第210話 イルガムロ X 決着
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さて… どこから来るかな?
まだイルガムロの方が船よりも速いには違いないがダメージを与えたせいかその差は縮まっている。通常の泳ぎだけなら船を追いかける形になるはずだが水術で加速してくるとかだったら前方から現れてもおかしくない。
ヤツの位置を特定するには観測手が頼りだが船の走行中は精度がかなり落ちるようだから今はあまり当てにならないか、、、
そしてもう日が沈む… あたりはかなり暗くなってきている。
「明かりを灯せっ 」
アニスの命でエンジン音と共に船体に明かりが灯る。どうやら発電機を積んでいるようだ。観測手はサーチライトのようなもので海を照らしていきヤツを探していく。やがてヤツを発見したのか観測手から声が上がる。
「後方っ! 距離20っ! 」
声を聞いて船尾に駆けつけるとサーチライトで照らされて丸く光る海面の中にヤツの背びれが光を反射しているのが見える。
甲板衆はそれに向かって銛を投げつけるがあまり効果はないようで平然と泳ぎ続けている。むこうも攻めあぐねている感じはあるがこちらも決定打に欠ける。しばらく膠着が続くかと思われたが先に仕掛けたのはこちら側だった。
船が微妙に相手とずれる進路を取り始めるとアニスの号令が響き渡る。
「急速停止っ! 」
一拍ほど遅れて船は急激に速度を落としていく。慣性で若干前に押し出されるが甲板に溜まった海水を魔力で固めてやり過ごす。
かなりの速度で船体の横を通り過ぎていくイルガムロの背びれを横目に見ながら次の行動を考えるために状況を把握していく。船を止めたと言うことは観測手の索敵を頼りに止まったままここで迎え撃つと言うことだろう。船底衆を休ませるためでもあるか。
船を止めたまま戦うなら相手はこちらに好きなように攻撃できるわけだが観測手がヤツの動きを察知できるならこちらにとっても攻撃のチャンスでもある。攻撃のパターンについてはある程度の把握は出来ているから何とか対応出来るか?
水術で来るなら甲板衆の集合戦術で防御は可能だが近接戦で来られるのが厄介だ。力では押し負けてしまう。変則的な攻撃で対応が遅れてしまうのもまずい。俺はサポートに回って相手の攻撃を確実に防ぎつつ攻撃の隙をうかがった方がいいかも知れないな、、、
俺の中で方針が固まりつつあるときアニスから声を掛けられる。
「レイン、、、」
「なんだ? 」
「いろいろ任せていいか? あたしらはあたしらで何とかしてみる 」
「ああ、任せておけ 」
「頼んだ 」
そういってアニスは短い会話を打ち切るとふいっと俺から目を逸らして甲板衆の陣形の中に入っていく。
さて、俺は俺でヤツに何をどうやって打ち込んでいきますかね、、、
海になれてきたのかちょっと面白くなってきている。胸の魔石が疼く感じ・・・ さっさと仕掛けてこないかな? 意外に接近戦の方がやりやすいような気がしてきた、、、
「来るぞっ! 正面右30°っ、距離40っ! 」
観測手の警報と共に甲板衆は陣形を動かしていく。観測手は相手の動きに合わせてサーチライトを動かしヤツの行動を丸わかりにしてくれる。ヤツは船と平行に飛び上がると水流を放って海中に消えていく。甲板衆は連携してそれを防ぐ。
「左舷横後方っ! 距離30っ!」
再び観測手の指示に合わせて船上は動く。左舷側に陣形を動かすと相手の水術を同じように凌いだ。それが数回繰り返されていく。イルガムロは毎回のように同じ威力の同じ魔術で攻撃をしてきているように見えて少しずつ威力が弱くなっている。息が切れてきているようにも見えるが、、、
―大規模術式・集束展開、
攻撃の間隔は狭くなってきている。こちらに考える隙を与えないようにしている様にも感じる。魔力にも余裕があるようだな。
