第204話 転機 x 南へ
魔境から戻ると俺はとりあえずホテルをもう一日延長して体力の回復に努める。
あれから五人で森から出るとその場で解散してそれぞれの家路についた。別れ際に少し話をしたがたいしたことは話していない。
しかし、俺の目を真っ直ぐ見つめて感謝を言うガエルの表情はとても穏やかで、なんとなく救われた様な気持ちになった。俺は黒竜にとどめを刺さなかったことを自分で思うよりも気にしていたのかも知れない。
俺が寝ているベッドの隣、もう一つのベッドの上ではジュジュがふてくされて寝ている。自分の無力さを痛感したと言ったところか、、、
確かにガルアドラにも黒竜にも歯が立たなかった。あのレベルに遭遇すれば普通は生還するだけでも上々だが、何も出来なかったのは確かだ。
まだ一才なんだから気にするなと言っても無理だろうな。ジュジュとしては俺との差を意識せざるを得ない。それに、ガルアドラが同じネコ科だったのも落ち込む原因になっているのかも知れない。
まあ、今だけだ。すぐに機嫌を直してくれるだろう。腹が減ってご飯を食べて満腹になれば忘れるものだ。それに、嫌でも次の戦いはやってくる。過ぎ去った戦いに未練など要らない。
夕食時になる前に狩人の憩い亭に行き、しこたま注文してやる。店にガエルはいなかったが一緒に食べたときと同じメニューを注文する。じいさんのおすすめに外れはなかったからな。
おそらくもう二度と会うことのないじいさんの事を考えながら皿を平らげていった。
翌日の朝は夜が明けてからホテルを引き払いヴィルフォートを後にする。駐車場に止めてあるトライクのところに行くと隣にサイドカーが駐めてあった。そこにあの二人がいる。こちらを見ている。明らかに俺に用があるんだろう。
「さて、行くか 」
無視してトライクに跨がると横から突っ込みが飛んできた。
「ちょっと待ちなさいっ! どうして無視するのかしら? 」
「いや、なんとなく… 」
「用があるからここにいるに決まっているでしょ、声を掛けなさいっ! 」
「オハヨウゴザイマス… イイテンキデスネ 」
「なんで棒読み!? 」
なんかリリーアンも最初とずいぶん印象が変わったな。最初はツンケンしているというかとっつきにくい感じだったけど、今では素直に感情をぶつけてくる。
一緒に戦った仲だから当然か… ああでもそんなことを考えているとまた嫌われそうだな… いや、まだ好かれてもいないか…
「まあ、いいわ。ちょっと挨拶しに来ただけだから。もうここを立つんでしょ? 」
「ああ、王都を素通りして南部のサーブルに行こうかと思っていてな 」
「あんなところに狩人が何しに行くのかしら? めぼしい魔境なんてないと思うけど 」
「魚が食いたくてな 」
「、、、いいご身分ね 」
「気楽な自由業だ。いつ死ぬか分からない…な 」
「まあ、あなたらしいと言えばらしいわね 」
らしい…か、やはりそれなりに関係が深まってはいるようだ。
「それじゃあ、俺はそろそろ行くとしよう。リリーアンも達者でな。死ぬなよ 」
「レイン、あなたもね 」
「ロイドも死ぬなよ。それからリリーアンのお守り、頑張れよ 」
「ああ、そうだな 」「ちょっとっ、 どういう意味よっ! 」
俺は漫才でも始めそうな二人を置いてトライクを滑り出していく。振り返ることはしない。軽快に走り出したトライクを高速のインターに向けると侵入していく。
そこから直ぐのインターチェンジで南部に繋がる縦断道に乗り換えてひたすら南に向けて進んでいく。場所を変える以上は切り替えていかなければならない。ヴィルフォートであったことは頭の隅に追いやって飛ばしていく。
風を感じながらサーブルの魚介について心を躍らせていた。
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(別視点)
「入れ 」
「失礼します 」
部屋の主が入室の許可を出すと扉を開けて一人の男が入ってくる。騎士服を着ている。騎士ではあるようだが着こなしはどこかだらしない様に見える。
「先日貴様から提案された特務騎士の運用と狩猟ギルドとの連携についての改善案だが確認させてもらった 」
