第208話 X イルガムロ
ジュジュが暇そうにあくびしている。撫でてやってからジャーキーを与えて今から機嫌を取っておく。今回もあまりジュジュに活躍の場がないように思うんだよな、、、陸上と勝手が違いすぎる。海に入って戦うことも出来ないだろうし。入れるとしてもやって欲しくは無いな。心配で気が気じゃない。
「グラス、魔物が現れないことはあるのか? 」
気分を変えるためにもグラスと狩りについて話をしておく。
「現れないことは確かにある。しかし、今回だとその可能性は少ないな。現れない時は狩りが進んで魔物の数が減ってきたときだ 」
「今はまだ狩り時と言うことか、、、撒き餌は効くのか? 」
「この撒き餌のにおいを感じたならかなり遠くにいてもやってくる。好物のにおいと同種のにおいを両方同時に撒いたんだ。獲物を取られまいとして慌ててくるだろうな 」
「その魚に名前は付いているのか? 」
「ああ、学術的な名前は知らないが俺達はガムロと呼んでいる 」
グラスとの話が終わりかけたときだった。見張り役の男の声が甲板に響く。どうやら獲物がやって来たらしい。
「頭ぁっ、魚影確認! 来てますぜ! 」
「よし、野郎どもっ! 狩りの時間だっ! 」
グラスの号令で甲板は慌ただしくなる。甲板衆はそれぞれ鎧を身につけていく。作業着のようなものを脱ぐと下からウエットスーツのようなぴっちりした着衣が現れる。そして、その上から鎧を身につけていた。
鎧は魚の鱗を加工したもののようで半魚人のように見えなくもない。しかし、見た目はともかくとして軽くて丈夫そうだ。魚の魔物の鱗なら海水に対して耐性がありそう。相手は海水を使った魔術を使用してくるだろうしこれが有効なんだろう。
準備が整うと各人が配置について態勢が整う。手慣れたもので数分とかかっていないだろう。もう一隻のライカン号もグラスの号令は届いていたようで準備が整う。
そんな矢先に再び見張り役から伝令が飛ぶ。しかし、先ほどと違って鬼気迫る感じがする。
「頭ぁっ! 何か変ですぜっ! 来てくだせぇっ! 」
それを聞くとグラスは疾風のように駆けて櫓の上にいく。見張り役と少し言葉を交わした後、双眼鏡を受け取って一方を見ている。なかなか切迫した事態のようだ。船全体に緊張が走る。ライカン号も異常を検知したようだ。あちらの船長もグラスと同じように櫓に登っている。
どれどれ、どんなものかね?
俺も双眼鏡の方向を確認してそちらを確認してみる。通常では特に何も見えないが視力強化や魔力視を駆使して見てみると遠くの海面下にぼんやりと大きな魔力反応を感知出来た。
海水が邪魔してそこまではっきりとは見えないが推測で補正を駆けてみるとある程度実体が掴める。
、、、結構でかいな
事前に聞いていた話だと上級中位程度、大きくても十メートルぐらいだと聞いていたが二十メートル近くあるかもしれない。魔力量は上級上位、ひょっとするとそれを越えていくかも知れない。
ガムロとは違う種類なんだろうか?
しかし、撒き餌の説明を聞いた感じだと別の種類が来る可能性は大きくはないように思う。なんか普通じゃない大きさのやつが来たって感じか?
決めつけるのは良くないか、、、実際に見てみないと分からないな。まあ、俺はガムロがどんなものか知らないからどのみちグラスに確認取らないとだけど、、、
考えながらもじっと魔物の動きを見ていると結構な速度で接近してきている。真っ直ぐこちらに来ているし明らかに誘導されているな。ある意味狙い通りではあるがどうするんだろう? 聞いてみるか、、、
「グラスッ、 どうするんだ? 逃げるのかそれとも迎え撃つのか? 」
俺も櫓の上に飛びついて聞いてみる。どちらかと言えば戦ってみたいような気もする。逃げるなら逃げるで従うが、、、
「やるしかないようだ、、、あいつはこちらに気付いている。海面から背びれが出ているだろう? 戦う気でいるな、、、騙されたことに気付いたのか縄張りに入られているのが気に入らないのか、、、どちらにせよ俺達を逃がす気は無いようだ 」
「逃げられないのか? 」
「こちらより相手の方が速い。逃げても無駄だろう、、、」
「あれはガムロでいいのか? 」
「背びれの形から言ってガムロで間違いない 」
「そうか、ならばイーギス・ガムロ、、、イルガムロ、と言ったところか。相手にとって不足はないな。俺は俺でやらせてもらうぞ 」
「それでいい。すまないな、こんなことになるとは思わなかった 」
「かまわないさ、、、いつものことだ 」
俺は櫓から降りると再びイルガムロの観察に勤しむ。グラスにはああ言ったが本当にいつも過ぎるな。こういったことが多すぎる気がする。俺が引き寄せてんのかね?
