第203話 ガエル x 区切り
飛び立っていく黒竜の背中をその場に留まって眺める。そして、その影がある程度小さくなると追いかけるために別の体に換装する。
『 換装 』
ハエトリグモ型の陸上偵察体・或駆羅。使うのは久しぶりな気がする。前回から特に改良は加えていないが機能は十分だろう。
水術で足の間に水の幕を張り、空術で風を起こして飛んでいく。黒竜の気配を辿りながら見つからない様に木々の間をすり抜けて飛び回り追いかける。
念話の感触からいって寄り道をしたりやっぱりやめたとかにはならなそうではある。しかし、ある程度確認は取っておきたい。危険な魔物を野放しにするみたいで罪悪感が無いわけでもない。キャッチアンドリリースとはいえ、、、
しかし、或駆羅を使っている今、あの“声”は聞こえて来ないな。引き出している力の大きさが関わっているんだろうか? となるとレインメーカーも威凄流鬼も今後使用を控えた方がいいのかも知れない。
そういえば、黒竜と念話で話しているときも聞こえなかったな、、、そこに解決のヒントがある、、、様な気がする。
黒竜に意識を戻すとヤツはどうにも飛びながら再生を行っている様で魔力の調子や動きの切れがどんどん良くなってきている。回復力も相当なものらしい。
この様子だと途中休憩とか無しに一気に目的地に飛んでいきそうだ。今のところ俺の教えた通りの道を辿っている。
或駆羅の最高速度では追いつけなくなり相当に引き離されたところで追跡をやめる。確認は十分に出来た。あいつは最後まで従ってくれるだろう。そこから先は、、、まあ、いいか、、、
空はもう明るくなってきている。急いで引き返すと黒竜の千切れた尻尾の先と折れた靱翼を回収する。細かな破片まで残らず回収していき黒竜についての情報を十分に消すことが出来た。
あくまで追い払っただけの事にしておきたいからな… あれと互角以上に戦ったとバレる様な証拠を残すわけにはいかない。疑われることにはなるかも知れないが具体的な物が無ければ俺の言葉がすべてになる。
戦闘の痕跡に関しては戦闘の激しさから言えばまだ大人しいぐらいだ。俺がかつてドルガルスに一方的にやられていた時もこれぐらいだった。わざわざ消すこともないか。広範囲魔術をして来なかったのが幸いだな。
さて、そろそろ戻るとしよう…
『 帰還 』
むっ!?
人間の姿に戻ったとたんに疲労感に襲われ片膝をつく。激しい戦闘で消耗したこともあるがコアブーストの副作用も結構大きいだろうな…
気合いを入れて立ち上がると体に鞭打ち小走りで戻っていく。早く戻らないとガエル達がこちらに来てしまうかも知れない。来たところで問題はないが戦闘痕は見せない方がいい。
来ないなら来ないでいつまでもあの場で待っていそうだしな。逃げろとは言ってあるが逃げてはいないだろう。
、、、ああぁ、だるい
半ばぐらいまで走っていたが我慢の限界を迎える。そこでジュジュを呼んだ。プライドがどうとか四の五の言ってられない。背中に乗せてもらうことにする。
ほんの一分ほどでジュジュがやってくる。相当気合いが入っているな。あまり活躍出来なかったからやることがあって嬉しいのだろう。背中にうつ伏せに乗ると森の中を飛ぶ様に走って行く。
とても楽だ、、、と言うほどではない。しっかりとしがみついていないと振り落とされそうだ。ときどき木の枝とかが叩きつけられる。
《ちょっと防いでもらっていいかな? 》
要求すると空術でバリアの様に覆ってくれる。注文の多い主ですまんね…
ガルアドラと戦っていた場所に戻るとやはり三人はそこにいた。ガルアドラは当然いないな。あの《《野郎》》まんまと俺に黒竜を押しつける事に成功してさっさと退散してそのままだ。
三人はどう言うつもりで待っていたんだろうな? 黒竜の強さはあのちょっとの間でも伝わっているはず。人間が一人で勝てるとは到底思えるはずもなく、あっ、あいつ死んだなって思ったとしても不思議じゃない。それが自然だ。見捨てて逃げるのがベストだ。
逃げなかったのは義理がどうこうより単純にどうすればいいか分からなかったとかかな? ガエルとリリーアンは騎士の意地で残ったと言う線もあるか、、、
俺が戦闘している間、音や衝撃は感じ取れていたと思うがなかなか戦闘が終わらないことに違和感があったことだろう。ひょっとしてあいつ、生きて帰って来るんじゃね? とか、どこかの段階で考える様になったとは思うが半信半疑ではあっただろう。
こうして生きて帰って来たことに信じられないと言った驚愕の表情で見ている。でもワンチャン、ジュジュの背中にしがみついている俺の姿にドン引きしている可能性もある、、、そんな目で俺を見るな
いや、それはひねくれた見方だな… 無事に帰ってきてくれたと安堵の気持ちでいっぱいのはず… 英雄の帰還を賞賛してくれていいんだよ?
