こちらには日本語並みに一人称の種類が豊富にあるのだが吾輩というのは初めてだな。なんとも古風というか見た目の通り豪快というか、、、
「私はレイン・シス・プラムゼフゼリアです。レイゼルト王国からやって来た流れの狩人をやっています。こちらは私の従魔で相棒のジュジュです。気軽にレイン、ジュジュと呼んで頂ければ、、、」
「やはり“黒き疾風”レイン殿で間違いないご様子、、、お目にかかれて光栄の至り。ご高名は聞き及んでいる 」
黒き疾風、、、? そんな二つ名が付いていたのか? 自分のことながら初めて聞いたな。俺の交友関係だと他人の二つ名とか興味ない人間ばかりだからな、、、どうするか? 初耳ですなんて言えないな。まあ、スルーしておくか
「私のことを知っているようですね、、、ご職業から考えれば学術調査関係でしょうか? 何か依頼のご要望があるとか、、、」
「おわかりか、、、流石と言わせて頂く。その話をしてきたいところだがその前にもう少し狩人らしい話し方をして頂けないだろうか? こちらはその方が慣れているのでね 」
ありゃ、受けが悪かったか。厳格そうに見えて意外とざっくばらんなんだな、、、まあ、こちらもその方がやりやすい
「そうか、ならば狩人の話し方で行こう。この方が仕事の話はしやすい 」
「うむ、、、それでは早速で申し訳ないのだが依頼の話をさせてもらう。今度の日曜日に吾輩の研究室に所属する研究員全員で魔境に環境調査に赴くのだが我々に同行して護衛をして貰えないだろうか? 」
「護衛か、、、研究室の人員は何人だろうか? あまり多いと俺とジュジュだけでは対処出来なくなりそうだが 」
「人数は吾輩も含めて八人、二つの班に分けて調査するからレイン殿とジュジュ殿で分かれて護衛をしてくれれば大丈夫だ。場所は学院から少し行ったところにある表層の魔境だ
学院が管理していて長年初級の魔物しか確認されていない安全な場所ではあるが学院の規定では一人以上の中級狩人の同行が義務づけられていてな。レイン殿には物足りない依頼かも知れないが引き受けてもらいたい 」
「学院が管理していると言っていたな。管理の実務を担っているのは狩人ではないのか? その狩人が同行すればいいんじゃないのか? それでなくてもここの狩猟ギルドを当たれば中級の狩人が何人かいるだろう、、、わざわざ高く付く上級狩人に依頼するのは無駄が多い 」
「そうであるな、今回レイン殿に依頼したいのは少々込み入った事情があってな、、、それを今から説明しよう。少し待っていてくれ 」
そう言うとルシウスは席を立って机の方にいきなにやらごそごそと作業を行う。しばらくすると手に木製の箱を持ってソファまで戻ってきた。その箱をローテーブルの上に置く。
「この中にはかなり貴重なものが入っていてな。いまからそれをお見せしよう 」
ルシウスはもったいぶるかのようにそう言う。あまりそう言うことをしなさそうな人物と思っていたので意外だ。箱の中身に対する興味が出てより一層注目してしまう。
ゆっくりと箱を開ける動作や持ち上がっていく蓋、徐々に広がる隙間などにもはっきりと意識を向ける。そして、蓋が完全に開くとルシウスは箱を傾けてこちらに中身がよく見えるようにする。
心臓が少しはねた