―自在操空術式、
何かを狙っているのかも知れない。相手の出端を挫いてやろう。それに加えてそろそろ俺も大ダメージを与えてやりたい。大きめの魔術を使っていこう。
―烈空・風神装
俺の体の周りに極限まで圧縮された大気が渦巻きながら薄く纏わり付いていく。これで第一段階が整う。
“絶雷”を引き抜いて右手に握りポーチから手裏剣の束を取り出して左手に掴む。後はイルガムロの方から乾坤一擲を仕掛けてくれればいい。
待っていると程なくして時は訪れる。海中から力強く飛び出して宙に躍り出る。体に海水を纏い頭部から甲板に落下していく。その先には陣を形成して集合している甲板衆達の姿がある。牽制を行って一カ所に集めていたところを一網打尽にする腹づもりだったのだろう。
だが… それはアニスたちも先刻承知…
命をかけて囮役になってくれている。絶好の機会だ。派手にぶちかましてやる。
―飛天
俺は風圧を纏って飛び、イルガムロに正面から向かっていく。術式を発動して“絶雷”を中心に高速で回転する風の球を作り出す。その中にはいくつもの手裏剣が球の表面を滑るように飛び交っている。
―風神烈斬…
すれ違いざまに落下するイルガムロの側面に刀を押し当てると風圧を巨体に押しつけながら尻尾側に抜ける。
―鋼刃閃舞・魚鱗引き
高速で回転する手裏剣がヤツの鱗を剥がしていく。遅れて刀の切っ先が身を切り裂いていく。完全に完全にすれ違った後にはヤツの右側面はズタズタに切り裂かれ鱗と鮮血が宙を舞う。胸びれも千切れ飛んでいた。
イルガムロの巨体は風圧に押されいろいろ撒き散らしながら水柱を上げて海面に叩きつけられる。ライカン号の甲板には鱗や血肉が降り注ぐ。胸びれも水飛沫を上げて甲板に衝突する。
大ダメージにはなったがまだ表面を削いだだけだ。ヤツはまだ生きている。
そこに最大船速を上げるフリッツ号が迫ってくる。船首にはグラスがあの巨大銛を構えていた。集合魔術を放つ準備は既に整っている。
ライカン号からのサーチライトに照らされて海中にヤツの姿がわずかに見える。俺の一撃によるダメージのせいか動きは鈍い。ゆっくりと沈んでいる。そこに超高速の銛の一撃が射出された。
海面に着弾すると大きな水柱が上がる。
やったのか、、、?
甲板に着地して船縁に移動し銛が命中したのか確認する。しかし、フリッツ号は急速にロープを巻き上げて銛を回収し始めているようだ。
外したか… ヤツはどこだ?
観測手がサーチライトを動かして探している。あの傷ではそこまで速く動けないはずだが、、、回復させるためにじっとしている可能性もある。
そう考えもしたが甘かったようだ。観測手の鬼気迫る声が響き渡る。
「フリッツ号に向かっているぞっ! 気をつけろっ! 」
サーチライトに照らされた背びれが高速でフリッツ号に向かっていく。回復など二の次でこちらの隙にねじ込もうという魂胆なのか。相手ももはやなりふり構っていられないんだろう。最後の力で一気に勝負をかけに来ている。
俺もフリッツ号に向かうがヤツの方が速い。何とか耐えてくれればいいんだが、、、
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「こちらに来ているぞっ! 速いっ! 回避は無理だっ! 」
「迎撃準備っ! 」
観測手からの悲鳴のような警報を聞いてグラスは迎え撃つ決断をする。相手はレインの攻撃により右側の鱗をだいぶ失っている。そこに攻撃を集中させれば撃退は可能だと判断した。
イルガムロは右舷側から垂直に向かって来ている。そこに甲板衆から銛が放たれる。幾本もの銛が刺さっていくが相手はひるむことなく向かってくる。至近距離まで接近してくると海面から飛び出す。
向かうその先には探照灯をイルガムロに当てている観測手がいる。確実に狙いがあってのことだった。観測手が戦闘の要であることを理解している。