まあ、それは置いといて自分の足で立つことにしようか。今、降りているところだ…
地面に両足を着けるとすんなりと立つことが出来る。ジュジュのおかげて多少は回復している。立つだけなら問題ない。
俺はまずガエルに視線を合わせる。伝えなければならないことがある。しかし、どう伝えたものか? 思案していたら先にガエルの方から切り出してくる。
「倒したのか、、、? あれを、、、」
「いや、追い払っただけだ 」
「、、、そうか、、凄まじいな。俄には信じられん話だが生きて戻ってきたと言うことはそうなんだろうな、、、」
「お前に伝えなければならないことがある。知った後で後悔することになるかも知れないが、聞くか? 」
ガエルはしばらく押し黙った後、決心がついたのか口を開く。ひょっとするとガエルも何となく悟っている部分があるんだろう。
「話してくれ 」
「ああ、一番重要な事から話す、、、ガエルの仲間を殺したのはあの黒い竜で間違いないだろう 」
ガエルは特にうろたえるでも激高するでもなく静かに聞いていた。やはり何処かにそう思っていたところがあったということか、、、
「ガルアドラが深層の奥からここまでやってきた原因はあの黒竜との衝突を避けるために居場所を移したからだな。あいつはある事情があって戦うわけにはいかなかった。俺達と本気でやり合わなかったのはそもそも戦う気がなかったからだ 」
俺の説明が始まっても相変わらずガエルは口を閉ざしたままだ。聞きに徹して言葉を噛みしめているのかも知れない。代わる様にリリーアンが聞いてくる。
「ある事情って何かしら? 」
「子育てだ。雌の個体は妊娠期に魔力が極端に落ちる。番と子を守るために死ぬわけにはいかなかったんだろう 」
「どうしてそれがわかるの? 」
「群れを守るために雄はその間に恐ろしいまでに強くなる。あいつの切りつけてくる様な魔力の感じから言って薄々そうじゃないかと考えてはいたが確信に至ったのは黒竜に聞いてからだな。あいつは… 」
「ちょっと待って! 」
リリーアンが手を上げて止めに入ると疑問を差し挟んでくる。まあ、気になるよな、、、
「黒竜に聞いたって、、、何? 」
意味が分からないよな、、、比喩表現って思うかな? 下手すると頭がイってるとか…
「信じられないかも知れないが言葉通りだ。従魔と絡帯を使って交信するような感じだな。高度な知能を持っている魔物とはそうやって人間同士が会話する様に意思疎通が出来る 」
あえて断定した言い方をしたがこれを知っている人間が果たして俺の他にいるんだろうか? リーンやイーディスなら知っている可能性もある様な気がするが、、、
リリーアンはそう聞いて半信半疑と言った感じだがとりあえず聞くことにした様でそれ以上は口を挟んでこなかった。
「あいつは戦いに餓えていた。ガルアドラがもっとも強くなる時に戦おうとしていたらしい。それが繁殖期のことを指している。五十年前にも一度その機会があったがその時は途中で断念せざるを得なかったと言っていた 」
「どうして? 」
「ヤツは俺達に邪魔をされなければ戦えたとも言っていた。俺達というのは人間のことだろう。キースとハルツは黒竜とガルアドラの戦いの場に居合わせてそこで何かがあったと考えている 」
「それで黒い竜がキースとハルツを殺したと、、、」
「そうだ、、、」
俺はガエルの方をチラッと確認すると目を閉じてただ静かにしていた。何を思っているのか分からないが俺の話はしっかりと聞いている。何故かそう思えた。ガエルのために続けていく。
「危険な存在ではある。だが、黒竜を倒すことは出来なかったが話し合いには持ち込めた。もうこの森を去るらしい 」
「本当に? どうしてまたそんなことを、、、」
「俺がヤツの気に入りそうな場所を知っていたからな。あいつと同程度、あるいはそれ以上の魔物がゴロゴロいる場所をな。そこを教えたらそっちに行くと言っていた
もうじきこの異変は収まる。そして、ガルアドラが表層付近に降りてくることは今後なくなるだろう。別の理由で異変は起こるだろうがこの件はもう終わりだ 」
ガエルの方を再度見る。じいさんはいつの間にか目を見開き焦点の合わない目で虚空を見つめている。涙が流れ落ちていた。声を上げずただ静かに泣いている。頬を伝った涙が次々と地面に落ちる。
やがて地面に膝をつくとそのまま泣き続けていった。俺達はそれを見守り続ける。かける言葉はなかった。そうするべきではないという確信が俺の中にあった。
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ガルアドラと戦っていて違和感を覚え始めていた。相手にこちらを殺そうという意思が感じられなかった。ガエルの方は相手に対して憎しみを込めた殺気を放っているにも関わらずだ。
始めは自身の怒りを歯牙にも掛けない様な態度に更なる怒りを燃やしたものだが戦いを続けていくと疑念がどんどん膨らんでいく。この魔物には何か思惑があり人を殺そうとしていないのではないか、と。