「はっ、ありがとうございます 」
部屋の主は北部騎士団を統括する大団長だ。厳しい顔つきをした壮年の女性で威圧的な雰囲気を纏っている。しかし、魔境に入ることはなく事務職として団をまとめ上げるためにその辣腕を振るっている。
大団長は厳しい顔を少し緩めて男に告げる。
「単刀直入に言うとこの案を採用していこうと思う。もっともいきなり全面的にと言うわけではない。少しずつ確認を取りながらだ。簡単にできるところから初めていく 」
男はその言葉を聞いてほっとした様に相貌を崩す。狩人から特務騎士に転向した男にとって特務騎士の運用には問題があると思っていた。
騎士にしては自由で気楽な仕事と思いきや、その実、死亡率はなりたての従士より高い。自分は狩人の経験によって上手くこなせているが騎士上がり従士上がりでは難しい部分があると考えている。考えていたとしても今までは改善に動くなどという気持ちは起こらなかった。
だが、なんとなく動いてみようという気持ちになっていた。
「お前はもっとやる気のない人間だと思っていたんだがな… 」
大団長はそんな男の内心を見透かしていた様だ。心の変わりようについても何となく察しがついていた。
「今回経験したことはお前にとってそれだけ重い出来事だったというわけだな 」
「まあ、そうかも知れません。大団長は報告書を読んでくれていたので? 」
「当然読ませてもらった。俄には信じがたかったがお前の変わり様を見れば然もありなんという気にもなる 」
「、、、そうですか 」
大団長のなんとも言えない言い回しに曖昧な返事しか返せない。実際に直接体験した自分ですら未だに信じられないこともある。報告書には書いていないこともあるから信じて貰えなくても仕方がないとも思っている。
「それにしても会ってみたいものだな、その狩人に 」
「もう行ってしまいましたよ 」
「引き留めてくれれば良かったのに… 」
そう言うと急に厳しく結んでいた顔から一転、むっとしたふくれっ面を晒す。それは男には少女の顔に見えたが同時にまったく似合っていないとも思った。それを指摘すれば半殺しの目に遇うかも知れないので黙っていたが、、、
だが冷徹に見える上官にもそういった一面があるとわかり親しみはもてる。自分の提案も汲み上げてくれた。もっと積極的に関わっていても良かったかも知れないと思う。
「留められませんよ、あれは… 」
男が部屋から出ると相棒の女性騎士が外で待っていた。男の提案が組織内でどうなるか気になっていたらしい。事の次第を聞いてくる。
「どうだったのかしら? 叔母様は話を聞いてくれた? 」
「叔母… その呼び方はマズくないか? 聞かれたら事だぞ 」
「いいのよ、事実だから 」
「、、、いや、まあいい。聞き入れては貰えた。少しずつ変わっていくだろう 」
女は男のやる気のない表情の中に一仕事終えたときの様な満足のいった表情が微かに生じたことを見いだしてそのことに言及したくなる。
「ロイド… ちょっと変わったわね 」
「お嬢も変わったな 」
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(別視点)
柔らかな光が差し込む部屋の中、上品で優しげな老婦人が所狭しと並ぶ植物の鉢に如雨露で水を与えている。
そこに逞しい体躯をした老人が入ってくる。髪はすっかり白くなっているが背筋は真っ直ぐに伸ばされまだまだ生命力を感じさせる。
「あら、あなた。早かったですね、、、お墓参りはもういいんですか? 」
「ああ、滞りなく、、、な 」
二人は夫婦であるらしい。老人は無言のまま妻の作業を見つめているとおもむろに口を開く。
「もう狩人は辞めることにした。俺も何かを育ててみようかと思う。教えてくれるか? 」
妻はそんな言葉を聞くと作業を止めて夫の方を見る。内心驚きがあったがおくびにも出さず静かに見つめると、やがて夫の決意を理解したのか笑顔で返す。
「はい、いいですよ 」
そんな妻に感謝を感じつつ、帰宅の言葉をかけていないことに気付く。目を閉じて深く息を吸うと意を決した様に口に出す。その表情は実に晴れやかなものだった。