グラスも甲板衆も危機を感じるが防ぐ手立てはなかった。観測手は自分に向かってくる大きな顎を照らしながら低速再生のようにそれが見えていた。確実に自分は死んだと思った。
そこにまばゆい閃光がほとばしる。荒れ狂う雷電が吸い込まれるようにイルガムロの巨体に打ち付けられ体に纏っていた海水を吹き飛ばす。体は電流によって硬直を起こし、くの字に曲がる。それにより軌道が逸れて櫓の下の船室部分にぶち当たり衝撃で船は大きく揺れる。
相手の魔力はジュジュの雷術によりかなり減衰している。イルガムロが接触した船室の屋根や壁は粉々に破壊されたが櫓を支える頑丈な支柱は無事だった。船縁や船体の側面も破壊されたが航行に問題はない。
硬直が解けて重力に引きずられていくと船を削りながら破片と共に巨体は海中に沈んでいく。イルガムロは死んだようにも見えたがグラス達は気絶しただけだと確信している。すぐに目を覚まして再び襲ってくるだろう。
そう思い刺さった銛を引き抜こうとロープを引く。銛はがっちりと肉に食い込んで容易に引き抜けない。回復反応により固定されている感覚が伝わってくる。相手が生きていることを示している。
甲板衆達がイルガムロの体をたぐり寄せながらロープを戻していると急にロープを引く手に抵抗を感じる。どうやら目を覚ましたようだ。張力に抵抗して膠着を保っているとやがてフッと張力が消える。回復術により銛を体外に排出したようだ。傷を回復してより強力な攻撃を仕掛けてくる前兆のようにグラスには感じられた。
更なる危機感に対応を迫られるが船縁や甲板を破壊されて溜めていた海水はほとんど流れ出してしまった。直ちに応急修理を行って再び海水を溜めるかと考え指示を出そうとしたそのとき、海中から魔力圧が膨れ上がる。
それを感じたグラスは肌が粟立つような感覚に襲われる。甲板衆達も多かれ少なかれそのような感覚になっている。船底衆も同様だろう。未知の感覚に船団全体が浮き足立っている。
「退避ッ!! 」
ライカン号にも聞こえるような声量で叫ぶ。船底衆は嫌な予感に突き動かされて全力で船を後退させる。兎に角この場に留まっているのはまずいという予感があった。
フリッツ号は後退をかけ、ライカン号は大きく円を描くように前進していく。相手の攻撃を躱せるか確証はないが何もしないよりはましだ。固唾を呑みながら相手の出方を待つしかない。観測手達は必死にイルガムロの姿を探す。
時間の感覚も分からなくなるような緊張の中、フリッツ号の左舷側、やや離れた海面に背びれが出現する。しかし、まだ誰も気付いていない。
イルガムロはフリッツ号に向かって前進する。その速度は徐々に上がっていきある時点で急激に加速していく。これまでに無い速度で推進していくと海面下から浮上して水平に飛行する。
胸びれは再生されて左右が揃い、変異によってより大きくなり空力を掴めるように水平に稼働出来る。それにより空中で方向を制御出来るようになっていた。
そして、身に纏った海水を後ろに噴射することで反動を利用し、空中でさらに加速する。
空気を切り裂きながらフリッツ号の側面に直撃する軌道を飛んでいく。その姿を観測手が捉えたときには回避不可能な位置にまで来ていた。探照灯の照準が追いつかない。
誰一人視認出来ていなかったがイルガムロの顔の先端は鏃の様な形に変化して貫通力と破壊力が増している。船体を貫いて反対側に抜けるには十分な威力で迫る。
接触する直前、甲板にいる多くの人員は接近に気付けていたが何も出来ない。何かを行うには手遅れだった。
その時、風が吹いた…
―風撃砲
上空から船首側の甲板に向かって烈風が叩きつけられる。グラス達は突然の風圧に耐えられずに甲板に押しつけられ船ごと海面すれすれまで沈んでいく。フリッツ号の船尾側は逆に海中から持ち上げられる。