その疑念を振り払う様に仲間と協力して渾身の一撃を放ったが相手は想像以上の力を持っていた。簡単に防がれてしまう。分かっていたことだがこうも力の差を見せつけられると不条理を感じる。
魔境では人の世の道理など通用しない。現実を突きつけられ心が折れかけたその時、さらなる不条理が上空から降臨する。
一目見ただけで理解出来た。自分ではこの存在と戦いにすらならない。ただ無意味に殺されるだけだ。
しかし、才能に溢れ、精強な狩人の青年は目の前でその痛烈な一撃を受けきって見せた。そればかりか竜を自分に引きつけて逃げろとまで言った。
竜が去った後、時折森から響いてくる剣戟の音を聞きながらただ呆然としているしかなかった。逃げろとは言われたが見捨てて逃げることは憚られた。逃げるにしてもどこに逃げればいいのかわからなかった。
気がつけばガルアドラは何処かに消えていた。長年追い求めていたはずの仇であったが自分でも驚くほど気にならなかった。何故かと自問自答するが明確な物は得られない。
ただ、あれは仲間の仇ではなかったのではないかという疑問が芽生え始めていると気付いた。あの竜がこの異変の元凶であることは本能的に理解していた。
状況を理解しようとすればするほど自分の中にある芯の部分が揺らいでいく。そこから目を背けて遠くから鳴り響いてくる戦いの鼓動に集中しようとするが逆に気が散漫になる。普通ならレインの安否を、戦いの行く末を気にすべきだというのに。
永遠の様な時間が過ぎていくとやがて地響きの様な音は止む。戦闘は終わった様だ。いよいよ戦いの行く末が気になるかとも思ったがそれでもガエルの心は動かなかった。
レインの従魔が駆けていったとき、その雰囲気からレインは生きているのだと理解する。そこでようやくガエルはレインについてまともに気にすることが出来た。ただしそれはレインの生存を喜ぶといった物ではなく、いよいよ自分自身の人生について見切りを付けるときをレインがもたらすのだと言う確信めいた予感だった。
レインが戻ってくると予感は現実の物となった。そのことに驚きはない。ただ納得するだけだった。すべてを受け入れるつもりで静かに聞いていた。だが、受け止めきれない部分があったのだろう。何故か涙が溢れてくる。
涙の熱を感じながら己に問いかけていく。
この五十年の歳月、自分は何を求めていたのだろう?
復讐をしたいのだと思っていたがそれが揺らいでいる。
だだ一人自分だけが生き残ってしまったことを後悔していただけなのか?
本当は仇討ちなどどうでも良くてただ戦いの中で騎士として死にたかっただけなのではないか?
親友が死んだことで心に空いた穴の埋め合わせをしていただけなのだろうか?
あの時、臆して動けなかった自分を許せなかっただけなのか? いや、それならばすでに報いている。
リリーアンの言葉が思い返される。狩人のまねごとをしてまで騎士にしがみついている己が滑稽に思えてくる。
仲間が死んだとき何故ひと思いに騎士を辞めなかったのだろう?
定年になったとき何故潔く戦いから身を引かなかったのだろう?
戦いの中に生きることを誇りに思っていた。それ故に戦いのない暮らしを恐れていたのではないか? 普通の生活をしてそこに安住している自分を受け入れることに…
キースとハルツの死を言い訳にしていたということか、、、
考えたところで結論は出ない。
ただ、自分の定まらない思いを受け止めてくれる存在はもうどこにも存在しないと言うことは理解出来た。
いや、もともとそんなものは存在していなかったのだ。ガルアドラも黒竜もただ己の生を全うしているだけだ。魔境が人間の思いをくみ取ってくれるなどあり得ない。ただ自分の願望を投影していただけだったと理解する。
それが分かると体から力が抜ける。地面に両膝をついてうなだれる。涙は何故か止まらなかった。そのままさめざめと泣き続けた。
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大の大人がこんな風に泣いているのは初めてだが別にみっともないとか情けないとかは思わない。
騎士として百三十年、狩人として四十年、合計百七十年。魔境を相手に気が遠くなるほどの歳月を戦い続けた漢だ。俺なんかでは計り知れない思いがあるんだろう。
復讐が成し遂げられなかったことを俺はむしろ良かったと思っているがガエルはどう考えているんだろうな?
俺はガエルではないからわからない。復讐すれば満足出来るのだからやるべきだとも下らないことだからやめろとも言えない。
もしも俺の親しい人間が魔物に殺されたとして、魔境から帰ってこなかったとして、俺ならばどう受け止めるんだろうな?
悲しまずにいられるだろうか? 憎まずにいられるだろうか?
狩人ならば感情はどうであれ事実を受け入れなければならない。だが、それだけでは済まないだろう。感情は別だ。どう折り合いを付けていけばいいのか?
ガエルは今決着を付けた様に思う。五十年掛かりだ。俺に果たしてそんな時は訪れるんだろうか?考えても仕方のないことではあるが、、、
俺は静かに涙を流しているガエルをただ見守るより他なかった。