「戦闘準備っ! 」
櫓から降りてきたグラスの号令で甲板に海水が撒かれていく。海水を溜めていきたいようで次々に海水をくみ上げていく。徐々に水深が深くなっていきふくらはぎの下ぐらいまでせり上がる。水術を使うための準備がこれで整い後は接敵を待つだけか、、、
ジュジュはどうなんだろう?
ジュジュの方を見ると足が水に浸かるのを嫌がり、後ろ足を海水から上げて水分を蹴り飛ばしたりしていた。それが無駄だと分かると空術で毛の間に空気を含ませて足と海水の間に空間を空ける。
、、、賢い
しっかり戦えそうで一安心だ。確認が終わり敵の方を見るとかなりこちらに接近してきている。
巨大な背びれが海水を左右に切り裂きながらこちらに迫ってくるさまはサメ映画とか怪獣映画のようだ。こちらには対抗策があるというのに自然と恐怖心が起こってくる。どうやら相手はフリッツ号を狙いに定めたようだ。直撃するコースを辿っているように見える。
櫓の見張りが声を上げる。
「一時の方向、距離240、速度30 」
それを受けてグラスの指示が飛ぶ。
「正面から右舷で受ける 」
見張りからの敵の情報は伝令管で船底衆に伝わっているようだ。グラスの指示もグラスが甲板を足で叩く音と魔力波で伝わっているらしい。船は勢いよく動き出すとイルガムロに向けて進路を取る。
もともとイルガムロはかなりの速度で迫ってきていたが船の速度が合わさってさらなる高速度で接近し合う。
衝突に備えて構えていると船の右舷とヤツが接触する。その衝撃は思いのほか小さなものだった。水術同士が反発し合っている。
そのまま押し合うようにすれ違っていくが右舷の船縁に移動した甲板衆が手に持った銛に魔力を込めて投げつけていく。
込められている魔力も勢いも申し分ない。銛にはロープが結びつけられていてそこから魔力が供給され魔力圧が維持されてもいる。だが、イルガムロには歯が立たない。硬質な音を響かせて銛の鋭い先端は弾かれる。そうとう固い鱗で覆われているようだ。
イルガムロは何事もなかったかのように通り過ぎていく。その間に垣間見えたヤツの姿は全体的に細長い感じの魚で口が長い顔をしていた。細長いと言っても体長が十八メートルはありその分横幅もある。背中はゴツゴツした感じの鱗で覆われていて、鱗には前方から後方へ流れるような溝と突起が形成されている。
戦いのリズムが掴めないな、、、どのタイミングで攻撃に入ったらいいのか良くわからん。海中の敵に有効な魔術もいまいち分からないしな。手探りでやっていくしかないか、、、
フリッツ号とすれ違ったイルガムロの前方にはライカン号が迫る。同じように左舷正面から衝突していくとすれ違いざまに銛を放つがやはり弾かれる。
船団に何となくだが動揺が走っている様に感じる。先ほどの攻撃がまったく効かないとは考えていなかったのだろう。想定していたよりも相当に強い個体と言うことか、、、
船団はその場で百八十度回頭するとヤツの後を追う。しばらく追いかけるとヤツは進路を変えて船団の周囲を円を描くように回り出す。
速度は相手の方がだいぶ上だな。闇雲に動かしたんじゃあ魔力を消費するだけ。そう判断したのか船団は停止する。こちらが停止しても相変わらず相手は距離を置いてぐるぐると回っている。
こちらをうかがっているような気がする。人間と戦った経験が無いから攻めあぐねているといった感じか。知性を感じるな、、、かなり不気味に感じる。
やがて船団の周りを回っていた背びれがスッと海中に消えていく。何かを仕掛けてくるつもりのようだ。
「来るぞ! 構えろっ! 」
グラスの号令で甲板衆は何人かでまとまると魔術を構築していく。ガムロの行動パターンは把握しているようだな。種属で共通しているものがあるのかも知れない。
「来る! 右舷15、平行、飛びっ! 」
観測手が何やら叫ぶとそれに従って甲板衆達は右舷側に向きを合わせる。それとほぼ同時に海面からイルガムロが飛び出してくる。甲板を大きく越える大ジャンプだ。巨大な全身が初めて露わになる。水術を放つためか海水を纏っている状態だ。
魚の視界がどうなっているか分からないが目が合ったような気がした。真っ黒で丸い瞳孔は虚ろに見えて不気味だ。死んだ魚のような目という表現があるが生きていても生気を感じさせない。