そんなグラス達の頭上をイルガムロは轟音を上げて通過していく。過ぎ去った直後に船は船尾を海面に叩きつけて元に戻る。皆何が起こったのか分からない様子で巨大魚が通過していった先を見つめていた。
破壊の手応えを感じることなく通り過ぎたイルガムロは混乱していた。着水してしばらく慣性のまま海中を進んでも何が起きていたのか理解出来なかったが残りの力を尽くして相手が死に絶えるまで攻撃し続けると決意している。向きを百八十度変えると再び加速してフリッツ号に進路を取る。
対するフリッツ号は後退をやめて蛇行しながら前進している。的を絞らせないようにして攻撃を躱そうと必死に工夫をしているがイルガムロの噴射加速とは速度が違いすぎて躱すのは不可能に近い。さらに相手は空中で自在に進路を変えられる。船団がここから巻き返す手はないように思えた。
水中での速度が十分に上昇するとイルガムロはいよいよ水術を駆使した空中加速に移ろうとする。術式の構築が完了していよいよ空中へ舞い上がる。
その時だった…
違和感があった。体に何かが巻き付いていることにここに来て初めて気付く。体の上に何かが乗っている。本能が警鐘を鳴らす。危機を感じて一刻も早く攻撃を成功させようと魔術を発動させる。フリッツ号と接触する衝撃で体に取り付いた異物を吹き飛ばす考えだった。
水流噴射で体が宙に躍り出る。全身を露わにしたとき体には鋼線が巻き付いていた。その鋼線に支えられてイルガムロの頭の上に人が手をついた恰好でしゃがんでいた。
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さて… そろそろやるか…
―送電雷刃術式、
俺は“絶雷”の切っ先をイルガムロの頭部、額?の中心に押し当てる。この先にこいつの脳があるはず。多少ずれても電撃を流していくから問題ない。
空中で加速をし出す瞬間を狙う。船に近いところで仕留めた方が回収が楽だ。
俺の存在に気付いたようでさっさと加速を始めようとするがもう準備は整っている。手遅れだ。
―電葬雷刃
仄かに電子の光を纏った刀身を一気に根元まで貫き通していく。上手く脳に刺さったようだ。電流を脳やそこからのびる太い神経に流していき焼き切ると魔術構成が解けて制御を失った海水がほどけていく。
全身が弛緩して鰭がたたまれていくと急激に落下し始めて着水し飛沫を上げる。そのまま海面を切りながら進んでいくとやがて勢いを失って止まる。
刀を引き抜いて鞘にしまうと巻き付けていたワイヤーを戻す。辺りを見回すと周囲は一面真っ黒い海面が広がる。月明かりと船の明かりがわずかばかりの光源になっているだけでなかなか恐い光景ではある。
しかし、夜空は月も星もかなり綺麗に見えている。波も穏やかだ。足場がイルガムロでなければいい光景だっただろう。
程なくしてフリッツ号のサーチライトが俺を捉える。すぐに船が接近してくると甲板に飛び移った。船上ではまずジュジュが出迎えてくれる。とりあえず撫でてやる。心配はしてなかったみたいだな。絡帯で繋がっているから俺の状況は分かっている。これで陸に戻れる安堵が大きいのだろう。
「レイン、、、無事か? 」
グラスが話しかけてくる。こちらは流石に心配をしているようだな。何が起こったか若干理解出来ていない風もあるが、、、
「ああ、無事だ。そちらはどうだ? 」
咄嗟のこととは言え風撃砲で圧縮したからな。加減はしたが怪我ぐらいはしているだろう。
「こちらは問題ない。全員生きている 」
「そうか。なら無事に漁は終わったな。引き上げて港に帰ろう 」
「そうだな、、、野郎どもっ! 声を上げろっ! 」
「「「オオーッ!!! 」」」
船団全員で鬨の声を上げるとイルガムロを船体に固定する作業が始まる。流石に船に乗せるには大きすぎるらしい。フリッツ号とライカン号の間に挟み込むようにして固定すると二隻は並んで港に引き返していった。