「長い間待たせて済まない、、、いま還った 」
「はい、、、おかえりなさい 」
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南北縦断幹線を高速巡航モードで飛ばしていく。出来ればサーブルに夕方ぐらいには着きたいところだがどうだろうな? 少し天候が怪しくなってきている。
しばらく進むと予感の通りに雨が降り出してくる。結構雨粒の大きい激しい雨だ。こういうときは車にすれば良かったと魔術がなければ思っただろう。魔術で雨を何とかしてやる。
水術で雨水を体の周りに纏って降りしきる雨を吸収したり弾いたりしてやる。水を持って水を制す。これが一番魔力消費が少なくて済む。
ジュジュは空術で空気のドームを作って雨粒を弾くことにした様だ。ドームの上にくっついている雨粒を使って水術の練習を同時に行ってもいる。いずれは使える様になりそうだな。水袋が生えてくることはなさそうだけど。今度、ジュジュの装備も作ってやろうかな、、、
俺自身は雨を防げているしトライクも防水性はあるから大丈夫ではある。しかし、路面とタイヤの水分をどうにかするのはちょっと大変だ。
無理矢理力技で魔力を流していってもいいが面倒すぎる。水術ではちょっとやりたくない。なので空術を使うことにする。タイヤの直前にある路面に高圧の空気を吹き付けて水分を吹き飛ばしていく。
雨を含んだ空気だから水分は残ってしまうがだいぶ減らせる。少なくとも水浸しって感じではない。
いろいろやって快適にツーリング出来てはいる。それでも速度は少し落ちてしまう。雨は二時間ほどで止んだが、サーブルに到着したときにはかなり日が沈んでしまっていた。
まず始めに、ヴィルフォートの時と同じようにホテルを探して泊まろうとする。幸いにして海辺のホテルが取れそうだったのでそこに部屋を取る。
夕食はどうしようか?
若干遅くなったのと運転の疲労感もあって外に食べに行こうという気にならなかった。それで、ルームサービスを適当に頼んで部屋で夕食を取ることにする。やはりここでもホテルの食堂に従魔を連れていく事は出来ない。
やはりここは魚介をメインに注文しよう
部屋に料理が運ばれてくるとテーブルの上に並べ、ジュジュと向かい合って食べ始める。前菜、サラダ、スープと食べていきいよいよメインディッシュに進む。
魚の名前が良くわからないから適当に頼んだのだが、それは分厚くて幅広い、白身ではあるがマグロのさくを思わせる様な塊だった。深めの皿の中央に鎮座して緑色のスープの様な液体に浸かっている。
これほど大きいものが来るとは思わなかった。かなり大きな魚の一部分だと思う。ひょっとすると魔物なのかも知れない。
分厚い皮はパリパリに揚げ焼きにされていて白身の部分の弾力の強い食感にアクセントを加えてくれる。若干、肉の様な感触もあり、やはり魔物の肉である様な気がする。
緑色のスープはほどよい塩味とコクと苦みがある。野菜なんかを使ったソースのようだ。皮目を揚げただろうオリーブオイルが浮かんでいる。
平らげると魚と肉を両方食べた様な満足感がある。ソースの残りをパンに吸わせて綺麗にするとデザートの果物を食べて締めくくりとする。
それにしても魚の魔物か… どんな風に狩るんだろうな? ん? 狩るでいいのか? 釣る…ではないよな…
俺は戦ったことはない気がするがどんなものかな? いや、あるな。戦ったことがある。ウナギだ。カンヴァル湿原で二回ほど戦ったな。一回は追い払っただけだが、、、
陸上で戦った様なものだからまったく参考にならない。知っていそうな人がいたら聞いてみるか。
食事の終わった皿を台車に乗せて部屋の外に出すとセリアへの手紙を書いておく。ヴィルフォートで起こった出来事、その全容について記載する。特に黒竜についてはレインメーカーに換装したことも含めて戦闘の詳細を書いておく。誰かに聞いて欲しい気持ちもあるな。あれは良い戦いだった。
手紙を書き終わるともう寝てしまう。サーブルに来たのは魚介を食べに来ただけだ。純粋に観光が目的と言っていい。ここには大した魔境もないし仕事をするつもりもない。気楽な心境で眠りに就いた。