だが、口の中に並ぶ大きな牙や強大な魔力、荒々しい動きからは凄まじい生命力を感じる。そのギャップがより一層不気味さを際立たせる。
そんなイルガムロから魔力の膨張を感じると次の瞬間に幾本もの高圧水流が放たれる。体の側面から放射状に放たれたそれは太いレーザーのように見える。
甲板衆達は海水の壁を協力して作り出して正面から水流とぶつかっていく。水流が水壁に叩きつけられると衝撃と共に水流は細く枝分かれしたり砕かれて飛沫となり。中には弾き飛ばされて船縁に叩きつけられる者もいたが大したダメージではないようで直ぐに立ち上がり戦列に復帰する。
協力すれば凌げるぐらいだったが相手の意図は水流で獲物を海に弾き飛ばしてそこを攻撃する狙いなのだろう。本気の攻撃魔術ではないんだろうな。まだまだ小手調べといった感じか、、、
海中に戻ったイルガムロは今度はライカン号の方に同じ攻撃を仕掛ける。ライカン号の方も同じように攻撃を凌ぐことが出来たようでヤツは海中に引き下がると再び船団の周辺を回り出す。今度は円の中心に船をおくように八の字に回っていき時折海面から飛び上がってこちらの様子を確認しているようだ。
やはりこちらを観察して情報を集めている。勝利までの青写真を描こうとしている。ずいぶんと冷静で慎重だ。魚だけに頭が冷えていると言うことか。何スカしてんだ!? もっと熱くなれよって言ってやりたい。
まあ、それは冗談だがこのまま相手に考える時間を与えるのも危険な気がする。船の構造とか理解されたら致命的な攻撃をやって来そう。時間経過もこちらには不利だ。あと一時間もしないうちに日が暮れる。船にはライトが付いているようだが暗闇はおそらくこちらに不利だろう。
冷えた頭にちょっと熱を加えてやるか…
俺はまだヤツに何も出来ていないからな
「グラス、今から攻撃をしに行くんだが船をあまり動かさないでいてくれるか? 」
「それはかまわないが、、、何をする気だ? 」
「空中を飛んでいって一当てして戻ってくる。当てた後、ヤツは俺を追ってこの船に来るだろう。迎撃の準備をしてくれ 」
グラスは俺の提案に少し黙った後、決心したのか承諾の意を返してくる。
「、、、わかった。頼む 」
―水術、高温熱変換
足元の海水を操って右手の平にバスケットボール大の水球を作り出すとグラスに俺の考えを伝える。
「あいつがこっちに来たら一発でかいのをぶちかましてやってくれ 」
「ははっ、そうだな 」
グラスもまだ攻撃には参加していないからな、、、機会を狙っているだろう。焚き付けてやる。
「開始する 」
そう短く宣言すると水浸しの甲板から飛び上がって船縁に足を掛ける。そのまま船を蹴って空中に跳び上がっていく。
―空歩
落下を開始する前に空中を蹴ってヤツに向かって飛び跳ねていく。相手のスピードを考えると後ろから追いつくことは出来そうにないので進行方向の前に出るように移動する。
―蒸炎浸透術式、
海面を移動しているヤツの背びれを眼下に見ながら魔術を完成まで練り上げていく。俺の真下を通り過ぎようとするタイミングで術式を解放する。
ここだっ!
―透滅・熱波蒸爛
海面に向かって突き出した俺の両手から高速で大量の蒸気がイルガムロの鼻先、海面に突き刺さる。魔力を含んだ蒸気が海水に作用して魔力を含んだ蒸気に変わる。一瞬で連鎖的に伝わると海面に巨大な爆発が起こり大きな水柱が立つ。
その光景を爆風で打ち上げられながら眺める。手応えはあったがこの程度ではくたばらんだろう。そう思っていたら水柱の中から大きく口を開けたヤツが俺に向かって飛び出してくる。
俺の狙い通りかなり頭にきているらしい。魔力に怒りがにじみ出ている。俺をかみ砕こうと牙が迫ってくる。牙は歯列が二重になっていて顎の内側にも歯が生えている。しっかりと獲物を固定することが出来そうだ。
なんてのんきに見てる場合じゃない。
―空射加速
―ガキィンッッッ
閉じられて顎が硬質な音を立てる。何とか噛みつかれずに済んだ。
空中を飛んで船に戻る俺の後を着水したイルガムロが追ってくる。狙い通りではある、、、あるのだが、、恐ぇな!




